091話.ヤクザ、押し切られる
卵焼きに菜っ葉のお浸し。
魚は炭火でふっくらと焼き上がり、ぬか漬けもいい塩梅に漬かっている。
持ち込めた食材があるとはいえ、異世界で作ったにしては再現度の高い日本食だ。
この神域都市世界に住まう人々が転移者の末裔であるように、この世界の植物もまた、元の世界に由来する。とりわけ、栽培が可能な果樹や穀物は人類の旅の傍らに在り続けたものだ。交易、戦争、植民。人々が交わるとき、作物もまた生息域を広げてきた。
品種として多少の違いはあるにせよ、この世界で食用にされている作物の多くは元の世界のそれと大差ない。日本食が再現できたのもそれが理由だ。
とはいえ――すぐに商売の種として使えるわけでもなかったりする。
「……これはイマイチ……」
「んー、珍しくはあるんですけど……」
「あ、コレ! 私コレ好きです!」
「ぬか漬けか……。そもそも材料になる米の量産が進んでない現状じゃ、商売としてやっていくのはちと無理だなァ」
万事が万事、こんな調子だ。
生産、流通、保存。この世界の人々に好まれる料理があったとしても、様々な要素が足を引っ張る。当然各都市にはそれぞれの文化、食糧事情、そして好みがあり、商売を広げるためにはそういったリサーチも欠かせない。
異世界での日本料理無双、伏見的にはやってみたかったのだけど、割とハードルが高めだったりする。
「ごちそうさまでした! やっぱり他の都市の料理って……えっと、興味深いですね!」
気遣い満載の感想で、ファティは食事を終えた。
組員らが手際よく食器を下げ、代わりに湯呑みをサーブする。魚の漢字がプリントされた例の湯飲みに口をつけると、ファティはわずかに目を開く。
「……これは、アウロクフトの茶葉では?」
「土産代わりに持たされてな。淹れ方が違うのかちょいと味は違うが……いい舌してんなァ、嬢ちゃん」
摘み取った茶葉をすぐに釜で煎った不発酵茶。いわゆる緑茶だ。
気候が違い、茶ノ木の育て方が違い、製法が違えば日本の緑茶とはまるで別物になってしまう。日本国内ですら各生産地ごとに特色があるのだから、当たり前と言えば当たり前だ。水色は濃く、苦みは薄く、風味には青臭さが残っていた。
それでも――なんとなく、面影を感じ取れるくらいには懐かしい味。
湯飲みから唇をはなし、ほっと息を吐いて、ファティはおずおずと口を開いた。
「それで、伏見さんは――いえ、千明組はエルメの村をどうされるおつもりですか?」
少女の視線が伏見に、そして上座に位置する組長へと向けられる。
衰退森林都市・アウロクフトを構成する都市の一つであったエルメの村は、昨日、伏見の企みによって契約商業都市・アルカトルテリアへと編入された。
その名に森林の字があることからも分かるように、エルメの村は広大な森林地帯を有する都市だ。編入される際に多くの土地を失っているが、それでも森林資源に乏しいアルカトルテリアにとっては垂涎の的だろう。
現在、エルメの村は千明組の庇護下にある。
利に聡い商人ならば、伏見らに繋ぎを取ろうとするのは至極当然のことだ。
「お気づきになられてるかとは存じますが、既に多くの商会がエルメの村との接触を図っています。当商会といたしましては、兎にも角にも千明組の方針を伺いたいと」
ファティの口調が固くなったのは、子供とはいえアクィール商会を代表しているからなのだろう。彼女の言葉は伏見ではなく、千明組の代表たる組長へと向けられたものだ。
問われたものの、組長は爪楊枝を加えたまま首を捻る。
「そういうもんは伏見に任せてっからなあ。オイ、なんか考えでもあんのか?」
「いやぁ、それがまだ、どうにも」
伏見がエルメの村を編入させた理由は、彼ら商人のそれとは全く異なるものだ。
古アウロクフト――元の世界のどこかから神域都市世界へとやってきた彼らの祖先、転移者の残した知識を確保する。それが伏見の目的だった。
けれど、昨日の今日ではさすがに精査は出来ていない。彼らを使った商売など視野の外だ。
エルメの村に対し、伏見は既に保護を約束している。商売の方が向こうからやってくるのなら大いに歓迎したいところだが――あいにくと、今の伏見には何の考えもない。
アイデアはあっても、実現が可能であるかどうかの情報が欠けている。
「つぅことで、ファティの嬢ちゃん。ものは相談なんだが、そちらさんで植物や薬学の専門家に声かけちゃ貰えねぇかね」
「専門家……ですか」
この異世界に伏見ら千明組がやってきてから、まだ一月も経っていない。コネも知識も、足りないものばかりだ。
なので、伏見は素直に人を頼ることにした。
「さっき、ちょうどいいって言ったろ。……今からちょいと、資源調査に出ようと思っててな。専門家の手を借りられりゃあありがてぇんだが」
透き通るような少女の瞳に、打算の火が灯る。
アクィール商会の持つコネクションにどれだけの値がつくのか、エルメの村と千明組が生み出すであろう利益がどの程度のものなのか、少女は思考を巡らせていた。
表情を笑みのままに、眼差しだけをぎらつかせる。
慣れない料理を口にして言葉を選ぶ時よりも、その横顔は生き生きとした喜びに満ちていた。きっと、商人という生き方が向いているのだ。それがアクィールの家に生まれた影響なのか、それとも生来のものなのかは分からなかったけれど、伏見にはそれが、羨ましく思えた。
向いていないことを自覚する、伏見にとっては。
「ちなみに、出発の予定はいつ頃で?」
「や、別にいつって決まってるわけじゃねぇんだが……」
「でしたらっ!」
座布団から腰を浮かせて、ファティは傍らに立つ伏見へと身を乗り出す。
「その資源調査、私も同行させていただきたいのですがっ!」
「……そりゃ構わねぇけどよ。たいして面白れぇ仕事でもねぇぞ? 仲介さえしてくれりゃあ、あとはこっちで……」
「仲介するにしても、誰が適当か調べてからでないと先方にも失礼ですから。いいですよねっ?」




