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異世界ヤクザ千明組  作者: 阿漕悟肋
鏡面相克都市・ファウラ=ラド 上
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088話.やくざのおしごと!

「ちょっとした疑問なんですけど。……みなさん、こっちに来てからヤクザっぽいことあんまりしてなくないですか?」

「ああー……」

 何故だか、組員はそろってうめき声をあげる。

 反論したいけれどうまく言えない、そんな感じのリアクションだった。

「えーっとですね。俺らヤクザって別に会社員じゃないんで、こう、全員で同じ仕事をやるのはあんまなくてですね……」

「お嬢。お嬢が考えるヤクザっぽいことって、例えばどんなもんですか」

 三ツ江の拙い説明を、伏見が引き継ぐ。

 組長の娘とはいえ、お嬢はこの世界に来るまでずっと組の仕事から遠ざけられてきたのだ。知らずとも無理はない。

 考えて思い浮かんだ答えは、ニュースのトピックスに上がるような犯罪の数々だった。

「例えば……麻薬、を売ったりとか。人を脅してお金を取ったり、抗争で殺し合ったり……」

「ん。まぁ世間様のイメージはそんなもんです。なんだかんだ言って俺らも犯罪組織なんで、内情知られてちゃ商売にならねぇんですけど」

 一口にヤクザとは言っても、その業態は様々だ。

 まず、組には系列というものがある。組と組には親子関係、兄弟関係があり、その序列からは逃げられない。系列に参加しなければ周囲の組織にシマ、シノギを荒らされることになる。

「麻薬は利率がイイんですが、それだけにウチみたいな組には回ってこねぇんです。脅して金を取るってのは……ミカジメ料ですかね。今時はあんま流行らない。都会ならともかく、田舎はずっと不景気です。裁判になりゃあこっちが負けますし、とてもじゃないが儲けが出ねぇ」

「……昔っから締め付けはあったんだけどな。暴対法が成立してからすっかりやりづらくなっちまった」

 疲れたような溜息と共に、組長は言う。

 平成三年。暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律が施行され、ヤクザによる様々なシノギが禁止されたのだ。

「やっぱり儲かったのは戦後からバブルにかけてだなぁ。あの時代は良かった。賭場に闇市、地上げ、みかじめや用心棒だって今とは額がちげぇや。ミンボーだの総会屋だの、ヤクザのシノギはいくらでもあってよ」

「そっからはもうずっと下り坂だわな。アレだ、駅前の――何年も前にツブれたパチンコ屋。あそこもよう。ケーサツのOBが役員になった途端手のひら返しだ。賭場を開いて飲み屋にきた厄介もんを追っ払う。そういう仕事は全部ケーサツとお国のもんになっちまった」

 二人のヤクザはそう言うけれど、犯罪になんて関わらない一般人にとっては良い時代になったのだ。

 どこの馬の骨かも分からない連中に金を払って守らせるより、きちんと統制の取れた警察に治安を維持させる。警官は「舐めた発言をした」一般人を殴れないし、気にくわない人間の胸ぐらをつかみ上げることもない。

 二択からよりマシな選択肢を選んだだけかもしれないけれど。

 そうして、ヤクザは仕事を奪われ、あるいは法によって禁止された。

 法律で禁止されようがヤクザにはあまり関係ないけれど、下っ端のちんけなシノギで毎度毎度家宅捜査されていてはたまらない。

 そうして、ヤクザのシノギは巧妙かつ悪質な物へと変化していく。

「最近じゃ、組員それぞれが自分のシノギを持ってるような状態です。そう。極めて違法性の少ない――ビジネスとして」

 伏見の言いようは、「バレなきゃ犯罪じゃない」程度のことである。

 だってヤクザだもの。

「例えば……オイ、篠原。お嬢にオメェがやってたシノギを教えてやれ」

「……俺すか」

 伏見に指定されたのは若衆の一人、篠原だった。

 坊主頭に剃り込みを入れた二十代の男だ。眠たげな目に険しい表情。一日のほとんどをツナギで過ごしているけれど、今朝はメタルバンドの公式Tシャツにデニムというラフなスタイルだった。

「俺のは……まあ、車やバイクのパーツを売ってましたね」

「意外と普通……」

「族やってるガキとか外国人がかっぱらってきたモンをバラして、アシがつかねぇように国外とかにうっぱらうんですよ」

「あっ、盗品なんですね?」

 普通の仕事が出来るようならヤクザなんてやってないのである。

 千明組が存在していた三重県は長い海岸線を持ち、北には中京工業地帯が存在するという立地だ。工場に馴染めたかった不法滞在の外国人、それに密輸しても気づかれないような港が腐るほど存在していた。

 山も多いため、金にならないパーツは不法投棄すればそうそう気付かれることはない。

「……その、結構儲かるんですか……?」

「まさか。実際にルートを持ってるのは上の人らで、俺はその下請けです。最近じゃ儲からねぇんで、自転車とかにも手ェ出したりしてました」

「自転車……?」

「ロードバイクって奴です。かさばらねぇから盗むのも楽で、アルミとか使われてるのもありやすから、いざとなればツブして国内でサバくこともできる」

 昔ながらのヤクザであれば手を出さない、小さなシノギだ。

 それでも、金になるならやらない訳にもいかない。ヤクザでいるためには上位の組織に上納金を収める必要があり、足りなければツブされる。

「毎日仕事がある訳じゃねぇんで、ヒマな時は車イジったり……ああ、あとは老人ホームに人を斡旋してたりしましたね」

「老人ホーム」

 意外に思う人も多いだろうが、実際にはそう珍しくもない。

 テレビのニュースにも挙げられる程、介護関連の人手不足は深刻だ。対して、ヤクザは普通の仕事に就けないような人間に広く伝手がある。需要と供給が一致しているのだ。

「言いづらいんですけど……そちらを本業にすればいいのでは」

「実際に組を辞めた連中もいますよ。俺が紹介すんのは補導歴のある族上がりの連中とかでしたが……まぁ、あっちも儲かる時儲からない時が激しいんで」

「儲かる?」

 きょとん、とお嬢が首を傾げる。

 老人ホームのような福祉施設とヤクザのイメージが食い違うせいだろう。少し考え込んで、篠原が補足する。

「んー。例えばですね、お嬢。自分が年食って、子どもが介護疲れで自分を老人ホームに放り込む。そんな時、小金を持ってるジジババは介護職員にこそ財産を残したいと思うもんじゃないですか?」

「すごい犯罪臭がしますね?」

 口で言うほど簡単な商売ではない。

 認知症と診断された人間には成年後見人制度の申請も有り得る。裁判沙汰になるケースも多く、そもそもが過酷なお仕事だ。

 上手くいくのは、身寄りのない場合くらいのものである。

「さて、お嬢。こういうのが最近のヤクザの仕事なんですけども、この異世界でこんな仕事が出来ますかね?」

 異世界には車もバイクもなく、そもそもほとんどの人が老いる前に死ぬ。

 ヤクザが培ってきた犯罪のノウハウは、あんまり役に立たないのである。

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