社畜さんはお金がない
社畜さんはお金がない
再び目を覚ました伸司が身体を起こすと、そこには誰もいない。
それでも15時間寝続けた身体はこれまでになく調子良く感じるが、イマイチ身体は上手く動かせない。
なんとかベッドから立ち上がり、ヨロヨロとトイレに行くと再びベッドに座り込んでいた。
するとどこかで見た記憶のある白衣らしき物を着た女医が突然扉を開き、楽しそうに歩きよって来る。
無造作に伸ばしてはあるが艶のある髪、一見冷たそうにも見える年齢不詳な整った顔立ちに浮かぶ無邪気な笑顔、そして妙にセンスの悪さを感じさせるいたる所に金糸で刺繍が施された白衣。
この人物こそが串本病院の院長、串本 瞳であった。
「さて、元気になったみたいね。さすがアタシの作った八本のカクテルってとこかっ。どういい気分?」
グイグイ近付いてくる女医に対し伸司は少し引き気味ではあるが、それでも体調はすこぶる良く感謝を伝える。
「おかげさまでなんとかこの通り元気に。お世話になりました・・・?」
伸司の眼前にまで近付き顔をじっくり見ると女医は、一枚の紙を突きつけてきた。
近すぎて何が書いてあるかは確認する事は出来ない。
「何でしょう、この紙?」
すると女医は紙をずらし、満面の笑みを浮かべている顔を見せると至って普通の事を告げる。
「請求書だよっ。ほんの少し高いけどねー。アタシ、いい仕事してるからっ。」
「そりゃお医者様自ら持ってきてもらって申し訳ないです。」
伸司は頭を下げながら一応領収書を受け取り、請求書を受け取ったという事はもう退院なんだなと思いながらチラッ目を通す。
(確かに凄い効いた感じはするな。今なら一月連続遅番でも問題ない気がするぞ・・・、・・・ってこれ間違ってるんだよな?間違っててくれないと無一文って話どころじゃないぞ。)
「すっ、すいません。この請求書って間違いですよね?注射と一泊か二泊で年収の三倍ほど掛かるなんて事ないですよね?・・・、ですよね?」
女医は軽く首を捻るとガサゴソともう一枚の書類を出し、伸司の前に置いていた。
「ほらこれ、昨日書いた契約書。おめでとうっ、これで君も晴れて【AOI】持ちって訳だ。いやー、これはめでたいめでたい。なかなか買おうと思っても買えないんだよっ。」
VRシステム【AOI】、伸司にとってその名は知っていても縁のある物ではないと思っていた。よくテレビなどでの特集されている事はあるが、それも時間がないためしっかりと見たことはない。
しかしそれでもそうそう手に入る物ではないという事は知っているし、全くに興味がないという訳でもなかった。
「これってあの【AOI】ですか?たしか現代版貴族の遊びという。」
「そうそうそれそれっ。まぁ一応治療の名目だから【AOI】が届くまではここに通院ね。」
「治療ですか?どうゆう事でしょう?」
すると女医は伸司の横に腰掛け、説明を始める。
「えっとね。【AOI】をプレイしてる最中、本当の身体はどうなっていると思う?」
「えっと、やはり眠ってるとか?」
「そうね、それは正解。それも結構理想的な睡眠をね。そして脳も向こうのサーバーに擬似的なプレイヤーの意識を作り、そちらをプレイさせる事で負担を抑える事が出来る。そしてプレイを終了する時にプレイヤー自身にフィードバックさせているわけ。そんな事してるからそこそこ高いんだけどねー。」
「はあ、はい。なんとなくですが分かりました。」
「それだけじゃないわよ。【AOI】に入り【CHAOS】の中だと、時間は4倍遅く流れるの。そんな事は全く感じないだろうけど。本当6時間しか経ってないのに、24時間程度に感じられるはず。だから本当の身体を【AOI】で強制的に寝かせ、【CHAOS】の世界でも睡眠をとれば問題はないはずよ。あっちなら仕事の事なんて気にしなくて済むはずだしね。」
「話自体はなんとか分かりました。」
横に腰掛ける女医に伸司は頭を下げるが、やはりここで一番気になる事を聞いてみる。
「一応伺いたいんですが、・・・これって保険効きます?」
すると女医は意外な質問という風に、首を傾げる。
「保険使ってその値段だけど?」
その日退院してから、伸司は生まれて初めての金策に走り、それでもまだ見ぬ【AOI】に少しづつ心を踊らせていくのであった。
なかなかのトンデモ理論のシステムになってしまいました。確実に破綻箇所がありそうな気がする。