はじまり【「やっぱり和解は無理か!?」】
「キヒヒッ」
「イヒヒッ」
――嘲笑が聞こえる。幸せな夢はどうやらここまでのようだった。望まぬ無慈悲な現実に揺り起こされたナナト=サウィステリアは、程なくして己の現状を理解した。
塔のてっぺんで、簀巻きにされている。
簡潔に述べるのなら、正にそのような状況だ。そうとしか言いようがない。背中に嫌な汗が滲む。そんなナナトがおっかなびっくり視線を巡らせてみると、両サイドには真っ黒な体に黒い翼が生えている系の魔物が二匹仲良くこんにちは。ナナトは益々冷たい汗をかき、そして蒼褪めた。
「――っていうかやめて! 槍で突かないで! 異様にチクチクする!」
「キヒヒ」
「イヒヒ」
「なんでさっきから絵に描いたような意地悪な笑い声出すの!? めちゃくちゃ怖い!!」
抗議を申し立てながら全力で髪を振り乱して身を捩り、出来る限り突きを回避しようとする。が、縛られた状態ではいくらなんでも全回避とまではいかない。
先程から彼を囲んで楽しげにつんつんしているこの二匹――小さき悪魔と呼ばれる生き物は、いずれ封印から目覚めてこの世界を脅かすと予言されている魔王の手下。平たく言うと魔物である。
『魔王の手下』『悪魔』『魔物』仰々しい名称ではあるものの、黒く丸みを帯びた体のフォルムを見ているとナナトはどうにも気が抜けてしまい、頭の角や背中に生えたいかにも悪魔的な翼の存在に目を瞑れば表情もどこかあどけない為、目覚めた瞬間の危機感や警戒心が徐々に和らいでしまう。
小さき悪魔はその可愛らしい外見通り大した力を持たない。しかし兎に角イタズラ好きな魔物で、こうして隙あらば人をさらい抵抗できない状態にしてつんつんしてくる実に困った連中なのだ。
時に。こう見えて、ナナト=サウィステリアは救世主である。
短く切り揃えられた黒髪に幼さの残る深緑色の丸い瞳。一見して地味で平凡なこの少年はなんと打倒魔王の為に予言者に見出された、平和な未来を切り拓く為の希望の象徴なのである。故に産まれた瞬間から大魔道士の加護を受けており、魔王の配下の中でも低級として位置付けられる小さき悪魔のつんつん攻撃程度で傷付くことは滅多にない。
それでも尖った槍先で無防備な頬を重点的につんつんされたら流石に痛い。ついでに怖い。塔のてっぺんで拘束されているというこの状況も、精神衛生上よろしくない。
そんなこんなでナナトは、心の安寧と平和的解決への第一歩。魔物との意思疎通を試みようと決意した。
「あ、あのー?」
――ま、……さま、
「キヒ?」
「イヒ?」
(あ、意外と好感触。)
「そのー、そろそろ解放してもらえませんかー」
――さま、……しゃさま、
「キヒー?」
「イヒー?」
一考の間。
「キヒ!」
「イヒ!」
そして再開される、容赦のないつんつん攻撃。
「いてててて! やっぱり和解は無理か!? 無茶か!?」
(ところで、)
――しゃさま、
(さっきから、)
――勇者さま……!
(何か聞こえるような。)
――勇者さまぁああ~~~ッッッ!!
風に靡くはピンク色の髪とドレス。空気抵抗で捲れ上がるスカートから覗く純白のガーターストッキングが織り成す絶対領域。手には白銀のレイピアを携えて――救世主が守るべき姫様が、空から降ってきた。