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タソガレ

ちょっとした流血表現があります。苦手な方はお気をつけください。

 


 早いものであたしが死んでから一ヶ月経った。夜は魂を捕まえ、昼は家でゴロゴロする。そんな生活を続けていた。


 その間に捕れた魂の数も両手両足の指でも足りないくらいにはなった。一晩に複数の日もあったが一つも捕れない日もあった。あたし的には随分捕ったと思ったのだが、まだまだ全然と言われて項垂れたのは記憶に新しい。



 今日も、いつものように


「そろそろ日も暮れる。行くぞ」



 クロさんが何処からか出現——本当に昼間はどこかしらに消えている——して告げる。

 相変わらず全身真っ黒だ。あたしはこの人が黒のスーツ以外を着ているところを見たことがない。家の中でも外でもいつも同じ格好。違うのは帽子をかぶっているか否か、くらいだ。



 あたしはその黒を追いかけて玄関の外に出る。


 この家の敷地からはクロさんがいて、なおかつその『出口』をクロさんが開き、そしてクロさんから許可されているときにしか出ることができない。言い方から分かるようにここの絶対主はクロさんだ。

 第一、あたし一人では家の門を開けられない。それに、一度クロさんが『出口』を開いているときに横から飛び出ようとしたらガラスみたいに透明な何かにぶつかった。正直痛かった。ついでに馬鹿にされた。


 ちなみにここでいう『出口』というのは、今あたしの目の前にある、この家に一番最初に来たときに現れたあのファンタジックな扉のこと。まあ、今あるのは扉はついていなくて不思議空間が戸口の形に開いているのだけれど。



 扉をくぐると今日はどこかのビルの屋上に出た。東京や大阪ほどの大都市ではなさそうだけど、まあまあ大きい都市ってところかな。まあ都会と言ったら都会ってとこかな。

 あと間違いなくここは日本。なぜならば行くのは日本だと決まっているから、だそうな。クロさんの担当が日本なんだって。

 死んでから47都道府県制覇するのかなあ。まあまだまだでしょうけど。なにしろあたしは今まで旅行なんて数えるくらいしか行ってないしね。



 さあて、おしゃべりはその辺にして始めますか。



 って意気込んだはいいけれど、まあそうそう見つからないんだよね。昨日は収穫ゼロだったから今日は出会えるといいんだけど。

 というか『収穫』って言葉が思い浮かぶところ考え方が大分染まったなあ。最初のとき以来死んだ人の記憶を視ることなかったしねえ。実感がわかないのかな。


 ふと向きを変えると空を昏く染めていく落日が目に入った。


 夕焼け、今日もきれいだなあ。夕日がオレンジ色に燃えて何というかとても眩しい。


 暇だから景色を眺めることにした。この時間は昼から夜に変わる時。建物によってはもう明かりがついていてとても不思議な感じ。

 あたしはとてもきれいだと思うけれどクロさんにとっては違うらしい。夕暮れ時は黄昏——誰そ彼だと言って。一番安定しない危険な逢魔が時なのだと言って。

  ただ、そのきれいだが怖い時間はあっという間に過ぎていく。夕日はあたしが見ているうちに地平線に吸い込まれていった。



「ん?」


 どうでもいいことをつらつらと思い返しながらぼーっとしていると視界の端に何かが動いたのが見えた。

 魂ではない。あれは差はあれど必ず光っているからわかる。今のは光っていなかった。人、かな、大きさからすると。いや、でもこんな屋上に人が来るわけがない。まず、こういうビルの屋上に出るドアって施錠してあるでしょ。


 気のせいだと思うことにして振り返り場所を変えようと声をかける。いや、かけようとした。

 実際に声に出せなかったのは、彼のあからさまな不機嫌な顔と声を認識したからだ。


「面倒な」


 そう言ってクロさんは先ほど何かが見えたところからそのまま下に降りていく。


「あ、え、ちょ」


 あたしはクロさんの冷気に当てられて反応が遅れた。口からは意味をなさない音しかでない。

 しばし固まった後あたしは慌てて後を追いかけた。そこそこ高さのあるビルなのでさすがに肝が冷える。


「何が、……っう」


 下に降りる途中からやけに騒がしいのに気が付いた。異常さを感じるざわめきだ。車も車線からはみ出していたり妙なところに止まっていたりする。訳が分からなくてその混乱の中心に目を向けて絶句した。


 なんだかとってもアカイものが見える。


 目焼き付いた赤、朱、紅……!



 自身も事故で死んだのだけれど別に事故後の状態を確認したわけではない。つまり今まで事故直後の現場なんか見たことなかった。ショックなんてモノじゃない。吐くような器官はもうないのに吐き気に襲われた。気持ち悪い。むかむかする。



「気分が悪いなら下がっていろ」

「あ、……え」

「そこにいてもどうにもならない、下がっていろ。それに、あれはお前では手に負えない」


 珍しくクロさんが冷たいながらも気遣わしげにこちらを見遣って言う。人の感覚からかなり外れているクロさんがそういう態度を取るほど酷い顔色をしているようだ。

 気遣いをありがたく受け取って野次馬のいる辺りまで下がる。列の乱れた車しか見えなくなった。しかしそれでも周囲の音は聞こえてくる。



「何があったんだ?」

「わかんないよー。なんか怖い……」



「大体あの人変だったのよ、ふらふらして」

「赤信号でみんな止まってたのに、っ」

「大丈夫、じゃないねえ。離れましょ、誰か見てた人他にもいるでしょうし。私も気分が悪くなってきたわ」



「まさか自殺とか?」

「うっわ、迷惑~」

「訳わかんねえし、最悪」



 好奇心と同情と悪意と、いろんな感情が溢れている。

 一番理解できなかったのはスマホを取り出して写真をパシャパシャ撮っている人たち。一体それをどうするつもりなの?面白おかしく投稿するの?クロさんがわざわざ来たってことはあの人はもう……。


 頭の中がぐちゃぐちゃになっている。やるせない気持ちでいっぱいだ。


 人の命がたった今失われたんだよ。世間ってこんなに冷たかったのか。ああ、でもあたしだって生きてた頃はこういう事件事故が起きても可哀想、で終わらせてたからいわゆる同じ穴の狢ってやつだよね。人様のこと言えないや。でも、それでもこれはさすがに……。全員が全員じゃないけどさ不謹慎だよ。迷惑、とか言うのって。


 命って思ってたのよりもずっと軽いのかな、って思っちゃうよ。


 どうか、この方を悼む人がいますように。



 そうこうするうちに、警察と救急車が到着して規制をかけていく。あたしが今いるところも退去させられる。



 ぁぁぁああああぁ——



 サイレンに混じって何か人の声のようなものが聞こえた気がした。人の声だと思った瞬間薄ら寒くなった。

 あたしは周りを見渡す。嫌な予感がする。


 き、気のせい、にしていいよね、ね。



 あたしは怪談は好きだけど、肝試しは嫌いなんだよ~。




事故関連は作者の勝手な想像です。不快な思いをされた方がいらっしゃったら申し訳ありません。

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