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ロードテール  作者: ooi
二章 鬼門
26/157

6話 願いと望みと

前回のあらすじ

・執事と遭遇

・幼女の願いが父と姉を生き返らせたいことだということが判明する

 『父と姉を生き返らせたい』

 少女の願い(のぞみ)を聞いた卯月は、茫然と画面奥の少女を見つめていた。


「……驚いたような顔をして、どうしましたかトップバッター殿?」


 首を傾げ、そう聞く執事に、卯月は言う。


「できるものなのか?」

「いやいや、貴方様、契約時に一つ、願いを叶えてもらったでしょ?」

「いや、俺、直近の危機のために使っちまったし……」

「門破壊の報酬はどうしました? 貢献度一位の人間は願いを叶えられると天の使いは言っていましたが?」


 もしかして、門を破壊したあの二人組が一位でしたか? と聞く執事に、卯月は首を横に振る。山に出現した門を破壊した時は、創剣が貢献度一位であったが、創剣は日本の国籍を要求していた。


__そういや、あれどういう名前で登録されたんだろう……?


 当て字なのか、それともカタカナで登録されたのか気になった卯月だが、そんなところではなかった。

 驚いた様子の浅井が、卯月に聞く。


『まさか、アザエルの言葉は嘘だったのですか?』

「い、いや、願いは確かに使えた。ただ、その、創剣が日本国籍を要求したことくらいしか、願いらしい願いをしていなくてな……」

「そんなバカな!」


 驚きを隠せないという表情を浮かべる執事。

 だがしかし、何を驚いているのだかわからない卯月は、困惑するばかりだった。


「トップバッター様は人間ですよね?」

「いやまあ、そうだけど……」

「でしたら、なぜ望まないのですか? 金銀財宝、名誉、名声、頭脳、異性、美食……この世界でも、人間が求める物は大差ないはずです」


 困惑した表情で言う執事に、卯月は首を傾げた。


「いや、別に、生きていけないほど金に困っているわけじゃあないし、行きたい大学には入学できた。特別ほしいものはないし、どうしてもしたいことがあるわけでもない。趣味はなくなったけれども、今の生活で十分だ。自分が不幸だとは思っていないしな」

『……貴方は__』


 浅井は開いた口をそのままに、驚いたように卯月の目を見る。少女の黒の瞳には、困惑に近い何かが宿っていた。


「……まあ、もっと正確に言うなら、目指していた夢を追いかけられなくなって、やりたいことがなくなったって言う方が正確だろうけどな」

『参考までに、貴方の夢だったものを拝聴しても?』

「プロ野球選手。足怪我して、野球を続けられなくなった。未練がないって言ったら嘘になるが、正直、今は野球やっているよりも、友人や知り合いを守りたい」


 遠慮がちな浅井の質問に、卯月はあっさりと答える。少しずつ強くなってきた雨が、卯月の頬を濡らす。だが、卯月の心は晴れ晴れとしていた。


 今の思いを友人たちに口に出してはいなかった。口に出すつもりはなかった。だが、声に出せば存外簡単に己を縛り付けていた未練は薄れていく。

 晴れやかな笑みを浮かべる卯月に、浅井はまるで迷子になった子供のような表情を浮かべ、言う。


『ともかく、門を破壊し、神に活躍を認めてもらえば、追加で願いを叶えてもらえるのは、事実なのですね?』

「ああ、そうだ。俺は大したことは願っていないが、ルマエルは『無理じゃない願いならかなえる』と言っていたな」


 本当に大したことを願っていない卯月は、参考にならないかもしれないが、と前置きをしながらもそう言う。卯月の言葉に、浅井は少しだけ考え込む。


『死んだ人を生き返らせるって言うのは、無理な願いに入るかしら……?』

「聞かなきゃわからないな。でもまあ、希望がないわけじゃあないな」


 無責任と思えるほどにあっけらかんと言う卯月に、少女は年相応に目を輝かせる。そして、自信あふれる笑顔を浮かべると、卯月に言う。


『ありがとうございました。すぐにではないかもしれませんし、いつになるかはわかりませんが、父と姉をいつか生き返らせます』

「そうか、無理しない程度に頑張ってくれ」

『ふふ、そうします。あと、お礼はいつか必ずいたします』

「それは大丈夫かな」

『では、失礼いたします』


 浅井は優雅に一礼すると、通話を切った。暗くなった画面。執事は薄く笑みを浮かべると、大切そうにスマホを胸ポケットにしまい込んだ。

 そして、胡散臭い笑みに戻ると、口を開く。


「情報提供、誠にありがとうございました。お嬢様もまれにみる高機嫌で、ワタクシも見たことのない表情を拝見することができました」

「……端々に見える変態性は悪魔だからなのか? お前だからなのか?」

「ふふふふふ、失礼ですねぇ」


 不気味に笑む執事に、卯月は頬を引きつらせる。気が付けば、服が重たく感じるくらいには雨を全身に浴びていた卯月は、小さく体を震わせる。それとは対称的に、執事は一切体を濡らしていなかった。どういうことなのか気になったが、これ以上考えても意味はないだろう。


 全身ずぶ濡れの卯月は、テンションが下がっていくのを感じつつも、執事に軽く会釈をしてからその場を後にした。そして、とあることを思い出して、切れ間の見えてきた雲に向かって口を開く。


「あ、布団干しっぱなしだ」




 ローテンションで家の立て付けの悪い玄関を開けた卯月。あまりにも陰鬱な雰囲気に、ソファーで寝転がって小説を読んでいた創剣は、眉を寄せて言う。


「む、貴様か。今日はずいぶん遅かったが、どうした?」

「いやちょっと、まあ、いろいろあった。とりあえず、創剣、一発殴っていい?」

「阿呆、そんな理不尽な願い、俺様が了承するとでも思うか?!」


 案の定、ベランダに干しっぱなしになっていた布団に、卯月は深くため息をつく。今からだとどうあがいても乾きそうにない。


 うなだれながら、卯月は創剣に質問する。


「なあ創剣、お前の倉庫に布団乾燥機とか、それに近いものとかない?」

「貴様、俺様の倉庫を何だと思っている。どこぞの青狸が持っている四次元につながる衣嚢(ポケット)ではないのだぞ? そんなピンポイントに下らんものを創るわけがなかろう」

「あると何かと便利じゃん!」


 クツを乾かしたり、分厚いコート乾かしたり……と用途を上げる卯月に、創剣は小説を片手に面倒くさそうに言う。


「そも、その手の面倒ごとは家政婦やら下女やらを雇って済ませておる。故に必要はないな」

「うわぁ、凄い王様っぽいセリフを聞いた」

「事実、俺様は王だ阿呆!」


 ソファから体を起こし、そう怒鳴る創剣。だがしかし、卯月は特に気にすることもなくベランダに駆け寄り、すっかりぬれてしまった布団をリビングに取り込む。


「あー、さっむ」


 春らしからぬ冷たい風に吹きつけられた卯月は、思わずそう呟き、体を震わせる。とりあえず布団を取り込まなければ、と行動を起こしていた卯月は、自身がずぶぬれであることをすっかり忘れていた。


 そんな卯月を見た創剣は、軽く舌打ちをして言う。


「とっとと湯でも浴びてこい、濡れネズミ。見栄えが悪くてかなわんわ」

「どうせならソファからどいてくれてもいいんだぜ? 濡れた布団をカーペットの上に置きたくない」

「俺様がわざわざ貴様を心配してやったというのに……ええい、面倒だ、このど阿呆!」


 創剣はそう言うと、虚空から炎の意匠が施された一振りの剣を取り出す。そして、鞘もついていないそれを卯月に向かって投げ渡した。


 慌てて回避した卯月に、創剣は舌打ちをしながら言う。


「それには火魔法と風魔法の魔術付与がなされている。回路もアホほど短略化してある故、魔術素養のまの字もない貴様でも使えるはずだ。威力はそれこそ、濡れた体を乾かせる程度のものがな!」


 本来、それは炎の刃を敵に飛ばすための兵器だぞ! と、軽く憤慨する創剣に、卯月は恐る恐る剣に手を伸ばす。そっと人差し指で触れてみると、丁度ぬるめの風呂くらいの暖かさを持っていた。

 右手で剣の柄を握ったところで、卯月はソファで小説を読んでいる創剣の方を見て、質問する。


「で、これ、どうやって使えばいいんだ?」

「……貴様、まさか魔道具の一つも使えんのか?」


 呆れも一周すれば驚きに変わるらしい。創剣はまるで珍獣でも見るかのような目で卯月をみて、呆れたように言う。

 眉間にしわをつくりながらも、卯月は反論する。


「そもそもこの世界(ちきゅう)には、魔法なんて存在していないんだ。魔道具なんてあるわけがないだろ」

「さんざん鉄棍やら道化服やら薄影の守りを使っておきながら、貴様は何を言っているのだ……」


 創剣はあきれたようにため息をつくと、ソファから立ち上がり、卯月から炎の意匠の施された剣を取り返す。そして、出来の悪い生徒に講義をするように、創剣は口を開く。


「いいか、俺様の創る剣は、よほどの例外がない限りは魔道具だ。庶民が持つ魔道具の中には、特定の詠唱やら魔力の付与やらが必要になったりするが、俺様の剣には必要ない。ただ、使いたいという意志と、明確なイメージさえあれば正確に発動できる」


 創剣はそう言うと、お手本のように炎の意匠の剣に赤々と燃え上がる炎を一瞬だけ出現させ、そして消して見せた。卯月は火災報知器が反応しないかはらはらしつつも、創剣の説明を聞く。


「だがしかし、貴様には、どれだけ努力したところでも、マッチ一本分の火とも言えぬ火種を生み出すのがせいぜいだろうな。風ならば、春のそよ風よりも優しい風が限界と言ったところか」


 鼻で笑って言う創剣に、卯月は首をかしげる。

 イメージ一つで魔道具が使えるというなら、限度があるというのはおかしな話だ。


「何で? 欠陥か?」

「ド阿呆、俺様の創る剣に欠陥があるはずがなかろう! 貴様の基礎魔力量がお粗末だからだ、不敬ものめ!」


 額に青筋を浮かべた創剣が、地を這うような低音で卯月に言う。


「よいか、俺様とて計算外だぞ?! この世界は致命的に魔力を持っている人間が少なすぎる! いや、この言い方だと語弊があるな、魔力量の平均が致命的に低い! 一般的な魔道具の一つも使えぬレベルだぞ?! 俺様の国で貴様程度の魔力量であれば、魔力欠乏症(不治の病)を疑われるレベルだ!」

「とりあえず、そんなに憤慨しないでもらえるか? 俺もこの世界も悪くないことだから」


 それでいいのか、地球人! と、何に対して怒りをぶつけているのかもわからない創剣に、卯月はとりなすように言う。そして、ふと疑問に行き当たり、一人つぶやく。


「__あれ? じゃあ、俺は何で召喚した魔道具を使えているんだ?」

「召喚した時点で貴様の使い魔(パートナー)になっておるからだ、阿呆」


 あきれた表情でそう言い切る創剣に、卯月は理解できないという表情を浮かべる。だが、いい加減説明に飽きて来たらしい創剣は、深くため息をつくと、炎の意匠の施された剣からドライヤーくらいの暖かさの風を巻き起こし、卯月を囲む。

 数分足らずで全身が乾いた卯月は、創剣に礼を言うと、さらに口を開いた。


「それ、布団も乾かせるか?」

「……自分でやれ、阿呆!」


 こめかみを抑え、剣を投げ渡す創剣に、卯月はそっとフローリングの上に落ちた剣を拾い上げた。


 布団が乾ききるまでには、一時間ほどかかった。

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