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異世界ヤクザ千明組  作者: 阿漕悟肋
鏡面相克都市・ファウラ=ラド 上
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095話.ヤクザ、案内される

 扉をくぐり、軒下の犬走りを下りれば、そこにあるのは柔らかい黒土だけだ。多少踏み固められてはいても、杖を突いて歩くには少々心許ない。

 なるべく固い地面を選びながら、身体を振り子のようにしてテディは歩く。

「えー、左手にいるおにーさんたちが鋳物班。今は砂遊びをしてるよーにしか見えませんけど。その奥にいるのが木工細工のおじーちゃんですね。街一番の腕っこきだと評判です。ま、他にもいっぱいいるんですけど。街一番の腕っこき」

 三ツ江の知らない名前や屋号を数え上げつつ、テディは職人らに手を振っていた。篠原にいつも付き添っているというだけあって、随分顔が広いようだ。

「……別に、慈善事業で雇ってるわけじゃないっスよ? 能力があるから雇ってるんス」

 いくつもの事業、研究、開発を同時に進行している新技術試験場において、全てのグループを把握することは難しい。

 この世界の職人らにとっても全く未知の、未来の技術だ。中には彼らの積み重ね全てを否定するようなものも存在する。自らの関与する一技術だけならばともかく、その全貌、進捗や課題点は到底把握しきれないだろう。

 例外は篠原や伏見など、元の世界からやってきた人間だ。彼らにとっては既知の法則、既知の技術であり 、これまでの人生によって積み重ねた知識とも矛盾しない。

 テディの場合は――生まれ持った知能の高さと、この世界の技術に対する無知が上手く合わさった結果だろう。

 無論、本人の献身的な努力が前提だ。地頭がどれだけ良くても、本人に使う気がなければ意味がない。 

「そっちの班は危ないんで気をつけて下さいね? こないだも事故を起こして、怪我人が何人も出ちゃったんですからー」

 そう言ってテディが指し示すのは、竈にかけた大鍋を遠巻きに眺める中年男性の一団だ。防護服の代わりなのか厚手の貫頭衣に身を包み、仮面を着け、金属製の盾まで構えている。

「何の儀式ですかね、アレ……」

「圧力鍋作ってんスよ。こっち、燃料がやたら高いんでこういうのも需要があるんじゃねぇか、っつーことで。まー、弁の調整しくじるとああなっちゃうんスけど」

 職人らに注意を喚起するためだろうか、竈の傍らには、内側から破裂した圧力鍋の残骸が鎮座していた。

 現代において、圧力鍋はありふれた調理器具の一つに過ぎない。

 密閉した鍋を加熱することで水分が気化し、内部の気圧が上昇、摂氏百度を超える蒸気の高熱によって食材を調理する。そんな仕組みだ。

 問題になるのはその蒸気。

 熱エネルギーを運動エネルギーに変換する装置の原理として、蒸気は最もあり触れたものだ。高圧の蒸気がシリンダ内部のピストンを押せば蒸気機関、タービンを回せば火力発電。最新の原子力発電ですら、「蒸気がタービンを回して電気を作る」という構図は変わらない。

 扱いを間違えればどうなるかは、ご覧の通り。

 厚手の鍋を内側から引き裂くような蒸気の前では、人体などひとたまりもない。

「……なんか、わりと地味なことしてるんですね……」

「ま、ウチの組にはその道の専門家なんていませんから。その分出来そうなことはなんでもやる、って方針なんスけど」

 圧力鍋の発明は、比較的簡易な部類に入る。頑丈な鍋と中身を密閉する蓋、そして圧力を調整する弁さえ作ればよく、その程度の技術であればアルカトルテリアにも存在していた。

 小型化には程遠いが、もとより家庭向けに販売するつもりもない。大所帯の商会や飯屋ならば、それなりの需要は見込めるだろう。

「それに、圧力鍋は踏み台なんスよ。圧力鍋で高耐圧の製品を作ることに慣れて貰って、次は蒸気機関。言うほど簡単な道のりじゃないでしょうけどねー」

「そんなに重要な技術なら、やっぱり隠した方がいいんじゃ……」

 火にかけられた圧力鍋が金属製の調圧弁を吹き飛ばし、周囲の職人らが慌てて竈の火を消しにかかる。そんな様子を横目に眺めながら、お嬢は不安げに呟いた。

「圧力鍋程度なら、商品を売り出して一年も待たずにコピーされちゃうんじゃないか、ってのが兄貴の予想で。この辺で作業してるのはそういう、『商品を見られたらすぐに真似される』技術なんスよ」

 指を立てて、三ツ江は伏見からの受け売りを得意げに語る。

「さっきも言いましたけど、自分らは『この世界にまだ存在しない商品のアイデア』と、『その商品が実際に作れることを知っている』わけっス。なんで、自分らが商品を売り出したら、ほとんどのもんはすぐに真似されるし、真似して貰わなくちゃ困るんスよ」

「困る……?」

「そっス。……ええと、圧力鍋を作れる職人が増えれば、自分らが作るもんよりもっといい商品が売り出されるじゃないっスか。その技術は、もしかすると蒸気機関や、ほかの商品を作るとき役に立つかもしれねぇじゃねぇっスか」

 千明組の面々は決して専門家ではなく、だから驕ることもない。

 知的財産権の存在しないこの世界で、伏見らが知る程度の技術などすぐに模倣されてしまうだろう。防ぐ手立てなど存在しない。

 ならば、その状況を逆手に取るだけだ。

「よその連中が蒸気機関を作ったとしても、自分らはその次を知ってます。蒸気機関の効率的な利用法も。そういうの全部を自分たちだけで作れるわけはねぇんスから、手伝って貰えるもんは手伝って貰わねぇと」

 そっちの方が金かかりませんから、と三ツ江は言葉を結んだ。

 新技術試験場では、様々な技術、商品の開発が行われている。伏見らが外部の人間に見せびらかしているのは、そういった「真似しやすい、真似して貰わなくては困る」ものが殆どだ。

 鋳物砂による複雑な金属パーツの鋳造や圧力鍋、それに――

「あの……そこに、大人用三輪車みたいなのがあるんですけど」

「見たまんま、大人用三輪車っスよ?」

 ――まぁ、作れそうなものはなるべく作る方針なので、そういうのもあったりする。

 見た目は死ぬほどダサいが、自転車や車に繋がる技術的系譜のスタートラインだ。クランクとペダルのみで前輪を回す三輪車には、ギアもチェーンも、馬すら必要ない。

 アルカトルテリアでは木材が高価であるため普及しそうにもないが、たぶん、こんな発明も次の発明に繋がってくれるのだろう。そうだといい。

 調子に乗って三輪車を乗り回す十代の少年が、木製のペダルを踏み割り、そのまま勢いよく倒れ込んだ。

「さて、着きましたっ! 親方は多分、ここでお仕事されてるはずですねっ!」

 怪我をしたらしき少年とそこに集まる人々をガン無視して。

 レンガ造りの重厚な建物を背に、テディはお嬢らへと振り返った。

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