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異世界ヤクザ千明組  作者: 阿漕悟肋
衰退森林都市・アウロクフト
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078話.ヤクザ、未だ知らず

「まずはじめに言っとくが、今回はあくまでもよそ様のケンカだ。なんで俺らがタマ張る必要はねぇ。方法としては――」

 伏見が言葉を止めたのは、視界の端にこちらへと駆け寄る人影を見たからだ。この村の住人だろう、エルフの青年が血相を抱えて拳を振り上げる。

「おま、お前ら! お前らのせいで……!」

 握りしめられた拳を、青年はお嬢へと向けていた。

 相手は誰でも良かったのだろう。手近な余所者に八つ当たりの暴力を振るおうとした青年が、三ツ江に腹を殴られてその場に沈む。

 イミュシオンに襲撃された被害者相手に躊躇なしの一撃だ。とはいえ、実際にその拳がお嬢に届いていれば――彼の身体に二つ以上存在する部位は例外なくパチンとされていたことだろう。

 咳き込み胃液と唾を吐く幸運な被害者を、伏見はさっそく介抱にかかる。

「オイオイ、兄さん大丈夫かい。ウチのもんが悪ぃことしたなァ。何分こんな状況なんでよ、こっちも気ぃ立ってんだ、堪忍してくれるかい」

 背をさする伏見の手を払い、青年は何かを言おうとしたのだろう。けれど、横隔膜を的確に打撃された状態では言葉も言葉にならず、不安定な呼吸と唾だけが口から漏れる。

 抵抗を優しく力ずくで押さえつけて、伏見は再び青年の背中をさする。

「いやァ、分かるよ、うん。生まれ育った村がこんなんになっちまって、混乱してただけなんだよな。でも、俺らはイミュシオンと何の関係もねぇ。逆だ、俺らはアンタらを救いにきたんだ」

「……救、い……?」

 なんとか口にできた言葉はそれだけだった。痙攣する横隔膜を押さえて、青年が身体をくの字に折る。

 苦しみ続ける青年に対して、伏見は優しく語りかけた。

 それはもう、胡散臭さなど微塵も感じさせない声色で、だ。

「ほら、こう。こうやってトリガーを引くだけで蒸留酒が噴霧される。便利なもんだろ? イミュシオンが妙な動きをしててな、俺らはコレをアンタらに届けに来たんだよ」

 青年の呼吸が整い、瞳に正気が戻るまで待って、伏見は彼の手にスプレーボトルを握らせた。

 初めて知る感触だろう。青年の目にはPET製のボトルが輝かしい聖剣のように見えたのかもしれない。たとえそれが、元はトイレマジックリンのボトルだったとしてもだ。

「コレさえありゃあ、イミュシオンの連中を追っ払える。君がだ。君が、その手で救い出すんだ。……俺たちはここで、神樹を守りながら病人を治療しなきゃならねぇ。だから、君だ。君だけがこの村を救える」

 伏見の言葉を聞いて、青年は――なんというか、奮い立ったらしい。トイレマジックリンのボトルを胸に構え、決然と立ち上がる。まだ腹も痛むだろうに。

「ああ、一人だけじゃあぶねぇ。誰かと一緒に行動するんだ。頼んだぞー」

 走り去っていく青年の姿を見送って、伏見は一堂に振り向いた。

「……ま、こんな感じでだ。連中には村ん中でイミュシオンの撃退と救助を担当してもらう。俺らはここで周辺の警戒と要救助者の治療。何か質問は?」

「先生、質問でーす」

「はい、何かな三ツ江君?」

 一つの都市の存亡に関わる事態の只中にあって、伏見と三ツ江にはまだふざける余裕があるらしい。表情を硬くしたお嬢の隣で、三ツ江は呑気に手を挙げる。

「ぶっちゃけ、さっきみたいなやり方がそう何度も上手くいくとは思えないんスけどー」

「そん時はそん時だ。どっちにしろ連中は戦うしかねぇんだし、状況がマズくなりゃあ俺らはケツまくって逃げるよ」

 あっけらかんと言い放つ。

 伏見にだって、この村を救う理由はあるのだ。そうでなければこんなところに居やしない。

 まず、イミュシオンに襲われた学者を治療する責任がエルメの村にはある。学者は別に組員ではなく、伏見とも面識はないが、それでも千明組の協力者だ。彼女を傷つけたケジメはきっちり取り立てなければならない。

 今後のことを考えれば村人らに恩を売っておくのも悪くはないだろう。アルカトルテリアでは森林資源が不足し、高騰している。アウロクフトの大森林は宝の山だ。産業の段階を進める意味でもエルメの村との繋がりは重要だろう。

 けれど、それはあくまでも利害の、立場上の話だ。

「……どうも、この村は辛気臭くていけねぇなァ。こっちまで気分が腐っちまいそうだ」

 誰にも聞き取られないように、伏見は小声で吐き捨てた。




 ふと腕時計を見てみれば、イミュシオンの襲撃から既に小一時間が経過している。

 既に日は沈み切って、空にはグラデーションも残らず、いくつもの星が顔を出していた。

 日本とは違う、満点の星空――とはいえ、こちらの世界に来てから既に二週間以上過ごしているのだ。感動も随分薄れている。村の各所では篝火が焚かれており、煌々と燃え上がる炎に慣れた瞳には星など数えるほどしか映らなかった。

 よそ見もそこそこに、伏見はシャベルの柄を握りしめて作業に戻る。

 ――正直なところ。伏見には、戦っている実感などまるでなかった。

 実際、イミュシオンと相対しているのはエルメの村の人々だ。伏見の指示により巡回、救助、補給の流れが形成されている。

 彼ら巡回グループがまず行ったのは光源の確保だ。村の各所に灯りとなるかがり火や松明を設置し、視界を確保したエリアでイミュシオンの排除を行う。

 被害者を発見するか、物資が尽きれば神樹周辺の安全地帯に帰り、補給をしたうえでまた巡回に戻っていく。

 戦闘というよりは陣取りゲームだ。

 既に村の土地からはほぼ全てのイミュシオンが排除され、森からの侵入を防ぐのが巡回グループの主な仕事になっている、らしい。

「あとはまぁ、物資が足りるかどうかかね……」

 周囲の者に不安を与えないよう、口の中で呟く。

 今もちょうど、巡回から帰ってきた一団が補給を行っていた。漏斗を使ってスプレーボトルに蒸留酒を注いでいる。焦りのせいだろう、注ぎ口から泡と共に酒がこぼれて地面を濡らす。

 他の物資――松明や焚きつけ代わりの軽油、そして村人らの体力にはまだ余裕があった。襲われた被害者の救助もほぼ完了している。状況は決して悪くない。

 ただ、持ち込んだ蒸留酒は既に半分を切っていた。

 元はアクィールの手配した救援物資だ。かさばるため全てを持ち込むことは出来ず、またトルタス村にもある程度残しておく必要があった。

 他の弱点――塩はアルカトルテリアにおいても貴重品だ。用意はしたが、量は心許ない。神樹の枝は加工に時間がかかるらしく、到底間に合わないだろう。

 蒸留酒が尽きれば、現状の戦線は維持できない。

「……兄貴、そろそろマズくないっスか」

「連中にはまだ気づかせるなよ、色々と面倒だ」

 問いかける三ツ江に、伏見は小声で返す。その視線は、足元の一斗缶へと向けられていた。

 ――イミュシオンの弱点。最後の一つは炎だ。

 このままイミュシオンの襲撃が終わらなければ、治療を諦め、村に火をつけて逃亡する。

 村人らは抵抗するかもしれないが、伏見にとっては既定路線だ。ファティの良心も含め、一行には既に伝えてある。

 なるべくなら避けたい事態ではあるけれど――必要となれば、伏見は躊躇せずに村を焼くだろう。

 エルメの村の人々は、そんなことも知らずに村を守ろうと戦っている。

 ただし。

 伏見にもまた、気付いていないことがあった。

 イミュシオンが初めに侵入した村と森との境。

 その奥の奥、人目につかぬ暗がりに死骸が打ち捨てられている。

 鹿、蛇、鳥、鼠、あるいは名も知れぬ地虫の類。

 命を失くした肉塊が、音をたて、自らの肉を磨り潰すべく蠢いていた。

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