18話 よかろう、ならば腹を決めておけ……!
前回のあらすじ
・浅井ちゃん主観の魔法発動まで
・レッドドラゴン
周囲の注目に少しばかり居心地の悪い思いをしながらも、卯月は己の仕事を全うしていた。具体的には、待機及び監視の仕事を。
事実、浅井が貢献度一位をとるには、卯月の参戦は望ましいものではなかった。何かと廃棄物との戦いになれた卯月は、空を飛ぶ敵は無理だとしても、スライムやコボルトなどの小物なら十分に相手することができる。
何かと長距離攻撃手段に乏しい卯月は、残党のコボルトやワーウルフを狙撃しているスナイパーやカメラを回し続けるカメラマン、屋上から戦況を把握して指示を送る指揮官たちが忙しく働いている間、暇を持て余していた。
先ほど現れたレッドドラゴンも、おそらく創剣が相手取るはずである。現れたその瞬間は恐ろしかったレッドドラゴンだが、卯月は創剣のドラゴンを食べたいという戯言を思い出し、むしろ現れてしまったドラゴンに哀れみの感情さえ覚えるレベルだった。どう考えても創剣は有言実行するはずだ。
__しばらくあいつが作るものには手を付けないようにしよう……いや、あいつが料理するところなんて、一度も見たことがないけど
することのない卯月は、屋上の比較的人の少ない一角に背中を持たれかけ、辺りを確認する。狙撃手は自衛隊以外なし、今回ばかりは命が惜しいのか報道のヘリコプターもなし。創剣は地面に降りて浅井、執事の二人組と合流済み。
すべてが全て、浅井の想定通りであった。
計画に不確定要素である創剣を組み込むことを卯月は反対していたが、どうやら浅井の想定は正しかったらしい。それこそ、ワイバーンの出現と二回目に門が開く段階でドラゴンが出てきたことこそ想定外だったが、想定内の想定外でしかなかった。
周囲の人間には、うっかり出してしまった声で存在が見えるようになった者たちの視線が時折来るが、ひとたび卯月から目を離せば薄影のお守りはその効果を表す。一人、二人と見えるものは減っていく。
だがしかし、いくら見えなかったとしても、卯月の、いや、トップバッターの影響は大きかった。
カメラマンを庇い、単身ワイバーンを屠り、そして、さほど慌てる様子もなくレッドドラゴンを眺めるその姿は、人々から恐怖と緊張を奪い去った。内心が仕事がなくてやや退屈をしているとしても、外面だけではそんなことを考えているとは見えないものなのである。
そんなとき、下から創剣の声が聞こえてきた。
「貴様もこれくらいの可愛げを見せぬか、ド阿呆め!」
「……」
何があったのかわかりはしないが、どうやら創剣はご立腹らしい。
頭を抱えた卯月は、どう返事をすべきか少し迷った後、屋上の奥へと戻り、指揮官が手元に積んでいた紙のうち、白紙のものを指さし、身振り手振りでもらえないかを頼む。
「はっ、大丈夫です! こちらもどうぞ!」
卯月の無言の要求に、指揮官はピシッと敬礼すると、紙とともに太い黒の油性ペンも手渡した。卯月はぺこりと一礼すると、それらに文字を書き、元居た場所に戻る。
フェンス前に戻った卯月は、かなり大きめの紙を掲げた。
『野郎の可愛げなんて、見て気持ち悪いだけだろ』
「む……否定はできぬが、せめて俺様に一定以上の敬意をみせぬか!」
五階建ての区役所の屋上にいることもあって、創剣は卯月に怒鳴るようにして言い返す。気の抜けたやり取りを始めた二人に、しびれを切らしたレッドドラゴンが咆哮をあげる。
そろそろ戦い……いや、一歩的な狩りが始まるのだろう。卯月は文字を書いた紙をそっと折りたたみ、ペンを指揮官に返すと、周囲を確認する。ふと、何かの音が聞こえた気がしたのだ。
上空を見上げると、そこにはヘリコプター。軍用にも見えるくらいには大きく、装甲も厚いそれは、中にいる誰かがスナイパーライフルを握っているらしい。ちらりと指揮官に目を合わせると、彼は困惑したように首を横に振った。
__つまり、敵か。
ヘリコプターはそこまで高い高度で飛んでいるわけではない。なら、何とでもなる。そっとカメラマンにどくように身振り手振りすると、卯月は長さ五メートル程度の空き地を作る。
そして、卯月は助走しながら勢いをつけると、ヘリコプターに向かってバットを投げる。狙いは、ヘリコプター。
投げられたバットは、中途半端な軌道を描き、ヘリコプターの運転席横のガラスに突き刺さった。
突然の蛮行に、周囲からの注目が驚きに変わる。が、自身に危害を加える物や捕縛しようと画策するものではないらしいため、卯月は振り返ることもなく無視を決め込んだ。
砕けるガラスが地面に振りまかれ、ヘリコプターが大きくバランスを崩す。悲鳴や絶叫、罵倒の声はヘリコプターのホバリング音にかき消され、卯月に届くことはなかった。
卯月はバットを手元に呼び戻し、油断なくヘリコプターを監視する。
ヘリコプターからは一発の銃声が明後日の方向へと打ち上げられただけで、それ以上の追撃はなかった。
邪魔をされたヘリコプターは、上空へと上がり、雲に紛れて消えた。
緊張の糸のほぐれた卯月は、軽く体を伸ばすと、再度壁にもたれかかり、下の様子を眺める。
その直後、凄まじい熱風が屋上まで届いてきた。
吹き飛ぶレットドラゴンの首に、創剣の高笑い。そして、崩れ落ちていく黒の門。
門のそばにいるのは、執事に抱えられた浅井だった。
__俺たちの、勝ちだな。
そう判断した卯月は、声をかけてくる司令官やカメラを向けるカメラマンを無視し、そのまま屋上から階下へと向かう。やることは、もうない。
声を上げることも、鼻歌を歌うことも、足音を立てることさえせずに、卯月は歩く。薄影のお守りの効果で、さほどしっかり監視カメラに己の姿が映っていないとはいえ、他人に姿をみられても気分が悪い。
自衛隊に所属するつもりも、犯罪者として捕まる気もない今、人助けなどもういいかもしれない。
__自分の大切なものだけ守って、あとは無視つってもな……
非常用の階段を音を立てずに下り、ちらりと周りをみて、視線がないことを確認する。何やらドラゴンを解体中らしい創剣と目が合ったが、気にしたら負けだろう。
視線を数センチ動かせば、創剣の手伝いをさせられているメフィストフェレスと、頭を抱えている浅井の姿が見えた。あちらも無事であるらしい。軽くため息を吐いた卯月は、二人も己の守るべきものに含まれていることに気が付き、心がズシリと重くなるのを感じた。
__というか、創剣、そんなことをしていないでさっさと撤退しないとだろ……
そう思っている卯月は、ようやく区役所からの脱出を果たし、野球バットを肩に担ぐ。バットケースは忘れていた。と言うよりも、リュックサックを持ってこなかった。
今の卯月の所持品は、野球ユニフォームと金属バットのほかは、ポケットの中にねじ込んだ千円札と少しの小銭にスマホ、メモ帳と鉛筆、そして星1のポーションが一瓶だけだ。
創剣のテンションやら機嫌にもよるが、卯月は電車で帰らなくてはいけない可能性が高い。正直、この格好で往来を歩きたくはない。たとえ、人に見えていないとしても。
「見ろ、執事。なかなかに良い肺の色ではないか! 寄生虫も痛みも見当たらん。生でも食えそうだ!」
「……お嬢様には少々刺激が強いかと……と言うよりも、意味の分からない存在を食されるのはおやめしたほうが……」
ドン引きしている悪魔に対し、創剣はずいぶん上機嫌である。頼めばグラディウスを使ってもらえそうだが、それ以前の話である。
卯月は深くため息をつくと、メモ帳に文字を書き殴って紙を引きちぎり、創剣に押し付ける。
創剣は眉を顰めると、手に持っていた妙に血やら油やらをはじく剣を虚空に消し、メモを見る。
『パワハラ反対だ、創剣』
「ド阿呆、正しき対価の回収中だろうが。狩人が獲物を解体して何が悪い」
『少なからず、子供の前でやるな馬鹿。ってか、ここでやるな』
「ならどこでやれと? 貴様の家ではできまい」
不満そうに言う創剣に、卯月は少しだけ考えてからメモに文字を書き、紙を破る。
『前行った山でやれよ。あそこなら川もあるだろ』
「阿呆、法が弾いて緊急時以外はあそこに立ち入れんわ」
やれやれ、という表情を浮かべて言う創剣に、卯月はむ、と言葉に詰まる。よく考えれば、あそこはきっと誰かの土地、それか国有林か何かだろう。なのに事前の交渉なく創剣が侵入できたのは、門出現の緊急時であったからだったのか。
言葉に詰まった卯月に、意外なところから援護が来る。
「なら、私の敷地をお貸しいたします、創剣様。なので、早く撤退したほうがいいかと」
少しだけ顔色を悪くした浅井が、創剣に言う。創剣は一瞬悩まし気に眉を寄せるも、背後で妙な動きをする野良の召喚士たちの存在に気が付き、軽く舌打ちをして虚空から一振りの剣を取り出す。
「まあ、よかろう。今回は、阿呆に代わりそれなりの戦果を挙げた幼き魔術師の話を聞くこととする。貴様ら二人には俺様の転移に同行する名誉もくれてやろう」
取り出したのは、グラディウス。輝かしいその刃に、周囲は目を奪われる。
しかし、二人。その二人に、卯月は当然のように含まれてはいない。
ため息をついた卯月は、メモに文字を書いて丸め、創剣に投げる。そして、そのまま駅に向かう。
創剣は卯月を鼻で笑うと、念のためメモを見る。
「『勝手にしろ、ただ、その訳の分からない肉をじいさんに料理させるのだけは止めろ』だと? 馬鹿め、あの爺以外にこの上質な肉をうまく料理できるものなどおらんだろうに……」
つぶやく創剣に、卯月が見えていなかったメフィストフェレスは、ようやく会話に参加する。
「おや、ワタクシめもよろしいので?」
「貴様はこやつの執事であろうが。俺様は幼女をエスコートする趣味などない。エスコートするなら絶世の美女に限る」
__発言がクズそのものだ……
天罰でも落ちりゃいいのに、と思っていた卯月だったが、存外そのチャンスはすぐに訪れた。
「__す」
「……むっ」
唐突に聞こえてきた声に、創剣は嫌そうに表情を歪めると、グラディウスを虚空に消し、つぶやく。
「俺様とて、いくら美女とは言えど、野蛮人は遠慮するがな……」
「創剣……! 貴様を殺す!」
野次馬の中から突っ込んできたのは、大剣を構えた剣聖。彼女はフル装備であるらしく、美しい鎧に身を包んだその姿は、まさに女騎士と言ったところだろう。
__くっころっていうか、絶殺って感じだけどな……
とても正気とは思えない、怒りの形相を浮かべた剣聖に、創剣はあきれたように言う。
「何だ貴様、今日は妙に登場が遅いかと思えば今更乱入など」
「黙れ黙れ黙れ! 貴様だけは、貴様だけは殺す!」
「会話ができぬとは……今日は存外重傷であるな……」
創剣はちらりと卯月のいる方向を見る。
「トップバッター! 今回はほぼ働いていないのだ、貴様が何とかして見せろ!」
卯月を睨みつけ、そう怒鳴る創剣に、卯月はメモに文字を書いて丸めると、思いっきり投げつける。逆に笑えて来るほどの不敬っぷりに、創剣は額に青筋を浮かべながら、それを開いた。
「『勝手にしろ。俺の仕事はもう終わりだ』だと……! あのド阿呆め!」
卯月は浅井と執事の背中をたたく。
声を上げずに振り返る二人。なんだかんだ言って、撤退に創剣が必須かと言えば、そうでもないのだ。こっそり帰るだけなら、時間はかかっても声を出さずに卯月と手をつないで歩けばカメラには映らない。
逃げる算段を立てているらしい卯月に、表情筋を引きつらせ、創剣はジトッとした目で卯月を睨みつける。それに対して、卯月はいい笑顔を返した。
どっちにしろ、剣聖と戦ったところで勝てる可能性などゼロでしかない。ならおとなしく創剣が剣聖と戦うのが一番なのだ。
「この外道め!」
恨みがましく言う創剣に、声を出すわけにはいかない卯月は、軽く肩をすくめて見せた。
創剣の言葉に、剣聖は奥歯を噛みしめて言う。
「貴様が言うか、創剣の悪魔め!」
「何か御用ですかァ?」
「止めなさい、メフィストフェレス。話がこじれるわ」
とぼける執事に、突っ込む浅井。卯月は笑いをこらえて口元を抑える。
助ける気のない卯月に、創剣は歯ぎしりをすると、捨て台詞を吐き捨てる。
「貴様がその気ならもういいわ阿呆! 目の前のこやつが、どうなっても知らぬからな!」
創剣はそう怒鳴ると、見覚えのある炎の意匠の剣、つまるところ、あの布団乾燥機の剣を取り出す。
創剣が剣を取り出したところを見た剣聖は、大剣を構え、創剣に怒鳴る。
「抜かせ、今こそ神に逆らいし悪魔を打ち取るとき!」
「ええい、面倒くさい! 後で覚えていろ、トップバッター!」
創剣は、炎の意匠の剣に手を添えると、剣の名を唱える。
「フランベルジュ!」
その瞬間、剣を赤々と燃え上がる炎が覆う。
卯月は思わずメモ帳に文字を書いていた。
『布団乾燥機の剣、名前あったのか……』
「何ですかァ? 布団乾燥機の剣って」
「外野は引っ込んでいろ、畜生どもめ!」
創剣はそう怒鳴ると、フランベルジュを軽く横なぎにふるう。すると、炎が軌跡をつくり、まるで鞭のように剣聖に襲い掛かる。剣聖は、一瞬顔をしかめると、大剣の腹を掲げ、己の身を守った。
死に体の剣聖に、創剣は容赦なく剣を縦に振り下ろし、追撃を加える。
金属と金属が打ち合う、甲高い音が響く。
しかし、舌打ちをしたのは、創剣の方であった。
創剣は一歩下がり、フランベルジュから炎をかき消し、己の剣を睨む。刃こぼれ、と言うよりかは、ヒビと言ったほうが正しいような剣の傷み方に、創剣は眉をしかめるしかなかった。
「相変わらず、多重付与をすると金属がもろくなる。というか、さすが俺様の創った剣、と言ったほうがいいか?」
剣聖をからかうようにそう言う創剣に、剣聖は開き切った瞳孔で目の前の男を睨み、うわごとのようにつぶやく。
「殺す……殺す!」
「貴様はいい加減正気に戻らんか!」
始まった異次元の剣劇。代わる代わる剣を変えて戦う創剣に対し、剣聖はただひたすらに隙すらない連撃を打ち込んでいく。
舞い散る火花は真昼間の広場をさらに明るく照らし、踊るような二人の攻防は人の目を引き付けて離さない。
卯月たち、いや、その時区役所の前にいた人間すべてはただ茫然と二人を眺めることしかできなかった。
それが、いけなかった。
「っぁ?!」
「?!」
上がった小さな悲鳴と水の零れ落ちるような音に、卯月は驚いて背後を見る。そして、ひどい後悔を覚えた。
「お嬢様ァ!」
メフィストフェレスの絶叫が空に響く。男の狂ったような笑い声が空しく反響する。
どさり、という音が、タイルの地面に落ちた。
そうだ。門との闘いは終わった。
だが、撤退は終わっていないのだ。
卯月は、目の前の光景を、信じたくなかった。
赤に濡れたタイル。倒れこんだその小さな体。地面に散らばる長い黒髪。
浅井の腹部を、木の根が貫通していた。
フランベルジュ
本来のフランベルジュは、波打つような刃で、切った相手の傷口を大きく裂き、止血を難しくするものであるが、創剣のフランベルジュは元ネタの字面通り、炎を纏わせることができるらしい。
創剣曰く炎と風の魔術付与のなされた剣であり、扱いはさほど難しくはないとのこと。
なお、扱える威力は使用者の基礎魔力量によって左右されるため、(創剣曰く)才能のさの字もない卯月君だとマッチ一本分の炎が出せるかどうか程度。
メフィストフェレスならそこそこ使え、浅井ちゃんだとぶっちゃけ創剣よりも高威力で使える。ただし、浅井ちゃんの場合は筋力や体の大きさの都合上、剣を振り回すことはできないため、汎用性はかなり劣る。
ちなみに、創剣がこの件に名前を付けている理由は、創剣が王になる前から使っていた剣であるため。野営の時とか結構便利だったりしたため、名前を付けていた。布団乾燥機呼ばわりされて怒りを覚えていたが、本人も扱いは結構雑だったりする。
初登場は、一章からだったりする(最初にコボルトが現れたときに使っていた剣)




