13話 願いと望み、失望と不正義
前回のあらすじ
・木原と友達でいたいということに気が付いた卯月
・創剣は結構図書館をお気に召した模様
・相模に声をかけられてちょっとうれしい
卯月ら二人が図書館へ行った翌朝。
昨日と変わらずソファで目を覚ました卯月は、午前中にアルバイトを終わらせる。
今日は、学校に行く必要がない。
ついでに、創剣には午後いっぱいは図書館に行ってもらい、家を空けた。流石に部屋までは片付けてもらえなかったが、入れないように鍵をかけておいたため、特に問題はないはずである。
部屋に掃除機をかけ、ルマエルが置いていった布を洗濯機にねじ込み、部屋の隅に転がっていたバットを部屋に隠し、ある程度準備が終わったところで、部屋のチャイムが鳴る。
卯月は、少しだけ覚悟を決めてから玄関のカギを開けた。
軋むドアを開けた奥。そこには、木原が立っていた。
卯月は、笑顔を浮かべて言う。
「どうぞ、入りな」
「おじゃまします」
木原は軽く一礼すると、卯月の部屋に入った。
リビングにそのまま進んだ木原に、卯月はキッチンで用意していた緑茶を差し出す。木原は、軽く礼を言うと、緑茶をすする。
軽く落ち着いたところで、卯月は木原に質問する。
「で、話って何だ?」
「ああ、そうだな。あのさ__」
木原は一度言葉を切ると、湯呑をテーブルにおいて顔を上げる。
「俺、召喚士っていうのになったんだ」
「……悪い、意味が解らない」
相変わらずの端折った説明に、卯月は思わず頭を抱える。そうすると、木原は説明を始めた。
アルマンという天使に誘われたということ。『廃棄物』の流入が起きてしまったこと。あの日卯月が踏み潰したゲル状の生物が、『スライム』という廃棄物の一種であること。
卯月は全て知っていることであったため、特に遮ることもなくその説明を聞いていたのだが、かなりの違和感を覚えた。
__全体的に、説明が雑だな……?
木原の性格故なのか、それとも『アルマン』という天使の説明不足なのか、卯月が知りえている事情と差異がある説明を聞きつつ、卯月は湯呑に手を伸ばす。
「とりあえず、話せるのはこれくらいか?」
今日の夜に『門』が東京都内のどこかに現れるというところまで話し終えたところで、卯月はため息をついて口を開いた。
「そうか。ともかく、一言だけ言わせてくれ」
「何?」
「お前、やっぱりバカだな」
卯月は、短くそう言うと、空になった湯呑を持ってキッチンの方へと歩き出す。木原は、ポカンとした様子で卯月のことを見る。
「なあ、そのアルマンとかいう天使と会うことって、できるか?」
「え? いや……」
「会えたら全力で殴っておけ。絶対許すな」
そう言った卯月は、こめかみを手で押さえた。
__ルマエル、比較的ちゃんと事情を俺に話していたのか……
木原は、茫然として卯月のことを見る。何を言っているのか、わからないという表情だった。
「なん……で?」
理解しかねるといった様子でそう聞く木原に、卯月は言う。
「別に、お前が世界を救いたいだの、他人を守りたいだの言いだすのはおかしいことじゃあない。っていうか、いつか言うと思っていた」
「さすがに世界を救いたいっていう機会はあんまりないんじゃ……」
「馬鹿、そうじゃねえよ。俺が言うのもどうかとは思うけど、自己犠牲が過ぎるって言っているんだ」
口を挟みかけた木原に、卯月はぴしゃりという。
驚いた様子の木原は、ぽつりとつぶやくように言う。
「……マジで、君が言うことじゃないな」
「黙れバカ」
思わずそう言ってしまった卯月は、深くため息をつく。事実、心当たりは腐るほどあった。だがしかし、木原と比べられるのは不服でしかない。
木原は、少しだけ申し訳なさそうな顔をしてから、湯呑の中に一口分だけ残った緑茶に目を落す。
「俺さ、あの事故のこと、まだあれでよかったとは思ってない」
「あの事故って?」
新しい茶を沸かしながら、卯月は木原に聞き返す。そうすると、木原は怒ったように言う。
「野球部のことだ! アレさえなければ、卯月は……」
「それ以上、口を開くな馬鹿野郎」
眉間に深いしわを刻んだ卯月は、木原を睨み、低い声で言う。あまりの気迫に、木原はびくっと身を震わせる。
だが、卯月は申し訳ないとは思わなった。手のひらに爪が食い込むほどきつく拳を握り、怒りが過ぎ去るのを待つ。深く息を吐き、できるだけ冷静な声で、卯月は言う。
「俺は、間違ったことはしちゃいない。後輩を助けたことを間違いだというのは、いくらお前でも許さない」
「……そうは言っていないよ、卯月」
「だったら何が言いたい……!」
煮えあがる水のように、怒りが湧き上がってくる。卯月は、奥歯を噛みしめて怒鳴るのを必死でこらえた。
卯月の逆鱗に触れている自覚のある木原は、いったん口を閉じると、覚悟を決めたように口を開いた。
「アルマンが、言っていたんだ。召喚士になるなら、どんな願いでも一つ、必ず叶えるって」
「……?」
卯月は、けげんな顔で木原をみる。
木原は、まっすぐな目で卯月を見ると、笑顔で言う。
「なあ、また一緒に野球をしようぜ、卯月」
「……は?」
卯月の思考が、霧散する。
木原が私利私欲のために願い事を使う人間でないとは、わかっていた。するなら、他人のため、世界のための願いことだろうことも、わかっていた。
だからこそ、
卯月は、
怒りが抑えられなかった。
木原は、すっと笑みを浮かべると、口を開く。
「【剣聖】、来てくれ」
「……います」
唐突に表れる、先日見た、白いワンピース姿の大剣を背負った女性。
だが、卯月は驚くこともなく、キッチンから飛び出し、さらに言葉を紡ごうとする木原の方へ駆け寄ろうとする。
が。
「ぐっ?!」
不用意に力を入れたせいで、強烈な痛みが左足を襲う。そして、そのままフローリングの上に転倒した。
それに気が付かない木原は、やさしい笑顔を浮かべたまま言葉を吐こうとする。
「願いを、使う」
__ふざけんな
はらわたが煮えくり返るような気分になる。
幼馴染だからこそ、わかっていた。木原が、何を願おうとしているのかを。
卯月の額に、青筋が浮かぶ。
声にならない怒りが、奥歯をひりつかせる。
必死に起き上がろうとする右手が、空を切った。
__止めろ、止めてくれ……!
信じたくない思いが、絶望にも近い怒りが、卯月の視界を歪める。
そして、ふと、卯月の指先に、あるはずのないものがふれたのに気が付き、卯月は反射的にソレを握り締める。
「俺は、卯月の__」
「……!」
剣聖と呼ばれていた女性が、驚いたように卯月の手元を睨み、反射的に背中の大剣に手を伸ばす。
だが、木原はまだ気が付かない。
卯月は、言葉を続けようとする木原に、握り締めたそれを投げつける。
歪な弧を描き、投げられたソレ。
次の瞬間、ソレは剣聖と呼ばれていた女性の手によって、一刀両断されていた。
ふわりと広がる白のワンピース。金属と金属がこすれ合う、甲高い音がアパートの一室に響く。
それに驚いた木原は、驚いて言葉を止めた。
ごとん、とも、からん、とも取れる音が、フローリングの上に落ちる。
剣聖は、キッと卯月を睨み、怒鳴る。
「キサマ、一体何をしようとした!」
高い声。怒りと警戒心を露わにした剣聖は、己の体躯ほどもある剣を木原に差し向ける。
だが、それを超えるような怒りを抱いた卯月は、木原に向かって怒鳴る。
「っざけんなよ、木原ァァァア! お前、何を願おうとした!」
怒りで歪んだ卯月の表情に、木原は息を飲む。気圧された木原は、ふらりと湯呑に手をぶつけ、ほんの少ししか残っていなかった緑茶がテーブルの上を濡らした。
「何で……?」
茫然とした様子で立ち上がる木原を、剣聖は剣を構えたままかばうように前に足を踏み出す。
「……っ、俺は、お前のそういうところが大っ嫌いだ!」
叫ぶ卯月の目に、感情が高ぶりすぎたのか、涙がにじむ。
卯月が泣きかけたのを見た木原は、驚いたように目を丸くすると、駆け寄ろうとして剣聖によって阻まれる。
「ちょっと、剣聖、どいてくれ!」
「いけません、シュウヘイ。彼は危険です」
左手で木原を静止した剣聖は、金の光に包まれたかと思うと、銀に輝くまるでドレスのような鎧をまとう。
木原に完全な敵対反応をとった卯月は、剣聖にとってすでに警戒対象であった。だが、卯月は剣聖のことなど気にもしなかった。いや、する気がなかったといったほうが正しいだろう。
滲み、あふれかけた感情を噛み殺し、卯月は切に叫ぶ。
「俺が、そう簡単に夢をあきらめると思ってんのかよ?! 医者にもう歩けねえって言われて、どんな気分でリハビリしたかわかってんのかよ?! それでも『無理だ』って理解した俺の気持ちが、お前にわかるのかよ?!」
卯月の瞳から、雫が零れ落ちる。
「っざけんなよ、俺が、どんな気持ちで夢をあきらめたか、どんな覚悟で夢をあきらめたか、お前にわかるのかよ、木原……!」
視界が滲む。感情が制御できない。言葉尻が弱くなっていく。
卯月は、体を引きずるようにしてフローリングから起き上がる。痛む左足は、すでにいうことを聞く気がないらしく、足先からしびれるような痛みを脳髄に送り届ける機能のみが働いていた。
「未練がないわけないだろ! 悔しくないわけないだろ! でも、俺は、俺はもういいんだよ!」
「……っ良くない! だって、卯月、お前の足さえ治れば、また野球できるだろ!」
「良いわけあるか、大馬鹿野郎! 第一な、野球をやめてから何か月たっていると思っている?! 今更野球を再開したところで、どこの誰が俺を拾い上げる?! 大学の野球部はな、推薦だとか選抜だとかですでに入れる人間を決めてんだよ!」
血のにじむような叫び声に、木原は表情を歪める。
卯月は、ぼろぼろと涙をこぼしながら、奥歯を噛みしめる。
「てめぇ、俺の足を治そうとしたろ?」
「……ああ。そうだ」
木原は、ぽつり、ぽつりと答える。
激情で頭がふらふらしてきた卯月は、服の袖で涙をぬぐう。そして、言う。
「俺は、まだお前と『友達』でいたいんだ。木原の、自分本位での人助けだとか、そういうのは本当に大嫌いだけれども、でも、俺はお前と友達でいたいんだ」
だから。
だからこそ。
立ち上がることすらできない卯月は、涙のにじむその顔をそのままに、剣聖によって庇われた木原に向かって言う。
「頼むから、放っておいてくれ__親友。」
木原たちの足元に転がった、真っ二つに叩き切られたロゴの一つもない金属バットに、夕日があたり、部屋の中をオレンジ色に照らす。
木原は、ただただ呆然と机の上にこぼれた緑茶を眺めていた。
別タイトル「別れた道」




