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異世界ヤクザ千明組  作者: 阿漕悟肋
衰退森林都市・アウロクフト
84/130

083話.ヤクザ、看破される

 イミュシオンとの戦いを終えて――

 壊れたように笑うお嬢を帰し、付き添いの伏見には組長への言伝を託して、その後も伏見は働き続けていた。

 イミュシオンの襲撃は一端止んだが、次がいつ来るかも分からない。森林に囲まれたエルメの村の環境は、不定形の身体を持つイミュシオンにとって有利に働く。

 巡回を維持しつつ、イミュシオンによって肺を病んだ被害者を治療して、その後には――エルメの村の行く先を巡る話し合いが待っていた。

 その始まりから、方向性は既に決していたけれど。

 何しろ、今しがたイミュシオンから襲撃を受けたばかりなのだ。これまでエルメの村を閉ざしていた老人たちはほとんど戦わず、発言権は無に等しい。

 話し合いが紛糾したのは、アルカトルテリアに編入されたところでエルメの村が生きていけるのか、という一点に尽きる。

 村人らが思い思いに不安を叫ぶ中、シドレが要求を整理し、伏見が一つずつ解決していく。そんな話し合いが終わるころには、既に夜明けが訪れていた。

「お疲れさまでした、伏見」

「ありがとうよ。そちらもお疲れ」

 神樹の下、車座になっていた一同から伏見が離れると、シドレは背後から小走りに追いかける。

「これからどうするおつもりで? 伏見さえよろしければ、お茶くらいはご用意できますけど」

「あー、遠慮しとくよ。今休んだらそのまま寝ちまいそうだ。ちょいとその辺歩いてくる」

「では、ご一緒に」

 自然に距離を詰めて、シドレが隣に並んだ。そのまま、二人でぶらりと歩き出す。

 村人らが方針を決めたといっても、すぐにアルカトルテリアへ編入されるわけではない。形式としては会社の合併に近いだろうか。百人そこらの小さな村とはいえ体面というものがある。

 話し合いが終わって、村人らはその体面を整えるべく動き始めている――はずだった。

「……お前さんは、あっちの方に加わらなくていいのかい」

「気を使わなくていいんですよ? 私たちがイミュシオンと戦っている間、あの人たちは役立たずだったんですから」

 ひでぇ言われようである。

 けれど――今は、シドレの言い分が通るタイミングだ。

 村の雰囲気が違うのは、早朝の静謐な空気だけが理由ではない。

 変化したのだ。重苦しく、永遠に続くと思われていた停滞から焼け出されて、彼らは途方に暮れていた。気力を失くして家に籠った者もいる。編入に最後まで抗い、村を去った者も一人二人ではなかった。

 その一方で、村に残り、しがらみから解放されて、次へ行こうと歩き出そうとする者もいたのだ。

 彼らは自由でこそあったけれど、頼れるものは何もない。

 藁をも掴むような状況で、彼らの目の前にいたのは、伏見だけだった。

「ほら、伏見。そこの人が手を振ってますよ? 応えてあげないんですか?」

「……勘弁してくれ。こっちは疲れてんだよ……」

 人目を避けるように、伏見の足は村を取り囲むアウロクフトの森林へと向かう。

 村の危機に駆けつけ、イミュシオンを撃退した伏見は今や英雄扱いだ。アルカトルテリアへの編入を取りつけ、今後五年間の保護と支援を約束までした。村人らはもう伏見に頭が上がらないだろう。

 当然、伏見にも打算はある。保護とはすなわち独占だ。強欲なアルカトルテリアの商人らから仲介料を取り、アウロクフトの森林資源を売り払って組の利益へと繋げる算段である。

「ほんと、伏見は上手くやりましたね」

「上手くやったって、人聞きの悪い。俺ァそちらさんを助けるために身銭切ってんだぞ? ご褒美の一つくらいあったってバチは当たらねぇだろうよ」

 顔を見合わせて、二人は同時に噴き出した。

 伏見はシニカルに、シドレは快活に。

 足は止めず、イミュシオンの肉塊が残した傷跡を辿るように村の外れへ。

 誰にも会話を盗み聞きされない、そんなタイミングでシドレは唇を綻ばせる。

「だって、イミュシオンに村を襲わせたのは伏見でしょう? どんな手を使ったんですか?」




 イミュシオンの肉塊は木々も、家屋も、大地すらその身に取り込んで侵攻した。神樹の近くから村の外れまで、地表がめくりあがるような痕跡が残されている。

 それでも、残るものはあったのか。

 シドレが足元の土くれを拾い、指の腹で押しつぶす。

「……ここは、私の生家があったんです。家族はもう誰も居なくて、家も焼かれてしまったんですけど……。焼け跡すら、なくなっちゃいました」

 その指先には煤がわずかに付着している、けれど、それだけ。

 ここに人が居て、家屋があり、その焼け跡が残されていたことなどもう誰にも分かりはしない。

「もう一度、聞きます。伏見はどうやってイミュシオンを動かしたんですか?」

「さて、なんの話かな」

 とぼけながらも、伏見の右手は懐の拳銃に伸びていた。

 動作確認は既に済ませている。一発二発程度なら暴発はしないだろう。

 自らが立つその場所がどれだけ危ういのかも知らず、シドレはフラットに言葉を続ける。

「いくらなんでも焦りすぎましたね。イミュシオンの侵攻を予測できる、なんて私にも嘘だと分かる。森に閉じこもっていた田舎者にはバレないとでも?」

「……その推理――いや、思い付きは、誰かに話したかい」

「いいえ? 話す気もありませんし、そんな暇がなかったことはご存じでしょう?」

 ここで口封じをするべきなのか。

 いや、そもそも口封じをすることが出来るのか。

 伏見は思考を巡らせて、結局、出てきたのはため息だけだった。

「さて、どう言えば納得してくれるのかね……」

「それはもちろん、方法さえ教えてくれれば。あ、あとついでにその理由も」

「軽いな、オイ……」

 伏見の出した答えは保留だ。

 話を聞いて、黙っていればそれでよし。交渉の材料にするようならば――それなりの対処をする。

「理由。理由ね。そりゃ、アンタが理由だよ、シドレさん」

「私が……?」

 怪訝そうにシドレは顔を歪める。

 無理もない。彼女は知らないのだ。伏見が見出したその価値に。

「第一目標はアンタ。第二はアンタの管理するあの写本だな。村の連中はまぁ、そのオマケってところか」

「そんなことの、ために……?」

「そんなことのために、だ。当然、村ごと手に入れるのが一番いい。でもまぁ、あのままじゃ俺らの印象が悪すぎたからな。協力してもらうためには、もうちっといい印象を持ってもらわねぇと」

 シドレは故郷を嫌う一方で、未練もまた残しているようだった。

 時間をかければ懐柔も出来ただろう。けれど、イミュシオンの変異疑惑によりその時間もなくなった。性急であることを承知の上で、こんな博打を打つほかになかったのだ。

 成功すればエルメの村をまるごと手に入れることが出来て、失敗したとしても、最低限シドレの身柄は確保できる。

 そして、伏見は賭けに勝った。

「実験、って言って通じるかい。こっちには一つ、変わった実験があってな。まず、檻に鼠を閉じ込める。そしてその檻にペンの先を突っ込んで、同時に電流を流すんだ。死なねぇけど痛い、ってくらいの電流をな。それを何度も繰り返すうちに、鼠はペン先を怖がるようになる」

 鼠の痛みとペン先には、因果関係など存在しない。

 けれど、電磁気学など理解しようもない鼠のささやかな脳は思い込んでしまうのだ。ペン先が檻に入ると痛みを感じる。そんなふうに錯誤する。

「……私は、そのペン先ですか?」

「アンタと俺らは、だ。人間はもうちっと賢くてなァ。同時じゃなくとも、最近起きたこと関連付けちまう。だからイミュシオンに村を襲わせて、だからイミュシオンと戦った」

 自らの印象を、「不審な余所者」から「村を救った恩人」に変えるために。

「こんな大掛かりなことをして、私を……」

「ああ、もちろん」

 シドレには、そして彼女が管理する写本にはそれだけの価値がある。

 電流という言葉を聞いて、首を傾げることもなく会話についてきた彼女こそが伏見の目的だった。

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