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さらわれがち救世主の受難(仮)  作者: とむらい
ナナト=サウィステリアは救世主である。
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はじまり【「やさしい子なのね」】


 暗い洞窟の中をカサカサゴソゴソ蠢く蜘蛛の群れ。為す術なく運ばれているのは世界の救世主、ナナト=サウィステリアである。


「っていうかどこまで行くの何する気なの!? 俺なんかおいしくないおいしくない絶ッ対おいしくないから!」


体は糸で拘束されており、抵抗や逃走は不可能。故にナナトは言葉を尽くして訴えかけるよりほかない。が、今のところ必死の全主張を完全に無視されている。ナナトを運ぶ一つ目の魔物たちは揃って一瞥もくれず、言葉が通じているのか、そもそも聞こえているのかすら分からなかった。


(やばいやばいやばい、ムニンに釘を刺されたそばからこのピンチ! この体たらく! でもさらわれたこども達が帰らないイコール食べられてるとは限らないかもうんそうだ、そうだと思おうそうしよう。そう思わないと怖すぎて無理!!)


 ナナト=サウィステリアはこの世界の救世主である。産まれた瞬間から救世主であることを決定付けられ、魔王再臨に備えて育てられてきた。だからと言って怖いものは怖い。魔物が怖い。出逢ったことのない、いずれ打ち倒さなくてはならない魔王も怖い。多少体を鍛えていても、加護を受けていても、所詮は十七歳の少年だ。


得体の知れない魔物の動向と待ち受ける処遇に恐怖し、かと言って懸命な抗議を聞き入れても貰えずぐったりとしながらナナトは運ばれ続けた。やがて小さき蜘蛛(リトルスパイダー)達の足が止まる。どうやら目的地へと辿り着いたらしい。


「――あラ。まあ」


暗がりの洞窟に漂う果実のような甘い匂いと、それ以上に甘い甘い声。


「おかえリなさい、わたしの可愛いぼうやたち」


声色に違わず伏し目がちで優しげな、美しい顔立ちだった。睫毛は長く、黒々とした髪も艶めいている。女は――女のように見えるそれは、何故か逆さ吊りの状態で、腕が八つ生えていた。下半身は天井から垂れ下がる巨大な繭玉に包み込まれており、どのような状態か分からない。


「あラ? あラ。まあ、まあ! ぼうやたち! また連レてきてくレたのね。お母さん、とってもうレしいわ」


女性と思しき異形は、ナナトを視界に映すと感激した風に一組の手を合わせ、瞳を輝かせた。地面に着くほど長い黒髪を揺らし、逆さまの目でじっとナナトを見つめる。


「ねえ、ねえあなた。ようこそ。はじめまして。わたしは魔王さまの下僕、その子(ぼうや)達の母――わたしたち、おともだちになレるかしラ?」


小さき蜘蛛(リトルスパイダー)の母は、首を傾げながら妖しく微笑んだ。



◇◇◇



小さき蜘蛛(リトルスパイダー)の母……ってことは」

「ええ、ええ。わたしは魔物。魔王さまの所有物――人の子は女王蜘蛛(クイーンスパイダー)と呼ぶわね」

「……本当の名前は?」

「ないわ、ないの。名前を頂けるのは、魔王さまの特別だけ。そレよリも、そうよ、あなたのお名前は?」

「えっと、ナナト=サウィステリア、です」

「素敵ね。名前があルのね。教えてくレたのだかラわたしたち、もうおともだちね」


 女王蜘蛛(クイーンスパイダー)の押しの強さにたじろぎながらも、ナナトは初めて遭遇した人語を話す魔物に光明を見出していた。彼女となら友好的な関係が築けるかもしれない。ひいては、穏便に屋敷へ帰ることが出来るのではないかと。


「その、クイーンさん」

「まあ! まあ。そんな呼ばれ方は初めて。うレしいわ。何かしラ?」

「えーっと……まず、ここは一体どこなんでしょうか?」

「わたしとぼうや達のお家よ」

「俺はどうしてお招きいただいたんでしょう……?」

「どうして……ああ。ああ、そうね。そうよね。不思議よね。わかラないわよね」


ほんの一瞬垣間見える、悲しげな表情。


「わたしはね、ここかラ動くことが出来ないの」

「え?」

「棲家に根付いた繭はわたしの一部。だかラわたしは出歩くことが出来ない。けレどもね、だかラこそ、ぼうや達がわたしの為に尽くしてくレる。寂しいわたしの為に、あなたのようなおともだちを連レてきてくレるの」

「クイーンさん……」

「まあ。まあ。痛そうな顔。やさしい子なのね。大丈夫よ」


 黒い髪が静かに蠢き、ナナトの体を器用に絡め取る。そのまま八本の腕に優しく抱き寄せられた。血の気のない女王蜘蛛(クイーンスパイダー)の肌は酷く冷たかったが、不思議と嫌悪感は全く湧いてこない。寧ろ柔らかな胸と甘い香りに包まれて幸福感すら覚える。このまま彼女に全てを委ねたら、この心地好さを永久に感じていられるのだ。


(ああ。これはだめだ。この感覚は、きっとだめなものなのに。だってこの先は――)


「いいこ。いいこね。お眠リなさい。眠って()()()なさい」


 幻惑の果ては一時の微睡みと比するべくもない。深い深い、永遠の眠り。


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