4話 本当にあった正直シャレにならない怖い話(in大学)
前回のあらすじ
・幼女とともに路地裏散歩(撤退)
・悪魔な執事さんと遭遇
不可思議な少女を助けた翌日。
卯月はいつもと変わらずソファで目を覚ました。
いい加減ソファで寝るのにもなれた卯月は、体を伸ばしてから朝食をつくり、いつの間にか起きていた創剣とともに食事を済ませる。
寝ぼけ眼でトーストを噛みちぎっていた創剣に、卯月は今日の予定を伝える。
「今日は大学行って、午後一番最後の講義まで残る。昼飯は自分で済ませてくれ」
「あい分かった。俺様は図書館に行く」
上質なシャツとシンプルながらも動きやすそうなパンツを履いた創剣は、眠そうに言う。卯月は眉をひそめて質問する。
「……昨日、本は読み飽きたって言っていなかったか?」
「阿呆め、昨日は昨日、今日は今日であろうが」
胸を張ってそう言う創剣に、卯月は頭を抱えた。おそらく、創剣の機嫌の上下を読むよりかは明日の天気を予想する方がはるかに建設的なうえ、楽である。天気なら晴れか雨か曇りくらいなものであるからだ。
「そういや、今日、布団を干しておきたいのだけど、取り込んでもらうことって……」
「王たる俺様に下々の仕事をさせるつもりか?」
「だよな。雨降らねえといいな」
寝ぼけている今のうちに、さりげなく仕事を押し付けようとした卯月に、創剣は舌打ちをして言う。卯月はさっさと諦めて、緑茶をすすった。講義が終わり次第、昨日できなかった買い物をとっとと済ませて、家に帰ろう。
会話をしているうちに、ある程度目が覚めて来たのか、創剣はテレビのリモコンに手を伸ばし、整った指先で電源ボタンを押し込む。小さな駆動音とともに、テレビに電源が入った。
パッと明かりがついたテレビは、ニュースを流していた。
卯月は、そのニュースを流し見る。
「へー、大和町で銃乱射事件……世紀末か何かか?」
「貴様、当事者であろうが」
あまりにも他人事な卯月に、創剣は呆れたような表情を浮かべ、ツッコミを入れる。卯月は眉間を抑えてそっとリモコンに手を伸ばそうとし、創剣に遮られる。
思わず創剣を見上げた卯月。間抜けな面をした卯月を、創剣は鼻で笑うという。
「いやなに、言ったであろう? 貴様の英雄譚を見守ると」
「いや、バカじゃねえの? 薄影のお守りを使っていたんだから、映っているわけないだろ」
「だとしても、貴様が嫌がることをしないわけがないだろうが!」
「ストレートに外道!」
リモコンを手を伸ばして卯月が触れないようにする創剣に、卯月は思わず本音を漏らした。負け犬の遠吠えを聞いた創剣は、高笑いをすると、テレビを見つめた。
テレビに映っているのは、物々しい監視カメラの映像。逃げる黒色ワンピースの少女を追いかけるトレントに、撃ち放たれる銃弾。そして、少女は唐突に消えうせ、トレントたちも路地の奥へと消えていく。
まるで映画の一幕のような光景だ。
当然のように映っていない己の姿に、卯月はかすかな安堵を覚えつつ、創剣のすねを蹴る。
すさまじい金属音がして、卯月は左足のつま先を抑えた。
「うぐぅ?!」
「はっ、阿呆め!」
機嫌よく高笑いする創剣の足には、いつの間にか鎧の足具が付けられていた。完全に装備され切っていないところを見ると、虚空の倉庫から取り出したばかりらしい。
思考を読まれていた卯月は、悔しそうに奥歯を噛みしめて、創剣に言う。
「いい加減テレビ消せよ」
「何、貴様は映っておらんのだろう? ならよかろう。俺様は、近所で起きた凶悪事件に心を痛めておるだけだ」
「びっくりするほど心にもないこと言うな?!」
ツッコミをいれる卯月に、創剣はニタリと意地の悪い笑みを浮かべる。
アナウンサーは、付近に現れたという黒色の高級車の特徴を繰り返すと、情報提供を求めて話をしめた。
存外すぐに終わってしまったニュースに、創剣は軽く舌打ちをすると、リモコンを卯月に投げ渡す。卯月は苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべ、手元に渡ったリモコンを操作しようとして、テレビを見る。
すると、ニュースはまたも銃乱射事件の報道をしていた。しかも、大和町のものではない。
「……?」
召喚で出た拳銃を悪用するものが増えたのか?
だとしても、今更なぜ?
最初の門が開いてからもうすでに一か月は過ぎた。手に入っている者はとうの昔に銃を手に入れているだろう。
使う度胸がなかった?
今使い始めた意味は?
理解できないと思いながらも、卯月はテレビの電源を消した。
そして、ここで思いついて口を開く。
「あ、テレビの方の電源消せばよかったのか」
「……気が付いていなかったのか、阿呆め」
呆れたような創剣の言葉を背中に浴び、卯月はそっと頭を抱える。
昨日の凶事とは裏腹に、窓から差し込む朝日も、高らかに歌う鳥も、平和そのものに今日を彩っていた。
何事もなく大学へ登校した卯月は、特待生を維持するためにも真面目に講義を聞く。眠たい授業をする禿げ頭の教授が心の底から憎いが、寝れば早退扱いにされる講義であるため、こっそり体を伸ばして起きる。
隣で教科書の裏にスマホを隠していた学生が、教授に声をかけられ、裏返った声を上げノートを取り落とすという騒ぎを起こしたが、眠気を飛ばすにはやや刺激が足りなかった。
卯月は、ボーっとする頭で、昨日のことを思い出す。
__そういや、あの子の名前、聞いていなかったな。わかっているのは執事さんの名前くらいか?
そのことを思い出した卯月は、眉間に指を押し当て、眠気を彼方へ飛ばそうと努力する。そして、思い当たったことをノートの端にメモしていく。
まず、少女の執事『メフィストフェレス』。聞き覚えのある名前であったため、こっそりとスマホをバックから取り出し、ノートやら資料やらを広げた机の下で調べる。
大手検索サイトにカタカナで文字列を打ち込めば、『メフィストフェレス』は、文学作品や伝説に出てくる悪魔の名前であることが分かった。
__見た目からしても、車を止めた異様な力量からしても、執事は仲間確定だよな……。
執事のこめかみのあたりから生えた、雄羊のようにねじくれた角を思い出し、卯月は軽く息を吐く。異常な状況に慣れてき始めて、あまり気にならなかったが、アレが人間なわけがない。
教授に目を付けられるよりも先にスマホの電源を落とし、卯月は物理の講義のノートに目を落す。
次に、少女は叔父に命を狙われていると言っていた。なら、トレントを操っていた男は叔父に雇われた刺客だとでもいうのだろうか?
__よくよく考えれば、仲間を完全に操れるなら、ものによっては完全犯罪も可能だよな……
創剣の意味の分からないほどの能力を思い出した卯月は、ノートにさらさらと疑問を箇条書きしていく。というよりかは、創剣ほどの能力があれば、完全犯罪どころか、ここいら一帯を物理的に真っ平らにすることなど容易なはずだ。
教授に指名された女子学生が、教科書の音読をする。見渡せば、四分の一近い学生が夢の世界へと旅立っていた。
犯罪が今まで起きていなかった?
というよりは、起きていたが隠されていた、隠れてやっていた、と考えるほうが自然なのだろうか?
その考えに至った卯月は、背筋がぞくりと凍えるのを感じた。
__あれ? 今、めちゃくちゃ怖いことを考えなかったか?
卯月の額に、脂汗が滲む。
最近のゴミ捨て場は恐ろしいもので、たんぱく質であろうが鉄であろうがプラスチックであろうが溶かして己の肉体に変えてしまう廃棄物が存在する。何なら、方法は知らないが繁殖もしているらしい。
先日も退治した、スライムの話だ。
__スライムに食われたら、死体、骨すらも残らなくね……?
単純に恐ろしいことを考えてしまった卯月は、小さく首を振って、まだ残りのあるノートを無理やり次のページに変える。
路地裏には不用意に入り込まないようにしようと決意しつつ、恐ろしさのあまり眠気の吹き飛んだ卯月は、残りの講義も集中して受けることができた。
恐ろしいほどに集中できた物理の講義終わり。
卯月は、嫌な考えを消し去るために、さっさと二コマ目の講義室に移動する。妖怪やら幽霊とはまた異なった恐怖に、卯月は他人にしゃべることもできず、少しだけ肩を震わせた。
「どうしたの、卯月?」
「?!」
いきなり叩かれた右肩。卯月は、驚きのあまり手元からペンケースを取り落とす。ペンケースをそのままに、後ろを振り返れば、そこには見覚えのある幼馴染。
「……松里か」
「ご、ごめん、びっくりしたの?!」
あまりの驚き様に、幼馴染、松里は卯月の肩に置いた手を退ける。それに対して、卯月は申し訳なさそうに言う。
「いやさ、昨日の銃乱射事件あったろ? バイトしているあたりだったからちょっと怖いなって」
「え? あっ、そう言えばあなたの家、あのあたりだったものね」
ペンケースを拾い上げた卯月に、松里は少しだけ戸惑ったように言う。卯月は、無理やり笑顔を浮かべ、必死に頭を回す。そして、安須の言っていた言葉を思い出す。
「ちょっと不安になっただけだ。この世も世紀末じみて来たなって」
「ちょっ、今二千何年だと思ってんのよ! しかも、地味に安須のマネしないでくれる?!」
わざわざ少し低い声で、恰好をつけて言えば、ツボの浅い松里はそれだけで腹を抱えて笑い出す。卯月もつられて笑顔を浮かべる。
「で、松里、どうしたんだ?」
「いや、私も卯月と同じ講義だから。友達と一緒にいたんだけど、アンタが一人さみしく歩いていたから声かけたの」
感謝しなさいよ、と笑顔とともに言葉を続ける松里に、卯月は首をかしげて言う。
「さみしくはないぞ?」
「そうじゃないわよ」
松里は深くため息をつくと、困惑したように質問する。
「卯月、アンタちゃんと友達できたでしょうね?!」
「え? 目の前に……」
「私たち以外のってことよ!」
アンタって、しっかりしているのにどっか抜けているのよね……とつぶやく松里に、卯月は内心どっと冷や汗をかいた。
__バイトと創剣の世話と廃棄物狩りで、友達作り忘れていた……!
自力で元の世界に戻れると言う創剣だが、無理やりこの世界に召喚してしまった手前、卯月は責任をもって食事や何やらを準備している。だからこそ、同学年の人たちと話をしたり、飲み会に参加する暇なく家に直行していた。
ここ最近の電話の履歴が、幼馴染三人と喫茶店のじいさんだけなのは、卯月自身よく理解していた。
無言の卯月に、松里は深くため息をつき、質問をする。
「アンタ、ここ最近で、バイトと登校以外で外に出た記憶は?」
「えっと、(創剣のために)図書館行って、(相模のために)スーパー行って、(門を破壊するために)山登りしたな。あ、あと(相模と)公園にもいった」
一週間のことを思い出しながら、卯月は松里に答える。それを聞いた松里は、安心したようにため息をつく。
「よかった、引きこもりではないのね」
「幼馴染を何だと思っているんだ……?」
「野球以外では社会生活不適合者」
「直球に失礼!」
思わずつっこんだ卯月に、松里は「直球……野球だけに」とまたもツボに入ったらしく、肩を震わせて笑い出す。
__だめだコイツ、手遅れだ……
そんなことを思いながらも、卯月はペンケースを握り締め、未だに笑っている松里に声をかける。
「いや、その、俺さ、東美の友達ができて。最近、そいつとつるんでいるから」
事実上オカンをしている卯月だが、そこまでは言わなかった。
それを聞いた松里は、安心して笑顔を浮かべると、口を開く。
「東美? へえ、よかったわ。アンタに友達がいて」
「オブラートって知っているか? もしくは衣」
「歯に衣着せろって? そんなことをしていたら、日が暮れるじゃない」
頬を膨らませた松里はそう言うと、深く息を吐いて、びしっと指をさす。
「いいこと、卯月。一か月以内に、学内の友達を作りなさい。もちろん、学校に関することを連絡し合うだけじゃなく、プライベートでも遊ぶような友達よ?」
「……ああ、わかった。ちょっと俺もうっかりしていたし……」
ここのところ、他人の世話ばかりしていた卯月は、きまり悪そうに目を逸らすと、松里に言う。卯月が同意したのを確認すると、松里は満足げに頷き、そして友達らしき女子たちのもとへと駆け寄っていく。
__友達……友達か……
脳裏によぎるのは、親友である木原だが、木原は野球と何やら召喚士に関することで警察に呼び出されたりと忙しそうな毎日を送っている。松里は新しい女友達をつくり、サークル活動にいそしんでいる。安須はバスケだ。
卯月は、少しだけ悩んだ挙句、スマホに手を伸ばす。
あまり使わない無料通話アプリを開き、同期に入学したメンバーで構成された、いわゆる学年グループと言うべきそのグループ。卯月は、それに入っていた。
最新の会話を確認するに、明後日の水曜日にファミレスで交流を兼ねた食事会をしようという誘いがあった。どうやら一年生のほとんどは参加するらしい。
しばらく画面とにらめっこをしていた卯月だったが、思い切ってスタンプボタンを押す。
__食事会、参加するか……。
大学生らしいことをしようと決意した卯月は、スマホをポケットの中にねじ込み、講義室へと急いだ。
松里 美鈴
年齢:18歳 性別:女
身体特徴:少しツリ目で、可愛い系と言うよりかは美人系
特技:手芸、お菓子作り
趣味:読書、人の恋路を見ること
備考:己の恋に悩む、女子大生
やっているアルバイト:塾の先生




