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ロードテール  作者: ooi
二章 鬼門
33/157

13話 悪魔(ロリコン)は笑う

前回のあらすじ

・安住区を下見

・ちょっとキナ臭そう

・浅井ちゃん、共闘しない?

 数分後。

 執事の運転する車に迎えられた卯月は、軽く手を振ってその高級車らしい車に恐る恐る乗りこむ。


 車の中に入り込んだ卯月に、執事は気を許したのか、角を露わにしてアクセルペダルを踏み込んだ。


「……なあ、よくよく考えてみたのだけれども、免許もって運転しているのか?」

「もちろんですとも、トップバッター様。この世界に来た初日に、お嬢様よりとっておくべき資格の一覧をいただきまして。まだ航空機の類の資格は取れていませんが、車程度でしたらどうにでもなります」

「住民票とかどうやってごまかしたんだ……?」

「フフフフフフ」


 卯月の純粋な疑問は、執事の不気味な笑い声によって有耶無耶にされる。

 存外揺れも少なく、快適な運転とは裏腹に、卯月はそっと胸元のシートベルトを握り締めた。


__あまり深く考えないほうが、精神衛生上よろしいな……


 後部座席に座った卯月は、そっと窓の外を眺めながら、運転している悪魔をみないようにする。


「で、今どこに向かっている?」

「もちろん、お嬢様の隠れ家にございます」

「……隠れ家?」


 きょとんした反応の卯月に、執事は心底楽しそうに笑いながら、事情を説明する。


「現在、お嬢様の父、姉は事故により死亡しておりますゆえ、保護者はあの屑……失礼、お嬢様の叔父となっております」

「えっと、浅井さんは確か、叔父に命を狙われているって……」

「正確に言えば、叔父とその一派、と言ったほうがよろしいでしょう。お嬢様によると、叔父よりも危険なのは、向こうの執事であるらしいので」


 お嬢様に有能だと認められている執事……ワタクシ、嫉妬してしまいます。とつぶやく執事(悪魔)に、卯月はそっと聞かなかったことにして質問を続ける。


「で、何で隠れ家なんて?」

「おとなしく叔父の家で寝泊まりしていれば、いずれお嬢様は殺されてしまいますが故。お嬢様は実家を中心に、いくつかの別荘を転々として家出を続けております」

「家出扱いなのか」

「ワタクシはその協力者扱いでございます」


 いい笑顔を浮かべる執事。卯月は容赦なくそれをスルーし、フロントガラスの奥に見えた看板を確認する。どうやら、浅井の隠れ家は安住区内にあるらしく、数分と立たずにマンションの駐車場に入り込み、そこで降りるように卯月に指示をする。


 高級車ばかりが並ぶ都会とは思えないような、車間距離を保つスペースのある広々とした地下駐車場に、卯月は思わず周囲を確認してしまう。

 泥汚れも埃もかぶっていない磨き上げられた高級車にぶつけないよう……と言っても、どれだけ大きくドアを開けてもぶつかりそうにないのだが、ドアをそっと開け、卯月は気後れしつつも車から降りる。


 執事は卯月が車のドアを開けたのを確認すると、角を消し、彼自身も鍵を抜いて降車する。


「さて、トップバッター様」

「ん?」


 驚いたように顔を上げる卯月に、執事は張り付けたような笑顔をさらに歪ませ、右手に黒い傘を持った状態で口を開く。


「お嬢様が、隠れ家とはいえ居所を教えるという判断を下したということは、ある一定以上の信頼を貴方様に感じえたということです。それをゆめゆめお忘れなさらず」

「ああ、誰にも言わない。創剣にもな」

「ならばよいでしょう。案内いたします」


 傘の柄を右手で撫で、執事は歩みだす。

 卯月は、慌ててそれに付いて行った。





「うっわ、なにこれ」

「何のことでしょう?」


 張り付けた笑顔のまま困惑を浮かべる執事に、卯月はいう。


「いや、パスワードを打ち込むエレベーターって、初めて見た」


 駐車場からすぐのエレベーターには、階を示すボタンではなく、10の無字のボタンと四角のボタンが付いているのみだった。

 執事はためらうことなくボタンを順番におし、最後に四角のボタンを押す。

 すると、ほんの小さな起動音とともに、エレベーターが動き出した。


 耳鳴りの感覚から、かなり高い階に昇っていることはわかるが、しかし、何階に上がっているかはわからない。階層を表すパネルも、このエレベーターには存在していなかった。


 揺れの一つもなく静かに止まったエレベーター。


 エレベーターホールから続く廊下はなく、ただ目の前に一つの扉と、その横には『浅井』のネームプレートがあるのみ。

 どうやら、この階層一つがそのまま部屋であるらしい。


 理解不能の状況に困惑する卯月をよそに、執事はなれた足取りで目の前の玄関に当たるドアをそっと開ける。どうやら、常日頃から鍵をかけていないらしい。


「お嬢様。卯月 幸様をお連れいたしました」

「ご苦労さま、メフィストフェレス。とりあえず、メインルームまで」


 玄関で一礼する執事に、一拍遅れて黒檀の扉が開き、浅井の声が聞こえてくる。すっきりした飾りの少ない黒のワンピースを着た彼女は、卯月に深々と一礼すると、そっと廊下の奥へと案内する。


 曇りガラスの扉の奥には、オフィスのように整った、しかし、椅子の数のわりには生活感のほぼない、リビングのような場所にたどり着いた。

 きょろきょろと落ち着きなくあたりを見回す卯月に、浅井は執事にちらりと目くばせをしてから口を開く。


「ここは、もともと父と姉のプライベートオフィスでした。相続権は娘の私にございましたので、叔父は手出しはできません」

「……いくつかある隠れ家って、もしかして……」

「ええ。私が父から相続した遺産です」


 彼女はそう言うと、そっと革のソファを指し示す。一人掛けのソファに座った彼女は、高さゆえのつかない足をそのままに、そっと顔を上げ、卯月の方を見る。

 浅井の視線に導かれ、卯月は三人掛けらしいソファの中央に腰かけた。


 そのタイミングで、執事はそっと紅茶を中央のガラステーブルに置き、少女の後ろに控える。

 少女は眉間に手を押し付け、深くため息をつくと、口を開いた。


「卯月様。申し訳ありませんが、この執事が出す飲食物は私が確認してから口に入れてください」

「ん? あ、ああ。わかった」


 意味も解らず了承する卯月に軽く礼をした浅井は、そっと紅茶に手を伸ばし、一口紅茶を含むと、顔をしかめ執事に向かって言う。


「やり直しよ、駄目執事。ミネラルウォーターのみ出しなさい」

「ふむ……手厳しいですね、お嬢様」


 執事は残念そうに肩をすくめると、キッチンに移動する。制止しようとする浅井をよそに、卯月は興味本位で高級そうなソーサーに指を絡め、ぱっと見普通に見える紅茶を口に含んだ。


 そして、大きくむせこんだ。


「何だこれ、酸っぱい……?!」

「卯月様! 大丈夫ですか?!」


 焦る浅井をよそに、卯月はただ茫然とした。


 紅茶にありえない、梅干しに近い酸味と、塩分の味。そして、壊滅的なのは、それらに香りが一切ないことだろう。せめて梅干しそのままの香りがするなら納得もできたが、しかし皆無である。本当に、驚くべきことに、何もないのである。

 ティーパックを適当使って入れたところで、ここまで摩訶不思議な、見た目だけは紅茶に酷似した液体を作り出すことは不可能なはずだ。

 唯一の救いは、きちんと飲み下せることくらいだろうか。


「えっ、これ、紅茶……?」

「あの執事が作り出した飲食物は、慣れていない限り基本的に口にしないほうが吉です。いえ、申し訳ありません、出させるミネラルウォーターすらも少し心配になったので、キッチンに行ってきます」

「ペットボトルからグラスに注ぐだけの工程すらアウトなのか……?!」


 焦ったように額にうっすらと汗を浮かべた浅井が、ソファから降りてキッチンに向かいだす。卯月は驚きを隠せず、手元のソーサーをそっとガラスのテーブルに戻す。

 なお、執事が持ってきたミネラルウォーターは、不可思議なことにうっすらと苦い味に、なぜかハッカににた香りがした、とだけ記しておく。




 少しばかり騒動はあったものの、ようやく冷静になったらしい浅井は、少しだけ恥ずかしそうに頬を赤らめて一つ咳き込むと、口を開く。


「では、卯月()()。お話をしましょうか」

「ああ。どこから話せばいい?」

「まずは、自衛隊が信用できないというところからお願いします」


 そう言う浅井に、卯月は話をする。安住区役所前での出来事を。親友である木原の怪我を。


「__そもそも、親友に国外の廃棄物を殺しに行かせたところから信用したくもない。あと、単純に願い事の権利をどう使うかが予想できないのは危険でしかない」

「卯月さんの親友も、願いをどう使うのかはわからないのでは?」

「あいつは大丈夫だ。即物的に使わなくちゃいけないってなっても、あいつなら自分のためだけの願い事や、妙な願い事はしない。絶対にな」


 はっきりと言い切る卯月に、浅井は少し驚いたような表情を浮かべると、小さく頷いた。


「わかりました。では、なぜ卯月さんは何も願おうとはしないのですか?」

「願いが無いから、だな。正直、今は特に金にも困っていないし、名誉も欲しくはない。現状で満足しているから、それ以上が欲しくはない」


 卯月のそのセリフに、執事はまるで珍獣を見つけたような顔をする。もの言いたげな執事だったが、浅井に無言のうちに制止され、軽く肩をすくめると、目を閉じた。


「わかりました。ですが、創剣様はどうなのでしょう? あの方には願いはないのですか?」

「創剣の願い……そういや、深くは知らないな。前に願いの権利を手に入れたときには日本の国籍を要求していたけれども……」


 ちらりと卯月の脳裏によぎったのは、創剣を召喚したばかりのこと。ルマエルが言っていたセリフ。

 よくよく考えてみれば、創剣は詳しく己の願いを言ってはいなかった。


「仲間は、願いがあって、それを叶えるために召喚に応じているらしいが……」


 卯月の独り言にも近いそのセリフに、悪魔は口をついた。


「……なぜそれを……っ!」


 驚いたような表情を浮かべ、半ば叫ぶように言う執事に、浅井は驚いたように目を丸くして後ろを見る。


「どういうこと、メフィストフェレス……?」

「……」


 悪魔は、ただ表情を引きつらせ、卯月のことを恨みがましく睨みつけていた。

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