第3話 夢に向かって
結局あの後祖父母には何も言われなかった。全て見透かされていると思うと気恥ずかしくもあるが、まるで「お前の思っていることなんてお見通しだ」と言われているようで少し嬉しくもある。
「ちゃんと見てくれてたんだ…」
実を言うと、行きたい高校は地元の公立高校などではない。
「国立風見学園…やっぱ行きたいよな…」
魔術師を夢見るものなら誰もが一度は志す、名門風見学園。例に漏れず、彼もそんな人間の一人だった。しかし既に諦めた夢だった。何故か…それは
「けど俺一回落ちてるしな…」
風見学園は中高一貫校だ。夢見る蒼夜少年は勿論一般入試を受けたが、名門に入学できる程才能が無かった。ありがちな、ただそれだけの話だ。勿論高校からの編入も考えたが、しかし編入は一般入学以上に難易度が高い。蒼夜が諦めるのにそう時間はかからなかった。
だが、祖父母に見抜かれ友人の熱に当てられ、再び憧れる程度には燻っていた夢だった。情けない、大変情けないけどそれでも
「まだ諦めるには早すぎるよな。」
幸い考えは有った。決断は遅かったが、ギリギリセーフと言えないこともない。
「うん、案外全然諦めてなかったのかもしれないな…」
明日、朝一番に祖父母に報告しよう。そう決めて、その日は眠りについた。
「おはよう蒼夜。」
「おはよう、突然だけど聞いて欲しい。」
「…聞こう。」
二人に体を向け正座をし、息をつく。
「俺は魔術師になるために風見学園に行きたい。」
ついに言ってしまった…どんな返事が返ってくるのか分からないのが怖い。怒られる?呆れられる?いや、そんなことより一番きついのは、お前には無理だと笑われることだ。
しばらくの沈黙。先に口を開いたのはばあちゃんだった。
「…何故風見学園でないといけないの?」
もっともなその質問に、少し躊躇いがちに答える。
「…母さんのように、異界探索の仕事に就きたい。」
「…やっぱり…親子ね。」
そう呟いて、ばあちゃんは立ち上がり居間から出て行った。その目には涙が見えたような気がした。あとには気まずい沈黙が流れる。
「…もうご飯を食べてしまいなさい。婆さんのことは任せろ。」
「…はい。」
その日の朝食は一人で食べた。一人で食べるご飯は、予想していた何倍も味がしなかった。
婆さん―――狐塚 紗代は、娘の墓前にいた。
「…取り乱してごめんなさいね、貴方。」
背を向けてこちらに謝罪をする紗代。彼女を責めるつもりは毛頭なかった。
「しょうがない…誰も悪くはないさ…」
「そうね、あの子の道だもの…たとえ親代わりだったとしても、邪魔できないものね…」
二人ともそう分かってはいる。けど心は止めたいと叫ぶ。娘を死なせた異界などという死地に孫―――いや、子を行かせたくない…
「…あの子がこの家に来てもう9年…すっかりわが子になってしもうたの…」
「ええ…」
願わくば、蒼夜の未来が明るいものであるように―――狐塚 國治は冬の寒空にそう願った。
通学途中、昨日と同じような場所で再び紫雲と出会う。こいつ待ち伏せてるのか?
「どうしたんだよ、朝っぱらから機嫌悪いじゃん。」
「べっつにー…」
正直受け入れられるとも思ってなかったけどさー…何も泣かなくても良いじゃんか…受け入れてくれたんじゃないかと思ったのに…
などと背後から黒いゆらゆらを出しながらぶつぶつとつぶやく蒼夜は明らかに機嫌が悪かった。
「なあ蒼夜ー、昨日の宿題の意味って結局何だったん?」
「えー…」
今話したくないんだけどと言わんばかりの鋭い目つきで睨みつける。それでも紫雲に非は無いと思い至ったのか、ぽつぽつと話し始める。
「…あー、あれだ。お前は雑だから模擬戦とかでも瞬間的火力が求められる第二魔術ばっか使うだろ?だから昨日言ったみたいに、これから俺がいいって言うまでは第二使用禁止。」
「あれマジだったの!?」
「寧ろ冗談でそんなこと言うと思ったのか。」
「えー、やだー!使いたいー!」
駄々をこねる紫雲を尻目に、蒼夜は――こいつにも話しとかないとな――と考える。
「なあ紫雲。」
「え、何?怒んの?俺も怒るかんね?お?」
何を言われると思ったのか、いきなり妙なポーズで威嚇しだす紫雲。それに大した反応を示さず蒼夜は淡々と告げる。
「俺も風見目指すから。」
その言葉に一瞬ぽかんとするも、しばらくすると意味が呑み込めたらしく表情が戻ってくる。
「ほー、そうかそうか!」
にやにやしながら蒼夜の背中をバシバシと叩く。
「痛いよ!ていうか顔きもいよ!なんでそんなににやにやしてんの!?」
「うるせえ!遅えんだよ!」
それからしばらくして、落ち着きを取り戻した紫雲が蒼夜に尋ねる。
「お前が風見に行くのは嬉しいんだけどさ。次にやらなきゃいけないことは分かってるんだよな?」
「勿論。目指すは次の大会。そこで確実に結果を出す。」
「分かってんじゃん。」
そう、目指すは次の大会だ。地方全体の中学から集まってくる猛者の中で結果を残す。そう、魔術大会で。
魔術大会。それは魔術師同士の技の競い合いである。技を競い合うと言っても勿論色々あるが、魔術大会ではルールにのっとて模擬戦が行われ、勝ち上がり方式で優勝を決める。ルールは以下の通りだ。
・無許可の刃物、銃火器の持ち込み禁止。
・相手の殺害の禁止。
・ギブアップ、審判団が続行不可能と判断した場合、もしくは範囲外に出た場合のみ決着がつく。
・場外からの手助けは選手のリタイアとなり、その場で失格となる。
そして以上のルールに抵触した者は、場合によっては教会法によって二度と魔術の行使を出来なくなる。まあそんな人間はめったに出ないのだが。
今回の大会では個人戦、団体戦の両方が二日にかけて行われる。そしてこれが肝なのだが、この大会には毎年風見学園から有望な人間を集めるためにスカウトがやって来ている。実際今年も学生に発破をかけるために、来ることは公表されている。
「で、どうやってスカウトの目に留まる?」
「上を目指す。」
「まあ確かにそうなんだが…他にも色々あるだろ。」
愚直すぎる紫雲の答えに少し呆れる。
「上を目指すのはもちろん俺も同じ考えさ。そのほうが目に付く確率も上がるからな。けど俺はどっちかというと団体戦に主軸を置きたい。」
「…なんで?それは逃げか?」
団体戦に主軸を置く。そう言った瞬間に紫雲が蒼夜を威圧する。
「まあ確かにそう思われるかもしれないな。個人戦でお前らと戦うよりも共闘したほうが明らかに楽だ。」
紫雲の圧に対し、逃げることなく正直に答える蒼夜。
「けどな、俺はお前らのこともぶっ倒すべき敵だと思ってるよ。だから個人戦で当たった時は殺す気でやる。」
仲間ごっこではなく好敵手として戦う、その宣言だった。張りつめていた空気が緩む。
「なら良いよ、頑張ろうぜ!」
「おう、課題は山積みだからな。」
「あ、けどさっきの殺す気でやるって、殺したら駄目なんだぞ!?」
「分かってるよ、物の例えだ。例え!」
さっきの不機嫌が嘘のように、和やかに歩き出す二人。まあその後すぐに予鈴が鳴り全力ダッシュを強いられるのだが。
「鳴り終わるまでは…セーフだから…」
「だ、だよなー…ゲホッ!ゲホッ…!」
結局昨日以上にギリギリの登校になってしまった。そろそろ怒られそう。
「……何やってんのよ、二人して二日連続ギリギリって。」
「ぜえ…北条…マイ…ライバル…」
「あ?」
すぐさま三角締めに移行して落とされる蒼夜。こんなんで本当に大丈夫なのだろうか。その後本意を紫雲から伝えられたところ、北条は「ふーん、そう。」程度の言葉しか返さなかったが、嬉しそうではあった。
かくして、狐塚蒼夜の夢への再挑戦は始まった。