11話 花の匂いって集まると大変なことになるよね
前回のあらすじ
・お見舞い行こうぜ
・三日後、門が開くって
ルマエルが卯月の家へ来た翌朝。
いつもと変わらず、創剣と二人で朝食を済ませた卯月は、午前中のアルバイトを終え、木原が入院しているという病院へ向かった。
電車を二本乗り換え、合計20分ほど移動する。
隣の区へと移った卯月は、スマホの地図アプリを見ながら、しばらく道を歩き続ける。
途中でスーパーに立ち寄り、木原の好きそうな菓子をいくつか見繕う。途中の生菓子コーナーで可愛い猫のパッケージの饅頭を見つけたため、ついでにそれもかごに入れ、そのまま会計を済ます。
花の類も買おうかどうしようか悩んだ彼だったが、あっても邪魔だろうと判断し、しばらく見つめていたアジサイから目を逸らす。よくよく考えてみれば、お見舞いに持っていくべき花など、卯月は選びたくもなかった。
脳裏によぎるあの事故。山積みになった花の匂いが鼻を狂わせ、無力感と疎外感をかき立たせる。じりじりと痛みを上げる左足と、こみ上げる吐き気に、卯月は首を振って思考をかき消す。
__どっちにしろ、野郎から花をもらったところで、うれしくも何ともないだろう。この手のは、どうせ松里あたりが選んでいるだろうし。
無理やり大股に足を踏み出し、卯月はスーパーから出ていく。__足を、いったん止め、スーパーの方をみる。ここには、小さな薬局も併設されているらしい。
卯月は、Uターンをして、無臭タイプの置き型消臭剤を一つ購入し、ビニールの中に入れた。
人気者の木原のことだ。あいつなら、召喚士の知り合いを含め、たくさんの人から見舞いの花をもらっているはずだ。なら、一つくらいひねくれたものがあってもいいだろう。
卯月は、軽く苦笑いをして、今度こそスーパーから出た。
昨夜のうちに木原に連絡をしておいたのが聞いたのか、あっさりと通された病棟は、驚くほど広い廊下に、センスのいい絵画などが飾られていた。
看護師に案内され、その病室にたどり着いたころには、卯月はあきれ顔を浮かべるほかなかった。
__VIP待遇だな、おい……
部屋の前の通路には、持ってきた菓子がかすむような高級そうな菓子やらなにやらがアルミの棚に積み上げられていた。中には、名刺のような物が張り付けられているものや、どこの特産であるかが明記されたような政治の匂いを漂わせるようなものまである。
眉間に右手の指を押し付けながら、卯月は深くため息をつき、案内されるまま室内に入り込む。
卯月の家のリビングを優に超える広さを誇るその病室は、想定以上に大量の花束が飾られていた。それに比例し、ムッとするような花の匂いが、卯月の鼻をつく。
ちらりと脳裏に己が怪我をした時のことがよぎり、Uターンしたくなった卯月だが、そんなことをしては、ここに来た意味がない。くらくらとするほどの甘ったるい花の香りに吐き気をこらえながら、卯月は病室の奥へと目を向ける
その中央にある広めのベットに、頭に包帯を巻いた木原がいた。
木原は、ベッドの上に設置された仮机のようなところで、書類を書いていた。勉強ではなく、何やら報告書であるらしい。
そして、木原の隣では背中の大剣を抜き身で持った剣聖が、コチラににらみを一瞬だけきかせ、病室への訪問者が卯月だと気が付くと、剣を鞘へと戻した。彼女の端正な眼の下には、うっすらと隈が見えており、かなり長い間警戒していたことがうかがい知れる。
「失礼しました、卯月様」
「……んっ?! あ、卯月! 来てくれたのか!」
書類から顔を上げ、はにかんだような笑顔を浮かべる木原に、卯月は軽く右手を上げて微笑む。
「よう、木原。怪我は大丈夫か?」
「……いや、あの、言わなかったのは本当に悪かったって! 心配させたくなかったし……!」
うっかり嫌味っぽくなってしまった卯月の言葉に、木原は慌てて謝る。剣聖は我関せずといった様子で病室の壁に寄りかかると、軽く目を閉じた。
卯月は、手元のビニール袋から菓子を取り出しながら、口を開く。
「いらないかもしれないが、手土産の菓子だ。いやはや、国外に行っていただなんて、随分大変だったな?」
「ごめんって! 笑顔のまま言わないで! 怖い、怖いから!」
張り付けたような、と言う形容詞が正しいような、卯月の言葉に、木原は手に持っていたボールペンを机に置き、菓子を受け取る。ついでに、剣聖に礼の饅頭を手渡す。
「……っ! 卯月様、貴方はこんな愛らしいものを私に食わせるつもりか……!」
「いや、うん、パッケージだけだと思うぞ、それ。あと、ついでに消臭剤。花にも効果があるかは知らないけどな」
「あ! ありがとう! いや、現地の人から、凄いお礼が届いちゃって……」
消臭剤のパッケージをやぶりながら、木原は困ったように笑顔を浮かべる。その笑顔をみて、卯月は説教をする気が失せた。
卯月は、深くため息をつくと、木原に話しかける。
「で? どことどこを怪我したんだ?」
「うっ……いや、一番大きいのは、わき腹かな……。ワイバーンに思いっきり噛みつかれて」
「死ぬかと思った」と苦笑い混じりに言う木原に、卯月は軽く舌打ちをして、質問する。
「で? 入院はこれで何日目だ?」
「ん……現地で三日、日本に帰ってからは二日ってところかな?」
「その間、大学はどうしていた?」
「……」
卯月の質問に、木原は口をつむぐ。学業の遅れという面だけで言えば、正直シャレにはならないだろう。
卯月は深くため息をつき、木原に言う。
「あのさ、木原。お前はさ、普通の大学生なんだぜ?」
「……でも、俺は召喚士だから」
そう呟くように言う木原。卯月の態度を静かに見守っていた剣聖も、少しだけ警戒をしだしたのか、背中の大剣に軽く手を伸ばしている。だが、卯月がそんなことを気にすることは、なかった。
卯月は、軽く奥歯を噛みしめると、木原の病人服の襟首をつかみ、言う。
「お前以外にも、召喚士はいるだろうが。木原、お前だけが各地を巡る必要なんてかけらもないだろ。っていうか、効率が悪いだろうが!」
「怒るところ、そこ……?」
驚いたように、されるがままに、襟首をつかまれた木原は、卯月の怒声を受け取る。
「黙れバカ。親に学費払ってもらってんだろうが、大学に顔出せよ! 平日毎日が無理だとしても、最低週3は来い! てか、お前、部活動推薦だろうが! 部活はどうした、部活は!」
「あ、それは大丈夫。召喚士として活動協力している間は、単位がちゃんと出るように……」
その言葉を言い切る前に、卯月は木原の襟首を離すと、「いいか」と前置きをしてから口を開く。
「学生の本分は命がけの給料もらえるボランティア活動じゃない、勉強だ。お前が人助けしたいっていう意志は尊重するし、尊敬もする。だが、木原。てめえは学生だろうが!」
卯月の言葉に、木原は口をポカンと開け、怒りと心配の宿った卯月の瞳を見つめる。病室のいたるところに飾られた……と言うよりかは、積み上げられた花束の一部がついに崩壊したのか、後方でぐしゃりという音がした。
卯月は、こみ上げる怒りをこらえながら、言う。
「俺はさ、友達が怪我をしているのをみて、何も思わないわけじゃない。かわいそうに、とか、大丈夫だったかな、とか、ちゃんと思っている。だけど、それ以上に腹が立つ」
卯月は、言葉を切ると、ちらりとベッドの上に置かれた書類を見る。二、三行読んだあたりで、読む気が失せるような堅苦しい文字列に、卯月は軽く舌打ちをする。
「木原、お前はもっと自分の権利を主張しろよ! 人助けよりも先に、自分のことをしろよ! 具体的には大学に通え!」
「でも、大学に行っていたら、活動が……」
「門を壊すわけでもないのだったら、剣聖に頼めよ! ワイバーンを倒すくらいの実力はあるんだろ?!」
壁際に控えていた剣聖が、卯月の言葉に驚いたような表情を浮かべる。木原は、困惑したような表情を浮かべ、言葉を紡ぐ。
「いや、でも、剣聖ばっかりに負担を押し付けるわけには……」
「じゃあ、他の召喚士を頼れ。少なからず、最低限の日常を過ごせるくらいにはできるだろ?」
「でも……俺がやんなきゃ……」
木原はついに、まるで迷子になった子供のような表情を浮かべ、言う。その言葉を聞いた卯月は、深くため息をついて、言う。
「別に、お前ひとりだけがやる必要はないだろ。てか、むしろお前やりすぎ。休め。っていうか、本来の仕事しろ」
「本来の仕事……?」
「学業。遅れている分くらいは手伝うから、大学に戻って来いよ」
学業特待様直々のの特別講義だぞ、と言えば、木原はツボに入ったのか、大笑いをする。そして、笑いすぎでうっすら目元に涙を浮かべつつ、口を開く。
「ありがとう、卯月。なんか、すっきりしたよ」
「さっさと怪我なおして、大学来い。引きこもりのやつを説得している家族か、俺は!」
「そりゃ、うん、悪かったって。……でも、三日後にはちょっと戦いがあるから……」
「怪我している状態で行くなバカ。それこそ他人任せしろっての!」
「そう言うわけにはいかないだろ?」
苦笑いする木原に、しばらく口を閉じて待機していた剣聖が、ついに口を開いた。
「……いえ、私も、卯月様に同意します。木原様、貴方は療養していてください」
想定外の援護射撃に、卯月と木原は目を丸くする。
剣聖は、饅頭を持ったまま、まっすぐと木原をみる。
「私も、貴方様が傷つくところを見て、守れなかった己を恥じると同時に、もともと戦うためにあるべきでない人が命がけであり続けていることに疑問を抱きました」
剣聖は、そこで一度言葉を切ると、背中の剣を外し、見舞いの花の詰められた棚に寄りかけさせ、口を開いた。
「木原様。貴方と私は、根底から異なります。確かに、私も人間です。ですが、私は戦うために生まれました。戦うために、『ルシファー』の名を与えられました」
「……っ! 違う! 剣聖は、剣聖だろ!」
「違いません。私は、同じ『ルシファー』の名を持つ、あの男を殺すために生まれました。あの時は、確かに私たちを助けるようなことを告げておりましたが、本来のアレは、そうではありません」
凛とした声でそう言う剣聖に、卯月は目を丸くした。
__創剣、知り合いって言っていたけど……
ひきつりそうになる表情をこらえ、卯月は剣聖の告白、もとい、木原への嘆願を聞く。
「私は、あの男……神を乏しめし邪なる王、【創剣】のルシファーを殺すための力を得る、そのために、この世界での戦いに手を貸しています。ですが、今やその使命と、貴方様を、木原様とを天秤にかけてしまっている!」
__あの野郎、元の世界で一体どんな立場だったんだよ……!!
まともに二人の会話劇が入ってこなくなる卯月を置いて、木原と剣聖は話を続ける。
卯月は、顔を青くすればいいのか、赤くすればいいのかわからず、ただひたすら内心で叫ぶ。
__創剣のド阿呆……!




