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異世界ヤクザ千明組  作者: 阿漕悟肋
鏡面相克都市・ファウラ=ラド 上
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089話.ヤクザの食卓

「さて、お嬢。こういうのが最近のヤクザの仕事なんですけども、この異世界でこんな仕事が出来ますかね?」

「それは……」

 お嬢は思考を巡らせるけれど、あいにく何も思いつかない。

 良くも悪くも、伏見達は現代日本のヤクザなのだ。法により規制され、今の時代に適応したヤクザのシノギはこの異世界じゃ使い物にならない。

「そう。ですから、この世界に合わせたシノギをやらなきゃならねぇ。他にもミカジメ料を取れない理由はあるんですが――」

 伏見の言葉をさえぎるように、ドアを叩く音が響いた。

「あるんですが、ま、それはおいおい。今日は三ツ江について、他の連中の仕事場を案内してもらってください」

 話を終わらせて伏見が立ち上がる。慌てて、三ツ江や若衆が腰を浮かした。

「兄貴、来客なら俺が……」

「いい。どうせ交渉事は俺の担当だ」

 襖をあけて、伏見は広間を後にする。

 祭祀座を巡る争いに首を突っ込み、アウロクフトの一角を抱き込んだ伏見ら千明組はアルカトルテリアの注目株だ。見慣れぬ様式の木造建築はミルカセにあっても大いに目を引く。

 有力な商人、商会であれば最低でも観察していることだろう。そろそろ向こうから接触してきてもいい頃合いだ。

 インターホンが使えなくなり、とりあえず設置したドアノッカーが再び叩かれる。

「あーはいはい、ちょいと待っておくれ」

 つっかけに足を通して、伏見が玄関に降りる。よそいきの柔和な表情をその顔に浮かべ、開いた扉の先には――誰もいなかった。

「伏見さん伏見さん。こっちこっち」

「なんだ、嬢ちゃんかい」

 視線を下ろすと、ふくれっ面でこちらを見上げる少女がいる。

 この異世界で出会った少女だ。名前をファティと言う。アルカトルテリアに四つ存在する祭祀座の一つ、アクィール家の一人娘。

 政治闘争に巻き込まれた際、望まぬ婚姻を強いられて――伏見に助けられたと彼女はそう思っている。

 実際には、もののついでだ。

 伏見はそう主張しているし、その一件で千明組は利益を確保した。

 それ以上の事実を探るのは野暮というものだろう。

 伏見と目を合わせたあと、ファティはその頭をぴょこんと下げる。

「おはようございます伏見さん! ……お食事中でしたか?」

「まぁそうなんだが……ちょうどいいか。立ち話もなんだし、上がっとくれ」

 つっかけを脱いで、伏見は少女を招き入れた。

 ファティが屋敷に入るのはこれで二度目だ。用意されていたスリッパに素足を滑らせて、伏見の後についていく。

「前に来た時も思いましたけど、贅沢なおうちですよね。床はもちろん、柱まで……これなんて、丸太をまるごと使ってるじゃないですか」

「うちの都市じゃ大して珍しくもない様式だよ。管理するにも手間がかかってしょうがねぇ」

 表面を処理しただけの柱をファティは感心したように見上げた。

 ファティが初めてこの屋敷を訪れたときには、そんな感想を述べる余裕などなかったのだろう。下駄箱の上に飾られた法螺貝や招き猫の置物、玄関正面に構える大きな流木を興味深げに眺めつつ、少女が伏見の背中を追いかける。

「海に近いところに住んでたんです?」

「割とな。夏場はどうにも生臭いし、車もエアコンもすぐ悪くなって……嫌いじゃあなかったが」

「えあ……?」

「ああいや、こっちの話だ」

 つい口に出た言葉を、伏見は雑に誤魔化した。

 この異世界、この都市に存在しないモノや概念は翻訳されない。それがこの世界の法則だ。ファティも怪訝そうに首を傾げるばかりで、理解している様子はない。

 誤魔化しついでに、伏見は勢いよく襖を開ける。

「親父、ファティの嬢ちゃんがお見えで。向山は嬢ちゃんに席とメシを用意しとくれ。ああ、あとスプーンにフォークもな!」

 矢継ぎ早に指示を飛ばして、ファティを空いていた席に座らせた。当人は困惑しっぱなしだ。見慣れぬ料理の並ぶ食卓を眺め、不安げに伏見を見上げていた。

「あ、あの、伏見さん。これはいったい……」

「ウチの都市の料理でね。こっちの人の口に合うもんか、ちょいと味見をしてほしくて」

「はぁ……」

 土鍋で炊いたごはんに、こちらの世界の根菜と豚肉で作った豚汁。

 やたらとデカい胡瓜のような何かはぬか漬けにして、川魚の塩漬けは七輪でじっくりと火を通した。

 煮豆に肉じゃが、サラダにはナッツとマヨネーズが絡められている。

 一般家庭のごくありふれた食卓――にしては、品数も多く贅沢な朝食の風景。 調理法は日本のもので、食材はほぼ全てこの異世界で育まれたものだ。

 こういうのも、和洋折衷と呼べるのだろうか。

「えっと……じゃあ、これを」

 色とりどりの料理が並ぶ中で、ファティが手に取ったのは分厚い出汁巻きの隣、誰も手をつけていない小鉢だった。

「これ、なんて料理なんですか?」

「ああ、それな。納豆って言うんだ」

 チャレンジャーだなぁ。

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