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異世界ヤクザ千明組  作者: 阿漕悟肋
鏡面相克都市・ファウラ=ラド 上
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093話.ヤクザ、駒田

 アルカトルテリア各所に存在する仕事場を巡るにあたって、最も重要かつ面倒なのは移動手段の確保だった。

 移動手段と言えば徒歩か馬、馬車くらいしか存在しない時代だ。半径四十キロから六十キロ程度の都市圏を移動する足としてはいかにも心許ない。

 徒歩なら時速四キロ、馬車なら時速十キロ、馬なら時速二十キロ程度。馬を潰さないように乗ればもっと遅くなる。現代のモータリゼーションに慣れた伏見らにとては少々気が長すぎる乗り物だ。

 とはいえ、千明組に存在する軽トラやセダン、ママチャリなどはいささか目立ちすぎる。

 それらの乗り物は基本的に緊急用であり、自由に乗ることが出来るのは組長や伏見だけ、ということになっていた。

 若衆らはもちろんのこと、伏見ですら普段は馬車を利用している。

 大通り付近にはアクィール商会が運営する駅舎が数キロおきに存在し、千明組はそこで馬や客車を借りているのだ。

 そんなわけで。

 お嬢と三ツ江が乗る馬車を駅舎から借りてきてくれたのが、千明組の自宅警備員こと、駒田であった。

「三ツ江の兄貴! こっちは準備出来たっスよー!」

「おうよ。いっつもこんな仕事でごめんなー。そのうちまたいいシノギ紹介してやっからよー」

「ウッス! 期待してます!」

 深く腰を追って、駒田が二人を迎える。

 身長百九十センチ、体重は百キロを超える巨漢だ。肌に張り付くようなTシャツの下では無駄のない筋肉が隆起し、デニムに覆われた太ももははち切れんばかり。

 どこに出しても恥ずかしくない、見た目通りの筋肉バカだった。

 ちなみに、組で一番喧嘩が弱いのがこの駒田だ。

 顔を上げるなり、駒田は三ツ江の耳元に顔を寄せる。

「……それで、さっきから気になってたんスけど、お嬢の様子がなんかヘンじゃないっスか。なんつーかこう、おかんに見守られてるような気分に……」

「気になんならお嬢に直接聞けばいいんじゃね?」

「だってぇー」

「大の男がだってとか言うなよ、気持ち悪ぃ」

 百二十キロのバーベルを軽く上げそうな筋肉ダルマが弱気にくねくねしているのだから、気味が悪いと言うべきだろうか。半目の三ツ江に促されて、駒田はようやく――お嬢ではなく三ツ江に――理由を語る。

「だって、現役JKっスよ? 俺なんかが声かけて事案になったりしねぇっスか?」

「もう身内なんだし、んなこと気にしなくてもいいんじゃね?」

「身内……てことは!」

 はたと、世紀の大発見でもしたかのように駒田は顔を上げ、

「自分に血の繋がらないJKの妹が出来たってことに……!」

「何言っちゃってんのお前……」

 三ツ江、ドン引きである。

 あの伏見とつるんでいるせいで誤解されているけれど、三ツ江はそもそもオタク的な知識には疎いのだ。分類すればいわゆるライトユーザー層、ほどほどにソシャゲやったり知り合いから勧められたアニメを見たりしている程度である。

 オタク的知識の深さでは、駒田に軍配が上がるだろう。だからどうした。

「つーか、分かってっとは思うけどさ。お嬢は組長と盃交わしてんだから、お前より格上だかんな? 口の利き方には気ぃつけろよ?」

「つまり……」

「つまり?」

「血の繋がらないJKの、おねぇちゃん……!?」

「…………」

 千明組若衆の一人、駒田。

 彼はまぁ、おおむねこんな感じの人間だった。




「それじゃ、行ってきますね」

「ウス、お気をつけて!」

「ええと、その……こういうのって、人それぞれのペースがあると思うんです。私もいままであんまり役に立てなくて……。だから、お互い頑張りましょうね!」

「ウッス! 俺も頑張るっス!」

 いまいち噛み合っていない会話をきっかけに、馬車はゆっくりと走り出す。

 ミルカセの荒れた路面に客車を揺らしつつ、向かうのはアクィールの大通りだ。次の目的地までは二十分ほど。

 すっかり馴染みになった御者と木窓越しに会話したあと、三ツ江は座席に座りなおす。

「たぶん、お嬢は勘違いしちゃってると思うんスけど……駒田は別に、仕事してない訳じゃないっスよ?」

「えっ」

「や、俺の言い方が悪かったんだと思うんスけど。駒田が自宅警備員やってんのは、兄貴直々の命令っス。いやまぁ……こっちだと役に立たねぇってのもホントなんスけどね?」

 座り心地が悪いらしく、何度も尻の位置を変えながら三ツ江がフォローを入れた。

「こっち、電話とかラインとかないじゃないっスか。なんで一人は屋敷に置いとかないと商談やらなんやら、色々滞るんスよ。……この都市に住んでる限り物を盗まれたり壊されたりする心配はねぇんスけど、俺らの知らないルールもあるかもしれませんし」

 駒田に与えられた役割は千明組の窓口役、そしていざという時の連絡、補充要員である。

 右も左も分からない異世界では必要な保険だ。ましてや、千明組は組織である。個々人がバラバラに行動していては組織である意味がない。

 幸い――と言うべきだろうか。電話もインターネットも存在しないこの世界では、人々の暮らしもスローペースだ。千明組に交渉や商談を持ち掛ける商人らも事前に書面を交わし、スケジュールには大きく余裕を持たせている。

 窓口役である駒田の日常業務は、そういった連絡を伏見らに伝え、細部を自らの判断で詰めていくことだった。

「他にも、いろいろ雑用やって貰ってます。ホントはもっと自由にやってもらいたいんスけどねー」

 人手不足の現状では仕方ない、と三ツ江が首を振る。

「……元の世界では何をしてた人なんですか?」

「んー。雑用をやって貰ってんのは前からっスねー。系列のリース会社の管理とか、ネット事業とか。あいつああ見えて細かい仕事が得意なんスよ」

「すっごいまともなお仕事じゃないですか! ……あ」

 お嬢もなんとなく、パターンを理解してきたらしい。

 一見してすぐ怪しいと分かるようなシノギは、すぐ警察に潰されてしまうご時世である。

「リース会社ってのはまぁ、形を変えたミカジメ料っスよ。コンビニ入口にあるマットとか、オフィスにある観葉植物とか。そういうのを相場よりも高く貸し付けて、その差額をミカジメ料として受け取るってわけです」

「色々考えてあるんですねー」

 あくどい……というよりはこすっからい商売だ。

 当然の如く暴対法の適用範囲内ではあるのだけれど、上手く証拠を隠して続けている。警察としても、その程度の小さな悪事にかかずらっていられるような余力はないらしい。

「ネット事業ってのは……俺も良く理解出来てねぇんスけど。ネットの深い所で……あー、まぁその、非合法なアレを売りさばいているらしいっス」

 三ツ江は言葉を濁したけれど、駒田の扱っていた商品にはポルノも含まれている。

 今まで足がついたことはなく、他の組から声をかけられるくらい優秀な人材ではある、けれど。

「……こっちの世界じゃ出来ない仕事……シノギばっかりなんですね……」

「そうなんスよねぇー」

 異世界に転生したものの、俺のスキルがまるで役に立たない件について。

 この場合、本当に役立たずなんでもうどうしようなコイツ。

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