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異世界ヤクザ千明組  作者: 阿漕悟肋
ヤクザ、異世界に行く
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007話.ヤクザ、連れていく

 村を去るころ、日はもう落ちかけていた。

 色が違うということもない。太陽が三つあったり、月が誰かの目だったりもしない。至って平凡な夕焼けとセピア色の風景。

 村人たちが何代にもわたり丹精込めて手入れしてきた麦畑の向こう、見渡す限りの地平線へと太陽が沈んでいく。

 きっと、終わりにはこんな風景がふさわしいのだろう。

 精一杯真面目に、善良に過ごしてきた村人たちの終わりには。

 何もかもが焼け落ちる、炎のような夕日。

 黄昏時が終われば、残るのは伸ばした手の指先すら見えないような暗闇と、輪郭を確かにした月と星。

 まっとうな村人たちの時間が終わるというのなら、始まるのは伏見らのような、ならず者共の為の時間だ。

「……三ツ江、ヘッドライト点けろ。お前が先頭だ」

「ウッス!」

 伏見の指示に従い、三ツ江が被っていたヘルメットのライトを点ける。何の変哲もないLED灯の光に、背後の村人らが小さくどよめいた。

 ミゾロから聞いたゴブリンの習性を鑑みれば、この暗闇こそが安全地帯だ。警戒は必要だが、明日の夜明けまでには組の屋敷に帰って準備を整えなくてはならない。

 急ぐ道のりは、けれど。

「じゃ、みんな、俺の後ろについてきてねー」

「はーい!」

 子ども連れだった。

 気分はまるで遠足の引率だ。

 楽しいかどうかと言えば、まあ楽しくはない。

 子どもたちを安全に屋敷まで運び、その後はあのゴブリン共を駆除する大仕事が待っているのだ。

 その責任全てを負って、伏見は今にも痛み出しそうな胃を撫でる。




 村長のミゾロは実に都合よく伏見らの要求を呑み、それを合理的に村人たちへと伝えてくれた。

 まず、子供たちを千明組の屋敷へと非難させること。

 ゴブリンへの襲撃、駆除に伏見らが協力してくれるかもしれないこと。

 それを千明組の組長へ頼むために、村長自ら赴くこと。

 押し付けられたはずの条件で、必死に、熱意をもって村人たちを説得した。

 村長に押される形で村人は条件を承諾し――そしてこの遠足である。

 ヘッドライトのある三ツ江を先頭に、その後ろにはシルセとその母親、子供たちが続き、最後尾に伏見と村長。間にはロープを渡してあって、こどもたちははぐれぬようそれに掴まっている。

 何に似ているかと言えば、まあ、中世の人買いに似ていた。

 かくして、人買いコスプレの一行は千明組へと向かう。

「いいなぁ、人妻……」

 伏見のつぶやきは、ごく率直な心情の吐露だった。

 いや、人妻に手を出したいとか、そういうことではないのだ。確かにシルセの母親はこんな農村にはもったいないくらいの美人ではあるが、そもそも伏見の好みとは少々異なる。伏見の呟きは、純粋に、女性と仲良くしたいという本能からくるものである。

 人妻の隣にいる三ツ江が羨ましくなってくる。

 会話こそ聞こえないが、それなりに花を咲かせているようだった。三ツ江は基本的にたらしなので、ああなるのは分かっていたのだけれど。

 対して、伏見の隣にいるのはむさくるしいオッサンである。

 先ほどの交渉に続き、むさくるしいオッサン二連続は少々精神に来るものがある。

「……こ、この先にあなた方の都市があるのですか?」

「ええ、まあ……」

 どう説明したものだろう。

 伏見にとってこの異世界転移はありえないものだ。

 さりとて、この世界の住人――例えば村長にとって、近所にヤクザの屋敷が転移することは珍しいことだとは限らない。

 いやまあ、ヤクザの屋敷じゃなくてもいいのだ。この世界において、異世界からの転移は現実的な話だろうか。

 どちらにしろ困る、というのが伏見の感想だった。

 異世界転移が珍しくなければ、伏見らの持っている技術や道具の希少価値が下がる。

 かといって、異世界転移が珍しいのならば相手を信用させるのも難しく、情報漏洩にも気を使わなければならない。

 どちらにしろ、伏見にとっては頭の痛くなる話だった。

 村長からの質問攻めを適当にかわしつつ、一行は千明組の屋敷へと向かう。

 道のりは同じでも、この暗闇だ。月明り、星明りにも限度はある。舗装もされていない野原はただでさえ歩きにくく、子供たちは転びやすい。お預かりしている側としては怪我をさせる訳にもいかず、なかなかに神経を使う。

 いくつかある小川を渡るたびに時間を食って、結局、屋敷に帰り着いたのは夜遅くになってからだった。

「あれが、あなた方の……」

 村長はもちろん、眠たげに目をこすっていた子供たちも、森と草原の間に現れた見知らぬ建築物に興味をそそられている。

 門前には即席のかがり火が炊かれて、門番の駒田ともう一人が、一行の帰りを待ち構えていた。

「おう、帰ったかい、坊」

「伯父貴……!」

 扇子片手にこちらを見やるのは、組長より年配の老人だった。皺くちゃな顔にびいだまみたいな瞳の、愛嬌のある小柄な男。

 組長の兄貴分、山喜継雄が、にっかり笑って出迎える。

 また男が増えた。

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