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異世界ヤクザ千明組  作者: 阿漕悟肋
衰退森林都市・アウロクフト
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084話.ヤクザ、手の内を晒す

「イミュシオンに村を襲わせた方法は――ま、別に大したもんじゃない。エサを撒いておいただけだ。俺が渡したお守り、持ってるかい」

「これですか?」

 シドレが取り出したお守りを受け取って、伏見は躊躇なく袋を開いた。

 普通なら、お守りの中には木切れや厚紙、護符などが入っている。しかし、伏見はあらかじめお守りの中身を入れ替えておいたのだ。

 伏見の手のひらの上に、平たい丸型の塊がぽとりと落ちる。

「これは……」

「アンタなら分かるんじゃねぇかな。時計だよ時計。ウチの主力商品」

 ベルトが取り外された時計の文字盤を、シドレは不思議そうにのぞき込んだ。

 他にもいくつか手は打ったけれど、効果があったのはこの時計だけ。そのせいでイミュシオンの襲撃は遅れ、伏見の予言は外れてしまった。

 シドレの協力さえあれば、もっと効率よく安全な策もあったのだけれど、今はいい。どうせ過ぎたことだ。

「ウチの連中がイミュシオンに襲われたって話はしたよな? ただ、ウチの連中が全員襲われたってわけじゃねぇんだ。襲われた連中はみんなこの時計を持ってたし、襲われなかったのは時計を持ってねぇ人だけだった」

 今にして思えば、もっと早くに気付くべきだったのだろう。

 伏見らがイミュシオンに襲われたとき、二人は腕時計を着けていた。安いパチモンの方だ。

 シルセとファティの件では、近場に組長やお嬢が居たにもかかわらず、腕時計を持っていた二人が狙われた。アルカトルテリア内で襲われた学者もそうだ。彼女は時計の構造を研究していた際にイミュシオンの襲撃を受けた。

 気付けなかったのは――伏見の側に固定観念があったせいだろう。

 イミュシオンはアウロクフトの進歩を拒絶する。

 そんなシドレの言葉に惑わされていた。イミュシオンは、アウロクフトの人間がかつての栄光を取り戻そうとするたびに現れる――そんな言葉も、伏見は確かに聞いていたはずなのに。

「俺が腕時計の件に気付けたのは――ま、コレのおかげだ」

 ポケットから取り出したコインを、伏見は指で弾いて飛ばす。

 シドレがキャッチしたコインは、アルカトルテリアの白金貨だ。

「……伏見、これはどういう……」

「特に意味はねぇよ。白金貨にニッケルが含まれていることなんて、アンタらにとっちゃ当たり前なんだろ? でも、俺にとっちゃその気付きがデカかった」

 ニッケルの精錬は古アウロクフトに端を発するものだという。イミュシオンに狙われない辺り、シドレたちにも知られていない条件がありそうだが……まぁ、それはともかく。

 千年前の古アウロクフトにニッケルの精錬技術が存在していたとは考えにくい。しかし、逆に考えれば、古アウロクフトは高い技術力を保持していたことになる。

 ならば時計という概念がイミュシオンの攻撃対象に含まれていたとしてもおかしくないのではないか。飛躍した発想ではあるけれど、反証は思い浮かばなかった。

 それどころか――様々な疑問に、答えが出てしまうのだ。

 例えば、イミュシオンの正体。

 霧状の身体を持ち、人の身体に入り込んで肺を苛む。水に溶ければ魚を殺してその死体を操り、果ては昨夜のような巨体で村を蹂躙する。

 一つの存在として見れば、その性質は不可解極まりない。

 けれど、その要素一つ一つを分解し、高度な文明を築き上げていたであろう古アウロクフトと関連付ければ、その正体は明らかになる。

 大気汚染による呼吸障害。

 重金属による水質汚染。

 イミュシオンの正体は、産業革命に付随する公害だ。

 より正確に表現すれば、公害に対するイメージ、というべきだろう。

 工業力により古アウロクフトの人々は支配領域を拡大し、一方で環境破壊による公害に直面することになる。性急に過ぎる発展は人々に知識格差をもたらし、公害による様々な弊害を一つの存在として認識した。

 それこそがイミュシオン――アウロクフトを滅ぼす神の敵。

 先の例えで言うならば、古アウロクフトの人々は鼠だったのだろう。様々な要因が絡む公害を、一つの象徴、工業都市が巻き散らす煤煙として見た。

 ――とはいえ、結局は推測でしかない。

 確かめる方法は二つだけ。神樹の下に収められた数々の写本を漁るか、それらを管理するシドレに尋ねるか、だ。

 当のシドレは俯いて、手のひらの上の白金貨をじっと見つめている。

「さて。こっちは手の内を明かしたわけだが、アンタはどうする? こっちにつくのか? それとも……」

 事実を知った上で、こちらに協力すればそれでよし。もしも邪魔になるようならば、静かにしてもらう他にない。

 伏見の見立てでは、八割。

 シドレは八割程度の確率で、こちらにつくことを選ぶだろう。

 そうでなければ手の内を明かす意味もない。

 彼女ははぐれ者なのだ。

 元の世界、日本にとって伏見ら千明組が迷惑な犯罪者であったことと同じように。

 果たして――顔を上げたシドレの頬には、うっすらと朱が差していた。

「それじゃあ、結婚しましょうか!」

「……ああ?」

 予想外の反応に、伏見は間抜け面を晒してしまう。

 それでもなんとか気を取り直し、体裁を整えて、なにやらくねくねしだしたシドレに問いかける。

「いや、待て。何がどうなったら結婚なんて話になるんだ」

「だって、白金貨を贈って下さったじゃないですか」

「えぇ……それは、アレか。アンタらの所では白金貨を贈ると求婚とか、そういう……」

「ご存じでなかった割りには察しがイイですね?」

 だってそういうのよくあるしな!

 飛び出しかけたツッコミを危うく飲み込んで、伏見は頭を抱える。

 いや、今はそういうシーンじゃなかったはずなのだ。伏見が仕掛けを明かして、シドレは選択する。

 彼女がこちらに付けば共犯者で、敵対すれば口封じ。

 なんかこう、ハードボイルドっぽい展開になると予想していたのに。

「この村にはもう未練なんてありませんし、伏見だって秘密を知ってしまった私を近くに置いておきたいでしょう?」

「こっちの利害を計算してる辺り抜け目ねぇなァ……」

 あるいは、拳銃に伸ばした右手にすら気付いているのかもしれない。

 昨夜、混乱していた村人らはともかく、シドレは伏見たちの後方に居たのだ。

「私は独り身ですし……あ、もしかして伏見は結婚してますか?」

「いや、いや、いや。ちょっと待って。今んところ結婚するつもりはねぇし、そもそもそんな暇は――」

「それじゃ、保留ということで! 期待してますからね?」

 返事も聞かず、シドレは機嫌よく森の中を歩いていく。

 しがらみから解放されて、頭のネジが何本か外れてしまったらしい。もうしばらく時間が経てば正気に戻ってくれるだろう――そう信じて、伏見はシドレの後を追った。

 もしこの場に三ツ江が居れば、エルフの嫁だなんだとさんざんからかってくれることだろう。

 けれど、あいにく。

「そういや、すっかり聞きそびれてたんだけどな。あんた、年齢は?」

「……今年で二十歳になりますけど、それが?」

 この世界には。

 この世界にだって。

 不老長寿のエルフなど存在しない。

 伏見の目の前にいるのは、ただの、人間だった。

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