5話 ストーカー? いえ、執事です
今回は、作品の文字数よりもテンポを重要視したため、短いです
前回のあらすじ
・ちょっと怖いことを考えてしまった
・卯月「あ、友達作り忘れてた」松里「おい」
最後の講義も終わり。
卯月は、食事会の幹事に軽く声をかけてから、家に向かう。
空を見上げれば、重たい薄灰色の雲が空に垂れこめていた。今にも雨が降ってきそうな空に、卯月は家に向かう足を速める。
__早く布団を取り込まないと……!
春先に布団なしでソファで寝れば、風邪をひきかねない。そして、あの創剣が布団を取り込んでくれるわけがない。
背中のリュックサックは、6コマ目まで講義が詰め込まれていたため、なかなかずっしりと重い。
しばらく歩き続け、公園を突っ切ってショートカットする。路地を通り抜ければ、もっとショートカットになるが、あんなことがあったばかりで、とてもではないが路地裏を通る気は起きなかった。
すでに桜の木かケヤキかもわからない木々が並ぶ大和自然公園を通り抜ける。三週間前までは封鎖されていたが、今はたくさんの子供たちが原っぱでかけっこをしていた。
アスレチックエリアはいまだ封鎖されており、あの日の激しい戦いの後が見えている。
溶けたタイヤや砕けた木材を見るたびに、卯月は生を実感した。
__いや、ホントよく生き残れたな、俺。
卯月はゾッとしながらも、無理やり空を見上げる。
死線を超えるどころかおおよそ反復横跳びし、戦いが終わった後も、創剣がいなければ地面に倒れたまま衰弱死していた。
__そう考えると、創剣は命の恩人……?
ふとそんなことを思ったが、高笑いしてドラゴンをひき肉に変えた創剣を思い出し、首を横に振った。
命の恩人であることは変わりないが、創剣が本当にいい人かと言えば否だ。悪ではないが、アレはあくまでも自分本位すぎる。
「せめて自主的に廃棄物退治を手伝ってくれればいいんだけどな」
ため息をついてそう呟く卯月。だが、高望みをしたところで意味はない。卯月は創剣に命令する権利もなく、また、創剣も戦わなくてはいけない義務があるわけでもないのだ。
曇天を気にもかけず笑う子供たちの声に見送られながら、卯月は自然公園を後にする__
「お嬢様、見つかりましたよ」
「……?!」
ことはできなかった。
聞き覚えのある粘着質な声に、卯月は驚いて振り返る。
すると、そこには携帯電話を持った、見覚えのある執事服。だがしかし、角は生えていない。
卯月と目が合った執事は、ニタリと不気味に笑む。
「やはり、お嬢様の言う通り、トップバッター様は人間でしたか」
「……どちら様ですか?」
しらばっくれる卯月に、執事はスマホを見せる。どうやらテレビ電話をしていたらしい。画面に映っているのは、手を組んで椅子に座った、あの黒髪の少女だった。
『こんにちは、トップバッター様。私は、浅井財閥が次女、浅井 冬美と申します。先日は、ご助力いただき、誠にありがとうございました』
「……」
画面越しに見る美しい一礼に、卯月は目を見張る。そして、委縮した。
しばらく迷った後、卯月は周囲を確認して、人気のない外縁部まで移動する。そして、そばに控えていた執事と、画面の向こうの少女、浅井に向かって聞いた。
「参考までに、なぜ俺がトップバッターだと思った?」
『簡単です。そのリュックサック、昨日持っていたものでしょう?』
「あっ」
浅井の指摘に、卯月は思わず声を上げてリュックサックを見る。苦学生の彼は、多くのリュックサックを持っておらず、高校のころから使っていたリュックサックをいつも使っていた。当然、昨日もである。
『薄影のお守りの影響でしょうか、貴方様の顔だけはどうしても思い出せませんでした。ですが、それ以外でしたら覚えていられましたので』
浅井はそう言うと、そっと微笑む。それさえも整った所作のように見える。
『貴方様のお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?』
「あ、はい。卯月 幸といいます」
浅井につられて敬語で返事をする卯月に、執事はこらえきれずに笑い声をあげる。卯月は居心地悪そうにそっと目を逸らした。
『では、卯月様。電話越しで申し訳ありませんが、助けていただき、本当にありがとうございました』
深々とお辞儀する浅井に、卯月は少し慌てる。流石に小学生に見える少女に頭を下げさせる趣味は持っていなかった。
「とりあえず、顔を上げてください。本当にたまたまでしたから」
『たまたまであれ、助けていただいた事実は変わりません。このご恩は、必ずお返しいたします』
「いやあの、本当に大丈夫です」
感謝され慣れていない卯月は、少しだけゾッとしてきたのか、一歩後ずさる。そんな卯月に、執事はニタァと笑みを浮かべ、引いた分歩み寄る。流石は悪魔だ。卯月は思わず頬をひきつらせた。
気が付けば、日暮れということもあって、さんざん原っぱで遊んでいた子供たちは、すでに家に帰ったのか姿を消していた。若葉の萌え出た木々に囲まれ、差し込む夕暮れの光に、卯月は逃げ出したい衝動にかられる。
「お嬢様、トップバッター様は一般人ですゆえ。ぼかして伝えてもわかりませんよ」
悪魔のような笑みを浮かべ、執事は言う。
それを聞いた浅井は、少しだけ恥ずかしそうにうつむいて、言う。
『……ええ、そうね。卯月様。よろしければの話なのですが』
浅井は、そこで一度言葉を切ると、まっすぐに卯月の目を見て言う。
『貴方様の門破壊のお手伝いを、させていただけませんか?』
金銭的な意味でも、物資的な意味でもご支援させていただきます、と続ける浅井に、卯月は思わず言う。
「止めた方がいい。アレは、人が戦うべきものじゃあない」
卯月の脳裏によぎるのは、崩壊しながらも押し寄せてくる廃棄物の波。混沌と違和を混ぜ合わせ、煮詰めたような、吐き気を催すような異物感と恐怖。守りたいもの__親友、知り合い__がいなければ、卯月はあんなものとは対峙出来やしなかった。
真剣な卯月の目に、浅井は少しだけ驚きのような表情を浮かべてから、軽くうつむき、言う。
『……申し訳ありません、卯月様。ですが、私は、どうしても門を破壊したいのです。』
「……なぜ?」
静かにそう質問する卯月。
土埃の匂いのする風が、卯月の髪を揺らす。
悪魔の執事はただ優しく笑みを浮かべ、卯月の様子を眺めている。
ふと、卯月は、執事の足元に影がないことに気が付いた。
しばらくの静寂の後、少女は力なく答える。
『父を、姉を、生き返らせるために』
目を見開いた卯月の腕に、小さな雨粒が当たる。
重たく垂れこめていた曇天からは、耐えきれなかったかのように雫がこぼれだし始めていた。
悪魔は、少女の無垢で、純粋で、しかし、叶いそうもないほど強欲な願いに、魂に、あるはずもない『こころ』を抱いていた。
だからこそ、道化を演じ、執事の如く従順に付き従い、添い遂げようと決めていた。
彼女の『望み』が叶うまで。
彼女の『こころ』が満たされるまで。




