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異世界ヤクザ千明組  作者: 阿漕悟肋
衰退森林都市・アウロクフト
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072話.ヤクザ、銃を作らず

「……んで、なんでお嬢はマトロのケツを蹴り上げたんスか」

「だって……」

 気まずそーに視線を逸らすお嬢へ、三ツ江は疑問を投げかける。

 あれから、多少のごたごたは在りつつも無事に交渉を終え、二人はマトロ商会を出たところだった。

 時間は既に深夜と言っていい。あくびを噛み殺しながら、三ツ江はお嬢の手を取って馬車の座席へとエスコートする。

「だって、ヤクザの人はこうやって人に言うこと聞かせるじゃないですか。だから私も……」

「お嬢、いいスか。あーゆー風に蹴っていいのは闇金に金借りたバカと自分らよりも弱い同業者だけっス。今後は気ぃ付けて下さい」

「あっ、大丈夫だったんですね?」

 安心したようにほっと息を吐くお嬢の隣へと腰掛けて、三ツ江は頭を掻いた。

「なんつったらいいのか……ヤクザだって、やたらと殴ったりする訳じゃねぇんですよ?」

 ドアが閉じられて、ランプを吊るされた馬車がゆっくりと走り出す。

 ハイビームもなければ街灯もない、ぞっとするような暗闇の中だ。車輪の軋み音すら聞こえそうな静寂の中で、自然と三ツ江は声を落とした。

「例えばそう、誘拐ってあるじゃないスか。お嬢はアレ、どう思います?」

「駄目だと思いますけど」

「や、そりゃそうっスけどそういう話じゃなくて」

 いつだったか、伏見から聞かされた例え話を三ツ江は思い出す。

「ヘンな話、誘拐っつーのはお互いに信頼がねぇと上手くいかない犯罪なんスよ」

 奇妙な話ではあるが、事実だ。

 例えば、子を誘拐された親がいるとする。

 要求は金だ。子どもと引き換えに金を寄越せと誘拐犯は要求するだろう。犯人に金を渡し、無事に子どもが帰ってくれば成功だ。

「親はまず、子どもの安全を確認するっスよね。当たり前っスよ、生きた子どもが帰ってこないといけねぇんスから。でも、それをどうやって信じればいいんスか?」

「それは……」

 誘拐という犯罪、その仕組みに気付いて、お嬢は思案する。

 親にとっては、「誘拐犯が必ず子どもを帰す」と信用するための証拠が必要だ。同時に、誘拐犯としても「子どもを帰せば親は金を払う」と信じることが出来なければならない。

 この二つの条件を満たすことは極めて困難だ。

 古今東西、様々な方法が試されてはいるけれど、結局はお互い地道に実績を積み上げる他にやりようがない。

 素人には到底実現不可能な犯罪――なのである。

「ヤクザにも似たようなところがあって。そりゃ、俺らは法律とか知ったこっちゃねぇっスけど、なんでもアリで好き勝手にやってたら潰されます。だから堅気の……えーと、一般人に手ぇ出したりはしねぇんですよ」

 仁義、あるいは侠気。

 儒教思想における徳目から取った、無法者のヤクザが守るべきルールだ。

 仁、義、礼、智――ええと、あとなんか色々。

 詳しくは三ツ江も知らない。伏見辺りはこういううんちくを嬉々として語るタイプなので、いずれ聞いてみればいいだろう。

 とはいえ、三ツ江だって基本くらいは弁えている。

「まー、俺らはヤクザなんでナメられちゃダメなんスけど、だからって怖がられ過ぎてもダメなんすよ。住宅地にクマが居れば、そりゃ殺されちまうでしょ」

 何をするか分からない犯罪者、ではダメなのだ。

 あの人らは悪いことをするけど、ルールを守っていれば安全だ、と思わせなければならない。

 江戸時代から続く、犯罪者なりの生存戦略。

「お嬢がやったのはダメな方の暴力っス。ヤクザになりてぇっつーなら、まずはそこんとこ、弁えて下さい」

「……はい。今後は気をつけます」

 ――そんなに強く怒ったつもりはなかったんだけど。

 お嬢の返事はか細く、表情は固かった。

 きっと、初めての失敗のせいだろう。三ツ江にも覚えがある。社会に出て初めての失敗は、大人が思うよりずっと衝撃的だ。

 大したことないと言われても、ついつい思い悩んでしまう。

「ま、交渉は上手くいったんスから。切り替えて切り替えて」

 お嬢の気を紛らわすように、三ツ江は軽く言い切った。

 確かに多少の譲歩はしたけれど、お嬢の蹴りとは関係ない。譲った条件だって全て伏見の想定内だ。

 なにより、今回の案件は採算度外視だと言われている。

 いくら金をかけてもいいから必要なものを準備してこい、というのが伏見の指示だった。

「今日はひとまず屋敷に帰って休みましょう。色々準備しないといけないっスから」

「えっと、エンジンと七輪、それに木炭と石炭ですよね。……伏見さんは一体何をするつもりなんでしょう?」

「さぁ?」

 指示された物を指折り数えるお嬢に、三ツ江は緩く首を傾げる。

「……三ツ江さんも知らないんですか?」

「や、自分が言われたのはさっきの交渉周りのことだけっスよ? あとはコレっスね」

 そう言って取り出したのは、布とリボンで丁寧に包装された塊だ。片手で受け取ったお嬢は、その重みに慌てて右手を添える。

「三ツ江さん、これって……」

 リボンを解いて包みを剥ぎ取り、布の隙間から見えた金属質の輝きに確信する。

 拳銃だ。

「いわゆる銀ダラってヤツです。お嬢の護身用にって、兄貴が」

 ホルスターから銃を抜いて、お嬢はグリップを握りしめる。

 無言のまま、見様見真似で正面に構えた。

「……こういうのが必要になるかもしれない、ってことですよね」

「や、違うっスよ? こりゃ護身用です。保険っスよ」

 包みの中身はトカレフと革製のホルスター、それに銃弾が入った弾倉。それだけだ。予備の弾もない。

「弾数が限られてるんで練習も出来ませんし、そもそも拳銃なんて当たるもんじゃねぇです。一応、銃身の頭とケツに照準はついてるんスけど……」

 説明しながら、三ツ江は銃身に手を添えた。

「余裕があるときは、地面に銃口を向けて威嚇する。余裕がないときは、こう……相手の身体に押し付けて使ってください」

 銃本体がいかに精緻極まる構造だったとしても、その原理はシンプルだ。筒の中の火薬が爆発して鉛玉を飛ばす。つまり、反動が生じるのである。

「弾を撃った時って、こう……がつんとくるんスよ。がつんて。下手すると手首痛めますし、狙っても簡単には当たりません。弾に余裕があれば訓練も出来るんスけど……」

「……こっちで弾を作ることって出来ないんですか?」

「んー。出来なくはねぇと思うっス。でも、兄貴にはその気がないみたいなんスよ」

 頬を掻いて、三ツ江はお嬢からトカレフを受け取る。

 銃の製造なんて異世界物じゃ定番の展開だ。製造する為のサンプルなんて千明組にはいくらでもある。火縄銃から自動小銃まで、その進歩速度は現実世界の比ではないだろう。作れば作るほど儲かるはずだ。

 けれど、

「どうも、こっちの世界には既に火薬があるみたいなんスよ。金属の筒に火薬と鉛の玉を詰める、ってことを知られちまったら誰だって銃を作れる。そういう状況で弾丸を作ればどこから情報が洩れるか分からねぇ、てことらしいっス」

 ――現実世界での歴史上、火薬の発見から銃の発明にまでは大きな開きがある。

 その違いは発見と発明の差だ。

 木炭、硫黄、硝石――黒色火薬の材料は精製の必要すらなく、ごく当たり前に存在する。あとはそれら三種の物質を混ぜる偶然があればいい。

 対して、銃の発明とは悪意そのものだ。

 危険な物質である黒色火薬を兵器として利用しようと発想し、爆発に耐えうる銃身を作り出すための精錬加工技術を備え、そこで初めて銃という概念が成立する。

「だから、銃を撃つときは他の人間に見られないよう気ぃ付けてくださいね。もちろん、お嬢の命がかかってるときは別っスけど」

 三ツ江はそう言葉を結んで、馬車の座席に身体を預けた。



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