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異世界ヤクザ千明組  作者: 阿漕悟肋
ヤクザ、異世界に行く
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008話.ヤクザ、村長を労わる

「おやまぁ、ぎょーさん引き連れて。お菓子の予備はどれくらいあったかいなぁ」

 笑みで顔の皺をさらに深くさせながら、山喜はゆっくりとこちらへ近づいてくる。

 子供たちへ一人ひとり笑いかけた後、伏見の前で笑みを消す。

「……坊。何があった」

「近くの村が例の化け物に襲撃されました。村人たちはまだ戦う気ですが、子供たちだけでも逃がしてほしいと」

 子供たちに聞こえないよう、抑えた声音で会話する。

 山喜はその表情すら伏見の体で隠した。

「ふぅむ。そちらの若造は?」

「……村長だそうで。ウチの力を借りたいと」

「見返りは?」

「いくらでも」

 短い密談を終わらせると、山喜は再び笑顔を浮かべた。伏見の陰から出て、村人たちを見やる。

「ほーかほーか。そりゃ、ご苦労さんでした。ウチの若ぇのがご迷惑掛けませんでしたかね?」

 そう言って、伏見の腹を小突く。

 山喜は組長の兄貴分だ。儀式による疑似的な家族関係を構築するヤクザ組織において、山喜は伏見の伯父にあたる。現状、伏見に上から物を言えるのは組長とトシエさん、そして山喜だけだった。

「坊、子供らはこっちで面倒見とくから、そちらさんと組長んとこ行ってきな」

 言うなり、山喜は伏見をほっといて村人の前へ。

「ほいじゃ、子供らはこっちに来ぃやー。そっちの美人さんも。三ツ江は先行って、トシエちゃんに飯作ってもらい」

「ウィッス!」

 直接中庭へ向かう子供たちを見送って、そっちに行きたそうにしていた村長を玄関に引っ張り込む。

「はい、アンタはこっち。……親父にゃ話通しておくから、きっちり誠意見せろよ?」




「ああ、うち土足厳禁だから。靴脱いで、足洗えな。スリッパはこっち」

 電気が使えず、玄関には火のついた蝋燭が一つ、そして懐中電灯がいくつか立てかけられている。スティックタイプの小さな懐中電灯を二つ手に取ると、スイッチを入れて足元を照らす。

 玄関には水の入ったタライが置かれていた。若衆の誰かが気を回して用意してくれていたのだろう。

 薄っぺらい、靴下みたいな革靴を脱いで村長が足を洗う。

 現代にはあまり見られないが、昔の日本――舗装もされていない道を草履や下駄で歩いていた時代には当たり前だった習慣だ。素足や靴下で屋内を歩く日本では当然のもの。足が清潔になるのはもちろん、土を家屋に持ち込むのを防ぎ、疲れも取れる。

 身支度を整えたミゾロを玄関に上げて、板張りの廊下を歩いていく。

 村長が案内されたのは、真っ暗な床の間だった。

「じゃ、親父呼んでくるんで。十分くらいそこで待ってて貰えますかね。あ、これ明かりな」

「え、ちょ」

 有無を言わさず放り込んで、ふすまを閉じる。

「兄貴、お帰りでしたか」

「篠原か」

 一息入れる間もなく、村長から解放された伏見に声がかけられる。

 篠原と呼ばれた男は、油汚れの染み込んだ青いツナギ姿で、ぼんやりと廊下に立っていた。

 顔にもオイルの汚れが残る。今は剃り込みの入った坊主頭だが、族時代はもっと面白い髪形をしていたものだ。

「車はどうよ?」

「動くにゃ動きますが……この辺、舗装されてねぇんでしょ? あきませんよ、ウチ、オフロード用のタイヤとか在庫少ないですから。おまけにパーツも手に入らねぇんじゃ使い捨てになっちまう」

「こっちで作る訳にゃ……いかねぇよなぁ」

「……そりゃ、板金工にエンジン作れっていってるようなもんでしょ。そもそも金属が違う。ここがどこだか知らねぇっスけど、規格がちげぇんだからボルト一本作れやしねぇですよ」

「ガソリンは腐るほどあるんだがなぁ……」

 つまるところ、車が使えるのは壊れるまでということだ。この異世界において、車というアドバンテージは筆舌に尽くしがたいが、そう多用は出来ない。

 さらに言えば、ガソリンだって劣化するのだ。古いガソリンを使えばエンジンの故障を招くこともある。

 対策を打てなければ、車は一年と持たないだろう。

「そういや、ガソリンを恵んでくれたあの鉄砲玉。どうしてるよ」

 ガソリンに余裕があるのは、千明組にカチコミを仕掛けたあのタンクローリーに満載されていたからだ。

 どうやってかっぱらったのかは分からないが、タンクローリーの中にはガソリンやハイオク、軽油などが積まれていた。使い切るのも難しい量だ。

 無論、ガソリンだって劣化はするが、逆に言えば劣化するまで燃料に困ることはないのだ。そう考えれば、あの鉄砲玉に礼の一つでも言いたくなる。

「相変わらず地下牢に放り込んでますけど……ありゃ駄目ですね。ひきこもりってやつですよ」

「ひきこもりにカチコミ掛けられたのか、ウチは……」

「一応メシは食ってるみたいですけど、何言っても反応しねぇし、部屋の隅で体育座りしてぶつぶつ呟いてばっかですよ」

「まあ、いまさら聞くことはねぇし、しばらく放っとくか」

 本来ならば少々痛めつけてでもどこの組の回し者かを聞き出すところではあるけれど、伏見らは別の世界に居るのだ。対応のしようもない。いずれはきっちり筋を通さねばならないが、やるべきことは他にある。

「篠原、ちょっと親父に頼みたいことがあるんだがよ、今どこにいるか知ってるかい」

「さっき便所入ってましたけど」

「おう、ありがとさん」

 さっきから、ミゾロを待たせたままだ。夜明けまではそう遠くない。

 組長の居る便所に向かおうとして、ふと、伏見は思い出したように振り返った。

「そうそう、篠原。悪ぃんだけどバイクと軽トラ二台、用意してくれるか」

「また出かけるんですか?」

「ちょっと猿を狩ってくる。ああ、あといくらか用意してほしい物があるんだが――」

 道すがら、考えていたことを篠原に伝える。

 伏見が次々に挙げるその品々に篠原は首を傾げるが、すぐに興味を失くし、頷いた。

「はぁ。荷台に積んで玄関につけときゃいいんですね?」

「おう、頼むわ」




 待つに待たされて、ミゾロは既に限界だった。

 明かりといえば伏見に持たされた奇妙な道具一つで心もとなく、ただ一人、見知らぬ建物の中で待たされる。

 果たしてどれくらいの間こうしていただろう? 暗闇の中で、時間は伸長し、不安と猜疑心がゆっくりと育っていく。信じられるのか。今すぐ帰るべきじゃないのか。さりとて村を存続させる案などなく、思考は空転する。

 この部屋を出て、組長はまだかと催促する。ミゾロがそんな簡単な答えにようやくたどり着いたころに、襖が開け放たれた。

 分かるのは、誰かが入ってきたということだけだ。廊下から差し込む光が眩しすぎて、顔も年齢も分からない。

 その人物は挨拶もなく上座に座ると、退屈気に声を漏らした。

「伏見、明かりを点けろ」

「承知しました」

 先ほどまであれほど尊大だった伏見が、目の前の人物の命令を粛々とこなす。

 板切れに刺した蝋燭を壁際にいくつも立てて、一つ一つ火を点ける。その段になってようやく、目の前に座る人物の労わるような視線を知れた。

 伏見とも三ツ江とも違う、簡素な衣服の上に、袖付きマントのような物を羽織った男。歳はミゾロより一回りも経ているだろうに、衰えは見えず、生気に満ち満ちている。

「こちら、トルタス村の村長、ミゾロ様です。……挨拶を」

「へ、へぇっ! 私、村長のミゾロと申します!」

 と、みっともなく頭を下げる。これでは座礼ではなく土下座だ。形もなっちゃいない。

 萎縮しているミゾロに、しかし組長は寛容だった。

 ゆっくりと立ち上がると、組長の前で膝をつき、丸まった背中に手を添える。

「話は伏見から聞きました。さぞやご苦労なされたでしょう。……顔を上げて下さい」

 力ずくで、背筋を正すように、ミゾロの肩を持ち上げる。目を合わせ、笑いかけた。

「そう。長たるもの、やすやすと頭を下げるようなもんじゃねぇ。アンタの肩には村人の命がのっかってんだ、頭を下げたらそういうモンを落っことしちまう。――アンタの村は今からウチのシマだ。そして、シマを守るのが俺たちだ。安心して任せなさい、ミゾロさん」

「組……長……!」

 感極まり、ミゾロが組長を見上げ涙を流す。

 まあ。

 ゴブリンの襲撃に加え、伏見と三ツ江が散々精神を揺さぶった後である。

 正常な判断が出来ていない。

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