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鼻削ぎ男の誕生

鼻ってさあ、なんか不気味で不愉快な存在ですよね。


※当小説では、特定の人物や、思想を貶める意図は一切なく、また、犯罪や反社会的行為を推奨する意図は一切在りません。

 鼻……この奇妙なるもの……


 毎朝、鏡を見るたびに、自分の不格好な鼻を見て溜め息が出る。


 何だって、自分の鼻はこんなに変な形なのだろう……


 子供の頃、自分のアダ名はキ○肉マンだった。由来は、その名を冠するキャラクターと、全く同じ鼻をしていたから。○ン肉星の王子と同じ、ニンニクみたいな鼻の形と、まるで洞窟の入り口みたいな、黒く大きく開いた二つの鼻の穴……


 大人になってからも、自分には恋人も友人も出来なかった。就職してからも上司の受けが悪くて、常に人員整理の恐怖に脅かされてるし、未だに三次元では、嫁や彼女の一人も出来ないし、小中高大、更には社会に出てからも、友人と呼べる存在を持てなかった。


 原因はハッキリしている! 言うまでもなく、鼻のせいだ!


 だって、そうでしょう!! 言っては何だけど、自分は少なくとも中流の家庭に産まれて、小中高の成績は優秀!! ……まあ、大学は遊びすぎた事は認めないでも無いけど……


 それに、ルックスだって我ながら悪くは無いと思うんですよ! ……鼻以外は! 社会人になってからは、一回千円の床屋は卒業して、毎月一回は美容院に通う様にしたし、オシャレとは言えないまでも、身だしなみにも気を使ってる。それでも、彼女の一人も出来ないのは、勿論、鼻のせいですよ!


 畜生!


 ……そもそも鼻ってのは、なんでこんなに奇妙な形をしているのだろう。洗面台の鏡に映る自分の顔をまじまじと見つめて、改めて考える。


 顔面のド真ん中に図々しくフルフッヘンドした、団子やニンニクや鷲に例えられる奇妙な形。そこに二つの穴が黒々と開いていて、その内部には毛がモッサリと生えている。その毛は、大人しく穴の中で引きこもってれば良いものを、たまに外界にその姿を晒しては、要らぬ恥をかかせやがる。


 それでなくても、毛穴のブツブツだの、鼻の頭のテカりだの、赤くなったり、穴から血や粘液を噴き出したり、実に鬱陶しい。実際、顔面の器官でここまで手間をかけさせる部位があるだろうか?


 そのくせ、人相の中でも圧倒的な存在感を持っていて、ちょっとでも変な形だったり、穴が大きかったりすると、そこばかりが注目されて強調されてしまう。


 嘘だと思うなら、週刊朝日の巻末の似顔絵投稿コーナー(まだ、あるのかな?)のページを見てごらんなさいよ! 著名人の似顔絵を投稿するコーナーだけど、対象の人物の鼻がちょっと変わった形だと、すぐそこをデフォルメして大袈裟に描かれるんだから。構図の半分以上を鼻が占める似顔絵なんてザラですよ、ザラ!


 あれだね! 実際そう言う似顔絵を描く人も、それを面白がる人も、心の中では鼻自体が奇妙な存在であることを暗に認めてるって事だよね!

 だから、どんな美人でも、鼻の穴が目立たない様に写真に写りたがるし、たっかい金額と時間を費やして、毛穴のケアに余念が無いし、更に高額の資金を投入して整形に走ったりするのだ。


 それに大半の漫画やアニメ、ゲームのキャラの顔を見れば、イケメンや美少女キャラほど、鼻を簡略化して描いている。小さな線を一本引くか、三日月型の影を付けてお茶を濁すか、甚だしきは顔の真ん中に点をチョンと描いただけで鼻に見立てている。鼻の穴なんかまず描かれないよね。


 え? 海外では普通に描かれてる? うるせえ! ここは日本だ!! メリケンでも中国でもねえぞ! 六四天安門事件! プロレタリアート文化大革命!! ……なんでもねえよ、只の魔除けの呪文だよ。効かないらしいけど。


 逆にギャグ漫画のキャラだと、不格好で大きな穴を持つ鼻が、これでもかとクローズアップされ、大袈裟に鼻毛が飛び出したり、鼻水を噴き出したり、とことん滑稽に描かれる。醜い鼻は、それだけでギャグのネタにされてしまうのだ。


 とにかく、(コイツ)の存在がいけない。こいつは俺だけでなく多くの人々のコンプレックスを引き起こし、そのケアや整形に無駄金を使わせ、様々な不和を引き起こす。目や口の形が多少変でも、ここまでの事は起こらない。

 只の鼻なら他の獣や鳥や魚なんかにも在るが、人間の鼻だけがとりわけ異形で滑稽に見える。まるで、鼻だけが悪意を持って人間に不和の種を蒔く為に、あえてこんな形になったみたいな……


 あ……


 いま、直感と言うか霊感と言うか、何かが俺に囁いた。


 そうか……そうだったんだ!


 俺は、唐突に人類の鼻が隠し持つ秘密に気がついた。


 鼻……あるいは鼻に寄生する“なにか”が、人類の鼻だけを奇妙な形に歪ませて、コンプレックスを呼び起こす形状に仕立てあげた。

 そして、互いに美醜を競わせる事で人間社会に不和を巻き起こす一方で、毛穴やテカりのケアで、宿主である人間を絶えず奉仕させる一方で、思わぬ所で鼻毛が飛び出したりしないか、ストレスに苛まれる宿主を嘲笑っているのだ!


 現に、俺はこうして醜い鼻の存在に悩まされている。


 ミトコンドリアがDNAに取り付いて、人類を支配する、あの名作SFホラー小説の様に、“やつら”は人間の鼻に取り付いて、悪意を持って人類を操っていたのだ! そうに決まってる!


 思えば、特別な霊感を持つ一部の卓越したクリエイター達は、とっくにその事に気がついて、“やつら”に感付かれない様に、それとなく人類に作品の形で警告を発していたのだ。


 ゴーゴリの「鼻」は、ある人物の鼻が本人から離脱して、床屋のパンの中に出現する事で、彼らに混乱を引き起こし、更には鼻自体が、一人のキャラクターとして登場する。これは明らかに鼻が人類に混乱を引き起こす、独立した意思を持つ存在であることを描写している!

 それに、芥川龍之介の「鼻」も、醜い鼻に悩まされた主人公が、鼻を熱して出てきた不思議な脂を毛抜きで抜いて鼻を治す下りがある。鼻の中に潜む、鼻を歪ませて主人公や周囲に不和をもたらす“なにか”を表現しているのは明らかだ!

 手塚治虫の「火の鳥」にも、その辺を解き明かす手がかりが、無数に潜んでいると思われるが、真相が明らかになった今となっては、全巻を読み返す時間も惜しい。


 今や直感の導きによって、鼻どもの陰謀に気がついた俺は、鼻に対する反逆の戦いを開始する決意を固めた。俺のみならず、鼻の悪意によって在りもしない美醜のコンプレックスを押し付けられ、その張本人たる

鼻への奉仕を強いられている全人民を解放する為の、革命の聖戦を行うのだ!


 まずは、その第一段階として、自らを鼻の軛から解放せねばならない! 芥川龍之介の小説の様に、ただ鼻を熱したり踏みつけたりする程度に痛め付けるだけではダメだ! 結局、鼻が短くなろうが元に戻ろうが、不和の源は解決しないのだ!


 だから、こうして諸悪の根元である鼻の存在自体を、この包丁で……


 ……


 ……いっっっってえええええええええええええええええええぇぇぇぇぇええぇぇぇぇぇえええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!!!!!


 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!!!!


 血が! 血が止まらない! なにやってんだ俺! 自分で鼻を削ぎ落とすとか何考えて……


 いや、それは違うぞ俺! これは自らを解放する為に必要な痛みなんだ! さあ、まだ(ヤツ)は顔に半分張り付いたままだ! ここまで来たら一気に行くぞ!


 っっっぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!


 ……


 ……


 ……


 ……ふう。


 やっと血が止まった。傷口を焼き潰して、ありったけの絆創膏と包帯で応急処置をした。鏡に映る自分の顔は、未だに血がにじむ包帯で顔面を出鱈目に巻き付けた、血まみれのミイラ男と言った所だ。痛みは全然治まらないが、それ以上に鼻から解き放たれた高揚感が、俺の全身を包み込んでいた。


 真っ赤に染まった洗面台の底には、ズタズタになった俺の鼻が血にまみれて転がっていた。ざまあみろだ。これで俺は自らを悩ませる鼻の支配から解放されたのだ。思ったよりも気持ちがいい。傷口の痛みさえ気にならない。


 さあ、次は外の人民達を鼻から解放しよう! 醜い鼻を無くして、皆の顔を美しくするのだ!


 ……でも、ゴーゴリの方の鼻だと、鼻を無くしたコワリョーフは悲しんでなかったっけ。


 こまけぇこたぁいいんだよ! コワリョーフが鼻を無くして悲しんだのは、自分だけが鼻を無くしたからだ。世界中の人間が鼻を無くせば、そんな悩みも消えるんだよ!


 そっかぁ! じゃあ、張り切ってみんなの鼻を削いでいくかあ!!


 いっくぞおおおおおお!! ウヒャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!

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