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さらわれがち救世主の受難(仮)  作者: とむらい
ナナト=サウィステリアは救世主である。
4/16

はじまり【「これだから自称勇者様は」】



「ただいま戻りました!」

「おかえりなさいです、姫様」

「ただいま、ムニン」

「ああ……いらしたのです? ナナト様」

「俺にも優しいおかえりなさいがほしいな!?」


 動作に合わせて微かに揺れるクラシカルな黒のワンピースに白いエプロン。屋敷に戻った二人と一匹を出迎えたのはサクラ=ジャポニーヨの侍女、ムニンである。漆黒のサイドテールにホワイトブリムがよく映える少女だ。小柄で顔立ちも幼いが、三人と一匹で過ごすにはやや広いこの屋敷の衣食住は敏腕過ぎる少女の家事スキルにより成り立っていると言っても過言ではない。

ナナトの家事スキルは必要最低限。サクラはやる気はあるもののうっかりモップをへし折ったり卵を握り潰したりなど、家事を一任するにはあまりにもそそっかしい。メイさんにいたっては――


「にぎゃ~」


二階建てである屋敷の規模を考慮したサイズまで小型化し、愛くるしいのかどうか微妙なラインの鳴き声とサクラの足元に擦り寄るラブリーな仕種を振りまいてすっかり家事とは無縁なマスコットキャラのポジションを確立。


「授業の休憩中に屋敷を抜け出して、再開の時間になっても戻ってきやしない不出来な生徒に優しくする義理はありませんです」

「その件に関しましては申し開きのしようもございません……ごめんなさいでした!」

「言い訳の一つも出来ませんです? これだから自称勇者様は困るです」

「うぐっ! その話は……」


 露骨に呆れた様子で発せられるムニンの一言はナナトの黒歴史を的確に抉ってくる。朧気な記憶ではあるが幼い頃ナナトは救世主イコール絵本で読んだ伝説の勇者と思い込んでいて、周りに自分は勇者であると触れ回っていた時期があったのだ。サクラが救世主であるナナトを『勇者さま』と呼ぶ理由も、ナナトの過去の恥ずかしい言動に起因している。


「まったく、姫様にもとんだ悪影響です。授業放棄の罰として今日の宿題は倍にするですよ」

「えーっ!」

「おやつも抜きです。心拍も抑えて。呼吸も控えてくださいです」

「ペナルティが徐々に命に関わるレベルで重くなっていく!!」


嘆きを叫んでいると、サクラがムニンを背後から抱き締めて慈愛の助け舟。二人の身長差からして、ムニンの後頭部にはサクラの豊かな胸が押し当たっているであろう。


「ムニン、サクラは勇者さまと一緒におやつを頂きたいですわ」

「むー……姫様はナナト様に甘いです」

「だって、折角ムニンがサクラたちの為に作ってくれたおやつですもの」


「……おやつの後で、補習授業をするですよ」


 頬を染めつつも不本意そうに顔を顰めるムニンは、やがて観念したように溜息を吐いた。




  ◇◇◇




 テラスでムニンお手製のチェリーパイを美味しく頂いた後は、書斎兼勉強室にて補習授業のお時間である。椅子に腰掛けて机の上のノートと睨めっこするナナトの傍らには分厚い教本を手に背筋をしゃんと伸ばしたムニンが立っている。


「さて、ナナト様。これから本日のお勉強の主題ついておさらいするです」

「はーい!」

「……やれやれ。何とも気の抜けたお返事なのです」


屋敷では七日に一度、ムニン先生による特別授業が行われている。内容は戦闘の心得や魔物に関する知識、ジャポーニヨや他国の歴史など様々だが、所々覚束無い己の記憶や知識を補完する為にも、ナナトにとっては真面目に取り組むべき時間だ。


 ――というわけで本日の授業内容は、精霊と霊獣について。


「メイさんは確か、霊獣の分類なんだよね?」

「はいです。聖獣とは万物に宿る精霊の中でも特別な力を持った高位の存在、大精霊に付き従う聖なる動物達のことです。メイド様は人と交した契約に基づき主を護る――所謂守護霊獣に該当するです。猫種の聖獣の中でも大柄で希少な(グランド)白猫(ホワイトキャット)が人の子と契約を交わすのは、非常に稀有な事例なのですよ」


そう聞いて浮かぶのは空飛ぶメイさんの背中に跨って、のほほんと微笑むサクラの姿。「契約」だなんて無粋な言葉が介在しているような関係にはとても見えない一人と一匹ではあるけれど。


「……サクラって、実はすごい人だったりする?」

「姫様はナナト様のような木偶の坊とは出来が違うですからね」

「辛辣!!」


時折容赦のない毒舌を差し挟みながらも、授業は続く。


――――

―――

――


「では、ナナト様。この世界に御座す四人の大精霊様が司る属性を三秒以内にお答えくださいです」

「ええっと……水、火、風……地?」

「五秒かかりましたですね。というわけでナナト様の明日のおやつは水です」

「あるだけマシかな!?」


この世界で大精霊と称される精霊は、たったの四名。各々の特性から聖獣にもそれぞれ四種の属性分類がある。例外もあるのだが、基本となるのは「水」「火」「風」「地」の四属性だ。


「メイさんは、四属性でいうとどれに該当するの?」

「メイド様は風の適性をお持ちですね。風の流れを読んで空を飛び、風を呼んで使役することも可能です。メイド様は特別な聖獣ですので、大規模の竜巻を起こすことも出来るかと」


ナナトに対しては素っ気なさが際立つムニンだが、何気ない疑問にも律儀に丁寧に答えてくれる。人にものを教えることが好きなのか講釈をする時のムニンの表情は心なしかいきいきとしていて、ナナトもつい頬が緩む。


「……何をにやにやしているですか? 気持ちが悪いです。」

「ストレートな罵倒が心に突き刺さる!!」

「虫唾の走る視線を浴びせられたところで、本日の授業はここまでです。宿題は書き取りを、」

「あれ? いつも通り……」

「五十頁から百頁まで。明日中に提出してくださいです」

「じゃなかった!! 期限が容赦なかった!!」

「お静かに、ですよナナト様。姫様はもうお休みのお時間です」

「う。それは確かにごめんなさいでした」

「それでは、ムニンは失礼するです。……ナナト様」

「うん?」

「姫様とお戻りになられる前、ナナト様が一体何処で何をしていたのかはあえて訊きませんです。ただ」

「ただ?」

「くれぐれも姫様に、余計な心配をかけないようにお願いするですよ」

「……うん。おやすみ、ムニン。ありがとう」


一礼して立ち去るムニンを見送って、ナナトは再び机に向かう。自業自得で山積みになった宿題をどうにか片付ける為に、自分の頬を叩いて軽く気合いを入れながら。



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