9話 大学生活と不穏
前回のあらすじ
・合コンに参加した卯月
・安須が案外女子人気高め
・やったね卯月君! 知り合いができたよ!
飲み会の翌日。
いつもと同じく身支度を整え、大学に向かおうとする卯月に、創剣は退屈そうに声をかける。
「貴様、次の門はまだなのか?」
「ルマエルから連絡が来ていないから、まだわからないな」
「そろそろ暇だ。気兼ねなく戦いたい」
「んなこと言われたって……」
肩をすくめる卯月に、創剣は軽く舌打ちをすると、ソファに寝転がる。
「いい加減本を読むのも飽いた。何か、面白いことはないのか?」
「お前な……言っておくけど、日本に門が出てきていないってだけであって、世界各地は割と壊滅的な状況になっているところもあるんだからな?」
「だとしても、この国の外に行くには許可がなくては行けなかろう。一度試したが、海の途中で不自然に体が動かなくなった」
「普通に危ないな、それ! てか、外国に行こうとしたのか!」
「当たり前だ、阿呆! 見たら行きたくなるだろうが!」
航空法やら何やらによってきっちりと法律が定められている以上、創剣はそれに従わなくてはいけないらしい。
卯月はあきれた表情を浮かべ、言う。
「なら、国内の名所でも見て来いよ。あるだろ、いろいろ」
「阿呆、そうしたらいつ門が現れるかわからないでないか!」
「国外にいてもそうだろ」
「外なら狩りができるでないか」
あっけらかんと言う創剣に、卯月はため息をついた。
現在地球には、複数の廃棄物が住みついている。
まずは、日本にも存在するスライム、コボルト、ワーウルフ。最初の門の波で生き残ったものがまだ残っているらしい。
諸外国では、この三種類に加え、ワイバーン、ドラゴン、ところによってはゴーストやゾンビ、鬼などと言った危険な(すべての廃棄物は等しく危険なのだが)廃棄物も存在しているという。
特に、小鬼……いわゆるゴブリンの存在は特に危険視されている。雑食で知性があり、徒党を組んで人を襲う。武器を使う知恵もあり、警察官を殺したゴブリンが警棒を使っていた事例もあった。また、繁殖力が強いのも問題視されており、スライム同様すでに繁殖を開始しているという。
門の破壊が早期にすんだ日本は、各地に廃棄物が潜んでいるとはいえ、まだ世界各所に比べるとはるかにいい状況であるのだ。
それが目の前でグダグダとソファに寝転がってワインを飲んでいる創剣のおかげだと思うと、少しだけ複雑な気分になる卯月だが、気にしたら負けだと判断した彼は、軽く首を振って言う。
「暇だったら体でも動かしとけよ。町民ジムとか行ったらどうだ?」
「なぜ俺様がそんなむさくるしそうなところに行かねばならん!」
「行きたくないなら行かなきゃいいだろ。でも、少しは運動しないと太るぞ」
「不敬!」
怒ったらしい創剣がソファから体を起こし、卯月を罵倒しようとする。が、当然のように無視をした卯月は、ひらりと右手を創剣に振り、振り返ることもなく大学へと向かった。
昨日一昨日、いや、それよりも前と変わらず、卯月は一人で講義を受ける。さほど興味もない内容ではあるものの、仕入れた情報では、講義中に言っていた内容がそのまま試験に出るのだという講義であるため、退屈さを噛み殺しながら卯月は講義を聞いていた。
ちらりと目を前の席にうつしてみれば、飯田がうつらうつらとし始めていた。よほど退屈なのだろう大谷など、立てた教科書裏で早弁をしている。顔に傷のあるいかつい男が体を縮こめて弁当を食べているさまは、笑っていいものなのかどうなのかで妙に迷う。
ノートに文字を埋め込みながら、卯月は軽くため息をついて意識を保つ。
「そう言えば最近、物騒な事件が多いですねー。何でしたっけ、あれ。あのバケモノの公式名称。廃棄物でしたっけ? ネーミングセンスゼロじゃないですかあれ?」
突然雑談を始めた教授に、学生たちはうんざりした様子で手に持っていたシャーペンを机に置いた。定期テストにさえ出ないのであれば、この髭の戯言など聞く気が起きない。
そんな学生たちの気持ちを知らず、教授は楽しそうに話を続ける。
「政府の気の利いたジョークか何かかと思っていましたけれども、どうやら本当みたいですねー。先日、家の裏にスライムがいまして。外国が今ヤバいとは聞きますけど、あれくらいでヤバいことになるんですかねー」
聞いているうちに、少しずつ腹が立ってきた卯月。だが、そう簡単に口を開くだけの勇気はなかった。ちらりと後方の席を見てみれば、松里が教授を睨んでいる。
そんな彼女の様子など気が付かず、教授はさらに話を続ける。
「危機感、危機感とは言いますが、正直、家に出たスライム、巻いた新聞紙でたたいたら簡単に死んじゃいましたよ? あんなのに、いったいどうやって危機感を抱けって言うんですかね。召喚士でしたっけ? あれに政府が報酬を渡してまで駆除させる意味が解りませんよ。税金の無駄遣いじゃないですかね?」
そう言って笑う教授。
己が、と言うよりかは、親友の木原が馬鹿にされたように感じた卯月は、純粋に苦虫をかみつぶしたような表情になる。
__無報酬で命がけの作業何てさせられるわけがないだろ……
スライムの酸に髪の毛溶かされればいいのに、と思いつつ、卯月はシャーペンを机の上に置いた。聞いていても不愉快になるだけだ。
「そう言えば、うちのキャンパスにも、召喚士がいましたっけ。いいですねー、召喚士。廃棄物を駆除するだけでお金がもらえるんですよ? 勤労の意味が分からなくなってきそうです」
「……!」
そこまで教授が言ったところで、松里が切れた。
松里は、額に青筋を浮かべながら、左手をまっすぐと上げる。
唐突に手を上げた松里に、教授は少し驚きつつも、指名する。
教授に指名された松里は、奥歯を噛みしめながらも返事をし、その場に立った。
「教授。お言葉ですが、友人関係である木原がけなされているようで、聞いているだけで不愉快です。修平……木原は、命を懸けて、人を助けるために廃棄物と戦っています」
「キミねえ……新聞紙でたたいて倒せるようなのに、命を懸けるって言っている?」
笑い声混じりで言う教授に、松里は、唇を噛んで言う。
「木原が戦っているのは、それとは比較にならないほどの危険な廃棄物です。この前なんて、あいつ、やらなくたっていいのに、他国に赴いてまでワイバーンを退治していたんですよ、生傷まみれで……。そんな彼を乏しめられるのは、気分が悪いです」
「やらなくていいことをするのが悪いのだろ。というか、彼には……何だっけ? ルシファーちゃんがいるんだろ? 戦っているのは、彼じゃなくてあの子じゃないか」
なのに、木原にお金を払うって、おかしいよね? と周囲に同意を求める教授。だが、話に飽きていた学生たちに同意するものはない。
教授は不愉快そうに眉を顰めると、さらに言葉を続ける。
「と言うか、彼、実質的に犯罪者じゃないか。女の子を戦わせて、それでお金を稼いでいるんだよ? それはおかしいんじゃあないのか?」
「木原も戦っています。それを知らずに彼を戦ってないと?」
「付いて行っているだけじゃないか。ワイバーンと戦っているところの映像だって、彼、ほとんど役に立っていなかったじゃないか」
「……!」
門との戦いにおける召喚士の存在意義を知らない松里は、そこで言葉に詰まった。それに気が付いたらしい教授は、勝ち誇ったような笑みを浮かべ、言う。
「ねえ、彼いる? 彼にお金払う必要、ある?」
「……っ!」
鬼の首をとったように言う教授。奥歯を噛む松里。
周囲の状況も少しずつ困惑と動揺にあふれ始めるが、それでもなお教授は松里を煽ろうと口を開きかける。
だが、二の句は告げなかった。
まっすぐと左手を上げた卯月が、教授の目に映ったからだ。
「えっと、卯月君」
「教授、まず、松里に謝罪を。彼女は、友人をけなされて腹が立っている、と主張しているだけです。それは、これのことの道理がどうであれ、教授が悪いかと」
そう発言した卯月に、教授はおどけた声で言う。
「えー、私が悪者?」
その言葉に、周囲からは同意するような視線と、困惑の視線が入り混じる。眠っていた飯田も、何が何だかわからないという様子で立っている卯月を見上げる。
「そこは、どう考えても教授が悪いです。正直、俺も木原の友人なので、聞いていて不愉快でした」
「だって、雑談だよ? っていうか、本当に木原、何もしていないじゃん?」
悪びれる様子もなく言う教授に、卯月は問う。
「なら、教授はあのワイバーンと対峙できるというのですね?」
「は? そんなことは言っていないじゃん」
唐突に慌てだす教授に、卯月は眉をひそめて言葉を続ける。
「それすらもできない人が、木原に対して何もしていないという権利はないかと。先に言いますが、俺は無理です」
潔いほどに言い切った卯月に、一瞬だけ小さく噴き出すものがいたが、それを気にせず、卯月は言葉を続ける。
「アレは、画面越しでも怖かった。日本に……いや、地球上にいてはいけない。あってはいけない、そんな存在だと思えた。俺は、木原みたいにあのバケモノと対峙するのは、無理です。たとえ、隣にそのバケモノを退治できる人がいようとも」
思い出すのは、あの時のブラックドラゴン。創剣が瞬殺したとはいえ、遠くから一目見ただけでも、卯月は絶望と恐怖で動けなくなった。
だが、ニュースで見た木原たちは、戦おうとしていた。
その様を見たとき、卯月は純粋に、木原に尊敬の念を抱いていた。そして、親友として誇りに思えた。
その気持ちを、教授は汚したのだ。
松里のこともあり、卯月は正直、怒りの感情を覚えていた。
茫然としている教授に向かって、卯月は言葉を続ける。
「謝罪を。松里と、木原に」
「……っ、いや、でも、だって……」
言葉を濁す教授。その時、講義の終了時間に到達する。
それに気が付いた教授は、助かったという表情を浮かべ、早口で講義終了を学生たちに伝えると、足早に講義室を出ていった。
卯月は不満そうにそれを眺め、後ろで席に座るタイミングを逃し、立ったままだった松里に言う。
「悪い、余計なことをした」
「い、いや。ごめん。私、どうしても許せなくって……」
そう言ってきまり悪そうに広げたままだったノートを整えだした松里に、卯月は思い出したように質問する。
「ていうか、あいつ、怪我していたのか?! 外国に行っていたっていうのも知らないんだが?!」
「あっ」
やっちゃった、と言わんばかりの表情をする松里に、卯月は頭を抱えた。
事情を聞くに、ヤツは絶対に心配するから、卯月には伝えないでくれ、と言っていたらしい。松里曰く、自分でもかなり説教した、とのことだったため、卯月は少しだけ閉口した。
「で、今どこにいるんだ、あいつ」
「昨日電話した時には、日本にいるらしいことは分かったけど……講義、ちゃんと受けられているのかしら……?」
「てか、あいつ、部活動どうしたんだよ。運動部推薦だろ?」
「部活動なんて参加している暇があるわけないじゃない」
キツイ言葉尻とは裏腹に、心配そうな松里。それとは反対に、卯月はかすかな怒りを覚えていた。
卯月は、奥歯を噛みしめる。
思い出したのは、トロッコ問題。
たくさんの見知らぬ人を見殺すか、知っている少数を見殺すか。
木原は、それに対して第三の答え、つまるところ、己を犠牲にしてでもトロッコを止めるという判断を下す。そして、それを実現してみせるだろう。
卯月は、眉を寄せてつぶやくように言う。
「木原なら、いつか世界を救うために戦うとか言いだしそうだと思っていた」
「わかる。たぶん、安須も思っているでしょ」
「でもさ、……さすがに、これはねえよ」
卯月は、そう呟いて、唇をかみしめる。
教授が雑談として片づけたあの言葉。アレが、世間の総意であった。
木原を賞賛するものは、ほぼいない。むしろ、戦っているのは剣聖だというのに、なぜ木原が報酬を受け取っているのか、と言う反応が大きい。
何故わからないのだろう。廃棄物と戦う時の恐怖が。
何故わからないのだろう。木原を乏しめる彼ら自身は何もしていないということを。
何故わからないのだろう。諸外国のように廃棄物によって危機が訪れていないのは、門を壊している誰かがいると事実を。
何故わからないのだろう。学生の身分である木原が、毎日のように全国を巡ってい廃器物退治を強いられているという不条理さを。
卯月は、舌打ちをして拳を握り締めた。
「大和町に戻ってきたら、一発殴っても文句は言われないよな」
そう言った卯月に、松里は深くため息をついて言う。
「……安須も全く同じこと言ってたわ。ホント、似た者同士よね、アンタら三人」
「……別にいいだろ。っていうか、何にもできない俺にも腹が立ってくるんだよ。この手のは」
くそったっれ、と毒づく卯月に、松里は心配そうに目を伏せた。
解決策など、なかった。しいていうなれば、卯月自身が召喚士であると名乗り上げる以外は。
己のこれからを思案した卯月は、ひどい無力感に襲われることしかできなかった。
__俺には、何ができるんだ? 俺は、何をしたらいいんだ?
結論は、未だに出なかった。
『日本における廃棄物の認識』
廃棄物の危険性を十分理解しているのは、日本自衛隊及び、政府のごく一部の人間のみである。何故ならば、象徴するような実害がいまだに起きていないためだ。
死者は出た。怪我人も多数存在している。何なら、諸外国では国の機関がボロボロになるほど壊滅的な被害が起きている。
だが、日本ではそれらが起きなかった。起きないでしまった。
ゆえに、真に英雄たる……いや、聖人たる彼は、言われなき中傷を浴びる結果となった。そして、聖人はついに半ば政治利用の形で外国の廃棄物処理を行い、そして負傷した。
彼のパートナーたる剣聖がどう感じているのかは、おそらく無知な観衆には、塵ほど理解できていないはずである。




