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異世界ヤクザ千明組  作者: 阿漕悟肋
衰退森林都市・アウロクフト
71/130

070話.ヤクザ、答えを得る。

 白金貨。

 アルカトルテリアにて使われている、金貨の次に価値のある通貨だ。

 白金とは言うがプラチナではない。白色金、金と他の金属による合金だろうというのが伏見と三ツ江の見立てだった。

 混合する金属は、例えば銅や銀、そして――

「――アクィールさん、精錬とは言いましたが、この白金貨には一体何が混ざってんですか」

「ニッケルという金属なのですが……伏見さんはご存じありませんでしたか」

 あっさりとしたアクィールの物言いに、伏見は疑問を抱く。

 元の世界の科学史においてニッケルの精錬がいつかなど、ただの一ヤクザである伏見には知る由もない。けれど、この中世然とした異世界、それより遡った千年前にニッケルの精錬法が存在するなどいかにも不自然に思えた。

「この辺り、かつてのアウロクフト勢力圏内では金に次ぐ価値があるんですよ。特にエルフの方々には珍重されているようで」

 アクィールの語り口はいかにも商人らしい饒舌さで、疑いなど何も持っていない。

 当然と言えば当然だろう。技術というものは「当たり前だから有る」のではない。「有るから当たり前」なのだ。

 実在する物質を疑うことは極めて難しい。現代の日本人が、シリコンウエハーの組成も知らぬままスマートフォンの利便性を享受しているように。 

「その、衰退以前のアウロクフトってを教えちゃ貰えませんか」

「お恥ずかしい。子どもも信じぬようなお話ですよ。決して折れぬ剣や雷鳴轟くチャリオット、そんな力を持つ神々が周辺諸族を制覇し、平定していく物語です。幼いころには憧れたものですが――いやはや、お話はお話ですね。その末裔たるエルフの方々には、そこまでの力はないようで」

 頭を掻いて、アクィールははにかむように笑った。

 この世界における英雄譚、という訳だ。

 娯楽に乏しいこの時代、子どもたちは過去の英雄に胸を躍らせるのだろう。現代では漫画やアニメの役割だ。大人になれば、そんなお話は嘘だと皆が悟る。

 しかし、どうやら――アクィールは、大人になっても憧れを捨てきれない類の人種らしかった。アウロクフトとの接触を試みていたことも、あるいはそんな理由からかもしれない。

 それはまるで、トロイアを発掘したハインリヒ・シュリーマンのように。

 神々が実在するこの世界で、お話はお話と言い切ってしまうことはいまいち腑に落ちないけれど、それはやっぱり常識の違いだろう。

 都市圏そのものが大地を闊歩することはアクィールにとっての常識で、決して折れない剣はアクィールにとっての非常識な訳だ。

「そのお話、始まりと終わりはどうなるんですか」

「ふむ……。そうですね、始まりはよくあるものですよ。未開の地に神々が降臨し、人々に文明と力を与える。一方で終わりは地方によっていろいろありますな。洪水や敵対した都市との争い、滅びずに別の土地へと移り住んだパターンもある。だからこそ興味深い訳ですが」

 ファティの家を出てからも、アクィールの話は続く。

 民俗学も成立していないような時代だ。まして大商会の主であれば、英雄譚のような子供じみた話をするのは憚られるのだろう。子、怪力乱神を語らず、という訳だ。

 それでも、伏見にとっては興味深い。

 伝説や歴史は、時代を越えた伝言ゲームだ。

 辿る経路によって様々な内容に変化し、世代を重ねれば重ねるほど真実から遠ざかる。嘘というよりは、誤解や誇張から生じる乱れのようなものだろう。

 似たような話が混同されたり、あるいは分化して各地に残される。その流れは生物のDNAにも似て、過去の事実には決して届かず、けれど過去を知る手がかりにはなる。

「なるほど、なるほど。……なんつーか、共通点みたいなもんはありませんか? いくつもあるお話の中で、よく登場するような終わりのきっかけは」

「……いいところを突きますね……」

 今の状況も忘れて、アクィールはまじまじと伏見を見つめる。

 同好の士を見つけた、とでも言いたげな表情だった。

「伏見さん、どこかで史学を学ばれたので?」

「いやぁ、素人の趣味程度で」

 学んだというよりは、オタク趣味により培われた謎知識なのだけど、敢えては触れない。ヤクザにはヤクザなりの面子があるのである。

「それで、どうです。例えば――雨や、霧。そういうキーワードは出て来ませんか」

「え、ええ。病の雨や戦場に満ちる霧、あとは血に染まる川なども、アウロクフトの伝説にはつきものですが……なんで」

「ははぁ、なるほど。それでか」

 疑問に答えることもなく、伏見は思考の海へと沈んでいった。

 揃えられた情報を並び替え、積み木のように組み替える。確信に至らない脆弱な根拠はまるで役に立たない。出来上がるのは、正答に届かないあやふやな仮説だ。

 けれど、答えは既にここにある。

 順序は逆でいい。逆しまに、答えから情報を辿り事実へと枝を伸ばせば――。

 立ち止まっていた伏見を、アクィールは不思議そうに眺めていた。

 無理もない、時は一刻を争うのだ。

 アウロクフトの神敵は変異の兆しを見せて、アルカトルテリアがこの地を離れるまでもう間がない。身を守りつつ、なるべく多くの家財を避難させなければならない。そんな状況。

「そういやぁ、聞いてなかった。アルカトルテリアの神敵っつーのは、一体どんなもんなんですか」

 突然の疑問に、アクィールは目を丸くする。

「はぁ……。私たちにとっての神敵は、『偽物』ですよ。本物と見分けがつかず、商契約を交わした後で土くれに変わる。アルカトルテリアが交易路を歩み続ける限り現れることはありませんが……まだご存じなかったとは」

 それも今さら、と呆れたように付け加えた。

 確かに、本当ならもっと早く知っておくべきだったのだろう。イミュシオンと最初に接触したときもそうだ。性質と弱点を知っていれば、三ツ江が被害を受けることもなかった。

 伏見には縛りがある。

 千明組が異なる世界からやってきたという事実を知られてはならない。そんな縛りだ。都合上、この神域都市世界(命名は伏見、中二病気味)にとって常識である情報こそ手に入れることが難しい。

 とはいえ――最初から素直に聞いていれば、もっと早く、このルールに気付けていただろう。

「アクィールさん。ちっとばかし状況が違っちまった。手を引くっつーのは無しだ」

 踵を返す。

 向かう先は村の外れ、千明組が所有する小屋だ。やるべきことを組み立てながら、伏見は足を速めた。

「しかし、変異が――」

「いやぁ。イミュシオンは変異なんてしてねぇよ。俺らを襲ったのは連中のルール通りだ。まだ証明出来ねぇけど」

 振り向いた伏見は、歯を剥いて笑う。

 答え合わせはもうすぐそこだ。

 とっくに見えていた筈なのに、気付いていないだけだった。

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