はじめての○○取り
ムシトリって虫取りって、あたしが間違っていなければあれ、だよね。子供の頃やった、あの狙ったヤツが捕れると嬉しい遊……び?少なくともあたしにとっては遊びだった。
回収者はあたしがよく分かっていないのを察したのか、詳しく説明しだした。
「行き場所が分からず迷っている魂や力を使い果たして動けなくなった魂を捕まえる。それがお前のやることだ。虫取りといったのはこの道具を使う必要があるからだ」
そう言ってどこからか取り出したのはとても虫取り網に似たモノだった。
「なぜこのような物が必要なのかと思っているな。少し想像してみるといい。迷子になっていたり疲れてクタクタになっているところに自分を捕まえようと手を伸ばしてくる者がいたら?逃げるだろう?まあ、慣れれば素手でもある程度捕まえられるようにはなるが、あまりお勧めはしない。やはり直接触れると弱るからな」
うん。確かに虫取りだ。
妙なところでリアルというかなんというか。まあ現実の話なのだけれども。
「あのう、捕まえた魂はどうすればいいんですか」
「ああ、そうか。捕まえた虫は普通どうする?」
「う?ええと、虫かごに入れますよ」
それを聞いた回収者はおもむろに籠を取り出した。虫かごというよりも鳥籠といったほうがいいかたちをしている。
そうして、それも渡される。正直微妙な気分になる。あまりにも格好がちぐはぐだからだ。
街中用のよそ行きの服に虫取り網、果ては鳥籠だ。
むちゃくちゃである。まあ、誰も見ていないのだから気にしなければそれまでなのだけれど。でも、もう死んでいるとはいえあたしは女子高生なのだ。ピチピチの十六歳だ。
あ、ちょっと古い?
と、とにかく、いくら見えないと言っても自分の格好は気にしたいのだ。そのままにしたら何かを失ってしまう!
「もう少しなんとかなりませんかね。ダサいんですけどこの格好」
「ならない」
即答かよ!!
「どうしてですか」
「この場合この虫取り網は概念の存在なのだ。手ではなく何か道具を使いふらふらとしている魂を捕まえる、そのための。人間が納得しやすく比較的誰でも扱えるものを前提に形作ったとき、虫取り網となったのだ。だから外見重視では本末転倒となりかねない」
「つまり?」
「ダサかろうがなんだろうがそのままだ」
「ええ~~」
けち、と言って睨み付けると、
「もちろん、いつまで経っても成仏できずに最終的に消滅してもいいというならばそれでも構わないが」
っ……こいつぅ~性格悪い!
選択肢なんてないじゃん!あんたに取っちゃただの仕事かもしんないけどあたしに取っちゃ大事なことなんだよ、格好だってこの先だってっ。
ふん。こうなったらさっさと対価分働いて転生してやる。
「分かりましたから、さっさとやり方レクチャーしてください」
そう言ったら、とても意外そうな顔をされた。失礼な。分別のつかない子どもじゃないっての。
「やり方は、先ほど言った通り虫取りとさほど変わらない。問題はそうそう魂は転がっていないと言うところだな」
「虫とおんなじで隠れてるってことですか?それとも絶対数が少ないとか」
「まあ、大手を振って闊歩するようなものは少ないな。数も歩けば当たるというほどは多くない。が、私のような存在が必要なくらいにはいる」
「ふうん。——そういえば、虫取りなんてやったことあるんですか?」
「ああ」
そう言った彼はなんだか遠くを見つめていて懐かしむような惜しむようなそんな雰囲気があって、あたしは虚を突かれて続けようと思っていた言葉が霧散してしまった。
そうか。いつから『回収者』なんてやってるのかなんて知らないけど、きっと長い間こうしてきたのだろう。当然、いろんな事——出会いとか別れとか——があって、その上でここにいるんだ。
あたしもつられて真顔で思考の海を漂っていると、
「ああ、あれだ」
そう言って隣の人が下の方を指さした。
指された先を見ると、そこには蛍のような小さく淡い赤色の光を発する何かがふわふわと漂っていた。
「あのなんか危なげな飛び方をしているやつのことですか?」
「そう。あれが魂」
「ふむ」
「……何を呆けている。あれを捕まえるのがお前の仕事だろう」
むう、どうしろと。まずあたし宙に浮いてるからどう移動したらいいか分からないし。
「どうした?」
「あそこまでどうやって行ったらいいんでしょう」
「……」
「なんだよう。あたしは今まで地に足ついた生活しかしてないんだよー」
「とりあえず普通に地面を歩くように足を踏み出せばいい」
ふむふむ。よっと。
…………。
「なんだ、振り向いて」
「目的地、大分下なんですが」
「そうだな」
「いや、だから」
どうやって下がるのか、って訊いてんだよ。
「坂か階段を下るイメージで行けるはずだ」
「おお」
「……先が思いやられるな」
なにおう。あたしだってやればできる子さ。
うん、大分近づいたけどまだ届かないな。まだ相手はこちらに気付いていない。ここからはそうっとそうっと近づいて……。
「えいやあっ!」
虫取り網(そろそろちょっと改名したい)を振るった。入ったとは思うけど自身はあまりなく、恐る恐る網の中を見ると、
「よしっ。入ってる!」
「それを籠の中に」
「はーい」
ふっふっふ。ほれ見ろあたしだってやりゃあ出来るのさ。
「うーん。あれ?」
初めて取った魂をじっと見ていると、あることに気付いた。
魂は丸いものだと思い込んでいたのだけれど今取った魂はよく見ると丸くない。光っているせいで遠目には丸く見えるが、本体は鳥とか蝶のように羽が生えている。じゃあ、これは鳥とか羽の生えている動物だったのだろうか。
「人間の魂だな」
「へ?鳥じゃなくって?」
「ああ。死んだ後、空を飛びたいという願望がそうさせたのだろう」
「え?じゃあこの人も……」
人をこんな網で捕まえて籠に閉じ込めた。もしかしたら自分がそうなっていたかもしれないと思うと、嫌な気持ちになった。さっきまでそんなこと考えつきもしなかったのだから、自分勝手だとは思うけれど。
「なにを落ち込んでいるのかは知らないが、それの自我はもうない。自我を保つ条件が足りなかったか、そもそもそこまでの力が残っていなかったか……。とにかく、気にすることはない」
条件?
訊いてもただでは答えてはくれないだろう。たまたま聞こえたけれどその部分はつぶやくような声だったから。
それが立場の違い故なのかは分からないが、あたしは少なくとも全てを教えられているわけではないようだ。意図的に除けられた情報もあるのかもしれない。
でも、今のあたしはこの人を信用するしかない、というか信用すると決めた。右も左も分からない、あの世に行けず迷子になってしまっている。そんな中で仕事とは言え道しるべを作ってくれるている。それに、多分隠していることがあっても嘘はつかれていない。
だって、さっき人の魂だと言われて改めて籠の中を見たとき、ふっと彼女があたしの手をかすめて…………。
視えたんだ。彼女の過去が。
どうして視えたのかは分からないけれど、そこから彼の言ったとおりその魂が人であったことがわかり、二度目に触れたときこれまた自我がもうなくなってしまっているのが分かってしまった。
それが図らずも彼の言うことが少なくとも嘘ではないことを証明した。だって都合よくあたしを動かしたいなら彼女が人であったことは言わない方がいいはずだから。
嘘をつかれていないことが、イコール信用できるとは必ずしも言えないけれどあたしは自分の直感を信じることにした。
まあ、信用云々の話はこれでいったん終わり。
しかし、この触るといろいろ視えてしまうことは非常に扱いに困る問題である。
たまたま視えたのか、それともこれからも魂に触れると情報が頭の中に入ってきてしまうのか。それはまだ分からないが、これからも視えてしまうのだとしたら、思っていた以上にこの仕事は大変なものだ。
あの人に隠し事があることがはっきりしたことと言い、あたしの過去を読み取る能力(仮)と言い、初っぱなから前途多難な予感。
それに、ここまでいろいろあるとこれからも何かありそう、って疑いたくなるなあ。
さっさと終わらせるつもりだったんだけどね…………。