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異世界ヤクザ千明組  作者: 阿漕悟肋
鏡面相克都市・ファウラ=ラド 上
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096話.ヤクザ、作り出す

 テディが扉を開けた途端、室内から異様な熱気が溢れ出す。

 鉄を叩き、砕き、刻みつける鍛冶場の音が耳に痛く、懸命に働く職人らの体臭が混ざり合って鼻を突いた。

「ここは……」

「トルドーさんの工房です。ガラスと金属の加工を主に行っている場所で……」

 案内役らしく、テディは簡潔に説明しながら篠原の姿を探す。

 工房と名の付く通り、広々とした空間にはガラス用の炉が二つも設けられていた。上半身裸の職人が赤熱するガラスの塊に息を吹き込み、コップ状に加工したあと、切れ目を入れて台に置く。

 周囲で忙しなく働いているのは職人未満の徒弟たち。炉にくべるための燃料を運び、ろくに冷えてもいないガラスを厚手のミトンでつかみ上げる。彼らは怒鳴られるのも仕事の内だ。何しろうるさい場所なので、半端な声では通らず、枯れた胴間声が絶え間なく響いていた。

 篠原がいたのは、その中心だ。

 周囲の音にも負けないような大声で職人らと言葉を交わしながら、ふと視線をこちらへと向ける。

「親方ーっ! お客様ですよーっ!

 背後に立つ三ツ江やお嬢には目もくれず、篠原は無言のまま、テディに向かってずかずかと近づいていく。飛び上がらんばかりのテンションで手を降っていたテディが、途端、静かになって俯いた。

「……お前、今日は休んでろっつったじゃねぇか。こんなとこで何してんだ」

「いえ、あの。お客様がですねー……」

 篠原は耳を貸さず、その場にしゃがみ込んでテディの足先を覗き込む。

 三ツ江らは気付けなかったけれど、履き物の緒が食い込み、指の間から血が滲んでいた。松葉杖があるとはいえ、自身の体重を片足で支えているのだ。負担は決して小さくない。

「案内なんて別のヤツに任せりゃいいだろ。いいからここ座っとけ、あとで送ってやっから」

「ホントですか? 約束ですよ? ……えへへ」

 テディの背中に腕を添えて、手近な木箱に座らせる。

 二本の松葉杖を壁に立てかけ、篠原はようやく、三ツ江らへと向き直った。

「うるさい場所で申し訳ありません。兄さんも、お勤めご苦労様です」

「ん。悪ぃね、仕事の邪魔しちゃって。お嬢、行くっスよー」

 返事を待たず、男二人は勝手知ったる様子で工房の奥へと向かう。お嬢が隣に並ぶころにはもう、篠原はいつもの眠たげな表情に戻っていた。

「……この工房で作ってんのは、いわゆる魔法瓶ってやつです。もっとも、象印みたく真空には出来ねぇんで、質は悪いんですが」

 蓋の空いていた木箱から完成品をつかみ取って、お嬢へと手渡す。

 形はジョッキグラスと似たようなものだ。内側に収まったガラス製のコップが、金属製の蓋に固定されている。

「他は、ようやく木ネジの生産方法が確立出来たくらいだっけ?」

「商品になりそうなもんは、まぁ。鋳物砂の方が割といいかんじなんで、旋盤さえ完成すればもっと色々作れますよ」

 伏見ら千明組の面々がこの異世界に飛ばされてから約三週間。

 チートも魔法もなく、専門知識もないのだからこんなものだ。複数の研究、開発を同時に進行させているのだから、これでも十分すぎるくらいだろう。

「なんでそんなに色々やってるんですか? 一つのことに専念すれば、もっと早くできそうなのに……」

「そりゃ、商売っスからね。一個の商品に全部ツッコんだら、その商品が売れなかったとき詰むじゃないっスか」

 どれだけ優れた商品だろうと、売れない時は売れない。異世界だろうが何だろうが、その点においては元の世界と変わらないものだ。価格面や宗教、倫理に関する制限。単純に商品の価値が理解されないこともあるだろう。

 であれば、なるべく多くの商品、商売の種を手元に置いておきたい。

「んで、実験するとかなんとか聞いたけど、もしかして例の件? 上手くいきそうなん?」

「上手くいくかはなんとも。元の世界じゃやったことありませんから」

 金属の加工が行われている部屋――を素通りして、篠原の足は奥の小部屋へと向かう。

 入口の前には何人もの職人らが篠原をじっと待っていた。

「親方。それじゃ、そろそろ」

「おう、初めてくれっか」

 篠原に促され、一同は開かれた扉の奥に身を寄せる。

 開かれた道を通るのは、溶けたガラスが注がれた金属製の器と、それをやっとこで掴む二人の職人だ。天井近くの器具に器を固定して、逃げるように部屋から飛び出す。

「よし、思いっきりぶん回せぇ!」

 天井に無理やり設置した伝声菅に向かって、篠原が叫んだ。既に扉は閉じられて室内の様子は分からないけれど、確かに何か、金属が擦れるような異音が聞こえていた。

「あ、すげぇすげぇ。ちゃんと出てるなー」

「何が見えるんですか?」

「ちょっと珍しい光景っスよ。お嬢もどうぞ」

 レンガ一枚分の小さな覗き穴に、お嬢はそっと顔を寄せる。

 窓を塞がれた真っ暗な部屋だ。何も見えない。ただ、時折微かな光のラインが瞬いては消えて、お嬢の目を楽しませた。

 しばらくも待たないうちに、光のラインは見えなくなる。残るのは暗闇と、回り続ける金属製の器だけだ。

 伝声菅で終了の合図を告げ、篠原は扉を開けた。

「本当に出来るもんなんだな……」

 廊下から差し込む光を反射して、床に散らばった繊維状の物質が白く輝く。

 そのうちの一本を箸で摘まみ上げ、篠原は繊維の仔細を観察した。周囲の職人らも集まって、ここ二週間の成果を興味深げに眺める。

「……これ、何の実験だったんですか?」

 輪の外で、お嬢は三ツ江の耳へと顔を寄せた。

 篠原が摘まみ上げた繊維は細く、硬質で弾力がある。鋼線にも似ているが、特筆すべきはその色だ。乳白色のように見えて、けれど角度を変えるたびに光が反射する。

 篠原とは別に、三ツ江は一筋の繊維を摘まみ上げてお嬢の目の前に晒した。

「ガラス繊維、ってやつっス。……ホントはもっと、細いヤツが作りたかったんスけどね。ま、この方法で作れるってことが分かっただけで上々っス」

 製造法自体は決して難しいものではない。

 縁日のわたあめと同じ要領だ。小さな穴の開いた容器に溶かしたガラスを注ぎ、遠心力によってガラスを繊維状に加工する。

 これまでは穴が小さすぎたり、ガラスの粘土が高すぎたりと失敗の連続だった。商用化には程遠いとはいえ、一応の成果を出せたことに職人らは声を上げていた。

「ガラス繊維、って……聞いたことはありますけど」

 名前だけは聞いたことがあるけれど、何に使うのかはよく分からない。それがガラス繊維だ。最も知名度が高いのは光ファイバーケーブルや内視鏡だろうか。そんなものを作らせた伏見の発想に、お嬢は首を傾げる。

「……なんとなく凄そうですけど、今度は一体何をするつもりなんですか?」

「さぁ?」

 笑みのまま、三ツ江も首を傾げた。

 ……もしかして、何も考えていないのだろうか。

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