085話.エピローグ
彼らアウロクフトの人々は、決してエルフなどではない。
予想は、していた。
金髪はただの脱色で、肌が白いのは暗い森で暮らしているから。耳は大した特徴もなく、肉体はちゃんと老いる。
ファティは彼らのことを長命だと言っていた。けれど、組長の腰を治療したように、薬学、植物学の知識が豊富であれば長命にもなるだろう。
――伏見には、言えなかったことがある。
一つはイミュシオンの正体だ。
シドレたちに伝えたところで意味はない。彼らにしたって、神敵の正体など教えられても困るだろう。そもそも公害という概念からして、伝わるかどうか怪しいものだ。
それに、イミュシオンの正体を語ってしまえば、もう一つの秘密を語らざるを得ない。
古アウロクフトの人々。
産業革命を起こし、その工業力で版図を広げ、公害によって滅びた人々。
彼らがどこから来たのか。そんな話だ。
神々のごとき力を振るい、ニッケルの精錬法を確立し、公害を引き起こすほどに工業を発展させる。そんな集団が千年前にいきなり登場することなんてあり得るのか。
少なくとも、こちらの世界に生まれた人間にとっては当たり前のことなのだろう。信じる、信じないなど論ずるまでもない。
「ある」から「当たり前」なのだ。
けれど、伏見にとって――異世界からやってきた人間にとって、古アウロクフトの存在は異物のように思えた。
何ら土壌も由縁も持たず、唐突に、都市と神とに象徴されるこの世界へと現れる。
そのような存在が、伏見の、千明組の同類でなくてなんなのか。
そもそも伏見自身が口にしていたことだ。この神域都市世界と地球、その間に繋がりがなければ人類など存在しようもない。
古アウロクフトの人々が転移者であるのなら、他の人々も同じはずだ。
アウロクフトも。
アルカトルテリアも。
トルタス村だってそう。
この世界に生きる人々は、全て、転移者とその末裔ではないのか。
――詰まるところ、今回の一件は全て、そんな疑問を確かめるためのものだった。
エルメの村の倦怠を祓えたことも、様々な森林資源を確保できたことも、全ては余禄に過ぎない。組長にすら話を通しておらず、言ってしまえば伏見の独断だ。
村一つ、それに身内と自らの命を賭けた大一番。
勝ったことなど言い訳にもならず、その行いはただひたすらに悪でしかない。
だから。
機嫌よく森を歩くシドレを見て、伏見は表情を和らげた。
自らが成した悪に、救われた女が一人いる。
たったそれだけの事実が、ほんの少し、伏見の心を軽くした。
やるべきことはいくらでもあるのだ。
エルメの村、そしておまけのトルタス村をアルカトルテリアへと編入させて、滞っている事業を進め、お嬢の縁組祝いに花を用意する。並行してアウロクフトの写本も確認しなければならない。
けれど、今は何もできない時間帯だ。
ゆっくりと息を吐き、肩の力を抜いて、気ままな足取りで森を歩いた。先を行くシドレはこちらへと振り向き、その表情を綻ばせる。
この異世界にやってきて以来、それは初めての、穏やかな時間だった。
――最後に、疑問が一つ。
この世界に住まう人々が全て異世界転移者やその末裔だったとして。
ならば何故、ファティやシドレは、伏見らの正体に気付いていないのか。
転移者が当たり前であったのなら、それはこの世界の常識として伝えられているべきだろうに。
技術レベルにしてもそうだ。いくらなんでも発展が遅すぎる。
可能性はいくらでもあるけれど、伏見の推測が正しければ――
この、神域都市世界は。
数多の転移者が改革に失敗し続けている。
そんな世界だ。
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異世界ヤクザ千明組、衰退森林都市・アウロクフト編、とりあえず完結です。
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エルフの森を爆発させて、お話は次の都市へ。
鏡面相克都市・ファウラ=ラド、お付き合いいただければ幸いです。




