第2話 科学と魔術
その後、提案通り我が家に集まった。いや、正確には我が家の裏山だが。
ここの所有者は確か爺だし、周りに被害が出にくいって事で格好のトレーニングエリアになっている。勿論許可は取っている。だって後々ばれたらどうなるか分からんし。
「なあ蒼夜、結局今日何するか決めてなかったよな。」
そう言えばそうだった、何をするかはまだ話し合ってなかった。
「え、何するかも決めてなかったの?」
「いやー、その場の勢いで決めたから…」
やれやれ呆れる北条さん。準備が悪くてすんません。
「で、今日は俺から提案があるんだよ。」
「へー、あんたが?珍しいじゃない。ろくなことじゃなかったらぶっとばすからね。」
何で行動とか発想とかこんなにおっかないのこの人…けど確かに意外だ。紫雲はどちらかと言うとこういうの考えるの嫌いなほうなのに。馬鹿だし。
「何かやりたいことあんの?」
「うん、基礎やりたい。」
その言葉に俺と北条さんは顔を見合わせる。
「…あれ?俺の耳がおかしくなったのかな?」
「なら私の耳も同時におかしくなったのね。あり得ない言葉が聞こえたわ。」
「じゃあ予定変更して今から耳鼻科にでも。」
「そうね、賛成よ。」
「お前らぼろくそ言ってくれるな!?」
あまりにひどい言い草に、紫雲も狼狽している。流石にやりすぎたかな?
「まあ冗談は置いといて…どういう風の吹き回しだよ?」
「そうね、いつもの雄ならトレーニングとなると大技ばかりやろうとするのに。」
そう、こいつは馬鹿らしく格好いいものが大好きだ。平気で必殺技みたいなのをいくつも作ろうとする。そしてそんな紫雲だからこそ、基礎練なんてものは一番嫌いなはずなのに…
「…さっき蒼夜のじいちゃんに、手っ取り早く強くなりたいって言ったんだよ。」
「爺に?何言われた?」
実は…と話し出す紫雲。その話をまとめると以下のようになる。
まず、手っ取り早く強くなりたいから話を聞く。そうすると、基礎とチームワークが必須だ、大技なんてまだ早いと厳しく言われた。それなら、と先程のような提案をしてきたらしい。
「ふーん…まあ理由はどうあれ、あんたが基礎の大切さに気付いてくれて私も嬉しいわ!」
「じゃあどこからやる?魔力操作からやるか?」
「いや、この際座学基礎から教えましょうよ。」
確かに紫雲は基本知識から既に分かってない節がある。そのほうがいいかもしれない。
「じゃあ任せたわね!私はやりたいことあるから!」
「え、ちょっと?」
そう言って北条さんは凄まじいスピードで逃走していった。
「「………」」
驚きで声の出ない俺たちを残して。
魔術。それは未知…《《だった》》。
そう、現代において魔術は未知でも何でもないのだ。それは何故か?理由はたった一つ。一人の天才が魔術というシステムを完成させたからだ。その天才の名は、風見 扇。現代に魔術の開祖と伝えられる研究者だ。
風見の考えだした魔術理論。それは驚くべきことに誰もが実証可能だった。その事実は魔術理論の正しさを示し、科学の新天地到達を意味していた。
「これは知ってるよな?小学校でも習うし。」
「馬鹿にすんな!そんぐらい分かるわい!」
「そうか、じゃあ次に魔術理論行こうな。」
「お、押忍!」
結局あの後、逃げた北条さんの代わりに半強制的に俺が教えることになってしまった。絶対許さん。しょうがないからやるけど…
「魔術理論において、魔術は大魔と小魔によって形成されると考えられている。大魔は大気に満ち、小魔は人間が自己生成している。それを練り合わせて一度安定させ、更に小魔を加えることで魔術が発動するわけだ。」
「へー、そんな理屈だったんだー」
これ基礎知識なんだけどなあ…不安になってきた。
「じゃあ色属。これは分かるよな?」
「それは流石に分かる。」
「じゃあ説明して?」
「えー…じゃあやってみる。」
途端に歯切れが悪くなる紫雲。心配になるがとりあえず任せてみる。
「色属っていうのは、魔力の性質の事。色は全部で四つ。赤、青、黄、緑。だよな?」
「うん、合ってる。じゃあ属は?」
「属は確か…えっと、そう、確か各色に3つずつ有るんだ。」
「じゃあ種類は?説明できるか?」
「あー…ちょっと待って、ここまで出てるから…!」
これは分かってないな。まあ紫雲にしては上出来だろう。
「時間切れ。赤は火、爆、溶。青は水、氷、霧。黄は土、岩、砂。緑は木、風、雷。例外はあるけど、基本はこの属から一つが自分の魔力性質だと思えばいい。けど自分のじゃなくてもこれくらいは覚えとけよ?」
他にも色属の発現比率とかもあるんだけど、まあここは良いかな。
「なあ、俺はその例外って事だよな?」
次にどこを教えるか考えていると、紫雲がそんなことを聞いてきた。
「そう、お前は一色二属だよ。確か赤の火爆だったな。ついでに言うと二色一属もある。」
「いえーい、レア物ー!」
こいつ俺のこと煽ってるだろやっぱり。ちなみに俺は青の氷で、北条さんは確か黄の砂だった筈。
そんなこんなである程度の知識は教えなおしたので今度は実技に移ろうと思う。その旨を紫雲に伝えると、まるで猿のような喜びっぷりだった。
「じゃあ魔力操作やってみ。」
「ほれ。」
軽い声とともに、赤い魔力を手のひらから放出し始める。そうやって放出した魔力をまるで一つの生き物のように操っている。本当にこのセンスには脱帽だ。けど頭が残念だからなあ…本当に残念だなあ…
魔術には段階がある。
まず第一魔術。先ほど言った大魔と小魔の組み合わせによって起こせる、最も基本で数の多い魔術。強化や物質化などがこれに当たる。
次に第二魔術。これは基本の第一魔術をベースに、自身の属性を付与するものだ。ここにくると魔術師それぞれで個性が出てきてとても面白い。
そして最後に第三魔術。これは限られたごく一部の人間しか使えない。第二魔術には個性が表れると言ったが、それとは比べ物にならない。それ故第三魔術は畏敬の念を込めて、固有魔術とも呼ばれている。
紫雲は第三魔術に至ることが出来るほどの才能を持っている。しかしこいつには現状絶対に届かない。何故ならこいつは才能に溺れて第一魔術をおろそかにしてきたからだ。不安定な土台に城が建たないのと同じように、これ以上大きくなることはない。多分爺はそこら辺をとっくに見抜いていたんだろう。けど第一は努力次第だ、努力次第でこいつはまだ化ける。
「どうした?ぼうっとして。気分でも悪いのか?」
その紫雲の声に、はっと我に返る。どうやら考え込みすぎて不審に思われてしまったようだ。
「ん、なんでもない。ごめんごめん。」
「なら良いけどさ、真面目に考えてくれよ。どうしたら安定するか。」
「…本当、なんでそんなに安定しないんだろうな。あんなに器用なコントロール出来るくせして…」
「むう…」
紫雲の行う第一魔術はそのことごとくが安定しない。ただでさえ第一の中には安定性を求められるものが多いのに、そのほとんどが10秒も持続しない。
「やっぱり短期間に完全矯正は無理だな。」
「マジで…?箸にも棒にも掛からない…?天地がひっくり返っても無理…?」
「無理。」
ガーンという効果音が後ろに見えそうなほど、目に見えて落胆する紫雲。
「…まあ、実は無いこともない。」
「ほんとか!?」
おおう、飛びあげって目をキラキラさせやがって。現金な奴め。
「けどだいぶ辛いと思うぞ。」
「大丈夫、なんでもやるから!」
「野郎のなんでもやるからは要らない。けどこれやっても完全には無理だし継続する必要もある。お前ちゃんと出来る?」
「出来る!」
「…しょうがない、そこまで意志が固いなら俺からはもう何も言わないよ。けど本当に気が進まないんだけどな…」
過剰に脅しはしたが、気が進まないのは本当だ。この方法は猛獣を鞭でおとなしくさせる、つまり無理やりコントロールするのに近い。個人的には俺のやり方には染まらずに自分流を構築してほしかったんだけど…ここまで真剣にやっているのも初めてだし、なにより頑張っている奴の気持ちを無下にしたくない。
「…じゃあ背中こっちに向けて、早速始めよう。」
「ん。」
おとなしく背を向ける紫雲。その背に手を当て魔力を込める。準備は完了。ここからが大変だ。
「…もう一度、肉体強化やってみて。」
「え、この状態で?」
「そう、早くやれ。」
「…あい。」
恐らく怪訝そうな表情で、強化を始める紫雲。そこで魔力の主導権を乗っ取る。第一魔術の一つ、ハッキングだ。
「!?」
驚き、反射的に抵抗を示す紫雲。
「抵抗するな、おとなしくしろ!」
「え、あ、う…」
それを一喝し、ハッキングを完了させる。そうしてハッキングした魔術を更にコントロールし、俺が主体となって紫雲の体を強化する。
「…完成。動いていいぞ。」
「お、おお…!いつもと安定感が全然違う!こんな風に出来るのか!」
「感覚は覚えたか?それも精々30秒くらいしか持たないから、その感覚を覚えて次からは自分でそこまで行くんだ。」
「押忍!」
「それが解けたらもう一回自分でやってみろ、目標は10秒。それが出来るまでやり続けるからな!」
「押忍!」
あれからおよそ4時間。冬だからもう日も沈みそうだが、まだ10秒に到達できずにいる。4時間ぶっ通しともなると、疲労の色も濃く見える。
「どうした、もうやめにするか?」
地面に倒れて息を切らす紫雲にそう声をかける。
「まだ…やる…」
「そうは言ってももう暗いぞ。今日はこれくらいにしたほうがいいんじゃないか?」
「……いや、ラスト。これで成功させる。」
そう言った紫雲の声には、確固たる自信が溢れていた。こういう時のこいつは高確率でやってのける。
「…じゃあ正真正銘ラストな。泣いても駄々こねても連れて帰る。」
「おう。」
その声とともに、体に魔力を満たしていく紫雲。そうして強化は完成する…が
(魔力が波打って安定してない。これはまた駄目かな…?)
(くそ…!何で安定しねえんだよ!抑え込もうとしてるのに…!)
必死になって押さえつけても、押さえつけた分だけ魔力が暴れる。こんなもんどうしろってんだよ!
「なあ、俺は力で抑え込んでたか?そんな感覚だったか?」
蒼夜の声が聞こえるけど、答えてる暇はない。けど確かに、蒼夜は押さえつけてはいなかった。もっとこう…流れに身を任せる…?そうだ、波に流されるみたいな…
だが力を抜くと、魔力に持っていかれそうになったため、再び抑えにかかる。
(いや無理無理無理!流されて溺れるわ!)
「流れには逆らうな、けどされるがままにもなるな。《《波に乗れ》》。」
(乗る…波に…こうか…?)
乗るイメージを実行した瞬間に、体がふっと軽くなる。自分でやった中では過去最高の出来だ。10秒なんて楽に越せる。その確信があった。
「…出来た?」
「ああ、とりあえず及第点だ。あとはこれから伸ばしていくぞ。」
「よっし!よし!よし!」
一歩前に進む感覚、それがこんなにも気持ちいいものだと思わなかった。過去3本の指に入る。そう断言できる程嬉しかった。
驚いた。まさか今日中に壁を破れるとは。正直もうちょっとかかると思ってたんだけど。
小学生のように跳ね回る紫雲を目にし、正直なところ一番最初に感じたのは焦りだ。このまま行けば、確実に第一魔術も追い抜かれる。
(やばいな…教えない方が良かったかな…?)
そんな風に考えていると、どうやら北条さんが戻ってきたようだ。
「何?そんなにはしゃいで。ちょっとは進歩有ったの?」
「聞いて驚け、見て笑え!強化が20秒も保てたぞ!」
「いや、笑っちゃ駄目だろ…」
「…本当?」
「けど北条さんも進歩有ったんでしょ?何やってたかは知らないけど。」
「あ、分かる?ちょっとねー」
まあ露骨に嬉しそうだし。…やばい、置いて行かれてる、俺。
時間も時間だったので、宣言通り二人は家に帰らせた。帰り際、宿題を伝えるついでに「北条さんしっかり送って行けよ。」と伝えると赤面していた。初心な奴め。
「ただいまー。」
「おかえりなさい、蒼夜さん。夕ご飯出来てますよ。」
「ありがと、ばあちゃん。手洗ったら行くから。」
出迎えてくれた祖母に礼を言い、手を洗い席に着く。俺と祖父母、3人揃い食前の挨拶をしご飯を食べ始める。
「蒼夜、お前はどこに進学するか考えているのか?」
「…またその話?近くの公立校行くよ。」
「本当にそれでいいんですか?」
「…どういうこと?」
祖母の言葉に驚きながらそれだけ口にする。そんな内心の怯えを見透かされたのか、爺は更に核心をついてくる。
「それはお前の本心ではないのではないかということじゃ。」
「そんな……」
そんな事はないとは言い切れなかった。そしてそんな自分が恨めしかった。