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異世界ヤクザ千明組  作者: 阿漕悟肋
衰退森林都市・アウロクフト
68/130

067話.ヤクザ、警戒する

 三ツ江とお嬢の仲裁を終えて、伏見はようやく仮眠に入った。

 昨日から働きづめだったのだ。早朝にアルカトルテリアを発ち、昼過ぎにはエルフとの交渉とイミュシオンとの遭遇。逃げるために森を駆けずり回り、それが終われば三ツ江の治療のためエルフの村へ。

 当然、帰るためには暗い森の中を歩かねばならず、トルタス村へたどり着いた途端に再びイミュシオンとの遭遇だ。

 とどめを刺した後も休む訳にはいかず、アクィール商会と千明組本宅に使いを走らせて後の警戒の目途を立て、ようやく当初の目的であった組長への報告を果たし――と。

 多少の休息を挟んでいたとはいえ、さすがに限界だった。

 そんな状態でも、現在の状況や事後の対策をきっちり三ツ江に引き継いでから休息する辺り伏見の性格がうかがえる。舎弟の三ツ江としては頭の下がる思いだ。

 伏見が残した指示は、イミュシオンに対する警戒である。

 伏見、三ツ江に続いてトルタス村に居たファティとシルセが襲われた。それはつまり、この村が危険だということだ。

 まずは千明組の身内である組長と山喜、八房とお嬢の安全を確保する。

 アクィール商会の重要人物であるファティに、アウロクフトとのパイプ役であるシルセもだ。

 そのための作業を、二人は黙々とこなした。

 三ツ江は口を閉ざすと決めたようだ。お嬢が何を話しかけても、必要最低限の言葉しか口にしない。普段は軽薄で緩い三ツ江にこんな一面があるのだと、お嬢は初めて知った。

 逃走の準備が終われば、次はイミュシオンへの対策だ。

 イミュシオンの弱点は炎、塩、そして酒。

 塩と酒はこの村では高級品で、中々手に入らない。そのため村の各所に篝火を配置し、念には念を入れてガソリンと陶器の小瓶を複数用意する。

 村人らの炊き出しを手伝ったあと、遅いの昼食を終えて――三ツ江はようやく、重たげに口を開いた。

「……若衆見習い、っていうことらしいっスけど。そもそもお嬢はウチの組織図ってどれくらい把握してるんスか」

「えっ、あ、はい! なんですか!?」

「組織図っス。誰が偉くて誰が下かっつー話」

 いきなり話しかけられて戸惑うお嬢を前に、三ツ江は木の枝を一本拾い上げる。

「……正直、殆ど分からないんです。父は、組の仕事に近づけさせませんでしたから」

「ヤクザっつーのは、血じゃなくて盃事で繋がってるんス。盃事っつーのは……テレビかなんかで見たことねぇっスか。あの赤くてひらったい皿で酒飲むヤツ」

 手にした枝で地面に丸を二つ描いて、一本の線でつなぐ。

 お嬢の返事を待たず、三ツ江は言葉を続けた。

「盃事にはいろいろあるっスけど、まぁ親子盃と兄弟盃だけ覚えといてください。例えば、親父と山喜の伯父貴は兄弟盃っスね。山喜の伯父貴は組のモンじゃねぇんスけど、親父の客としてウチに居ます」

「え……、山喜の伯父様って、親戚じゃなかったんですか……!?」

 知らなかったらしい。

 盃事による家族関係はヤクザの専売特許という訳ではないけれど、一般人の目からは奇異に見えることだろう。身内にヤクザがいるとはいっても、お嬢はそういった事情から遠ざけられてきたのだ。勘違いするのも無理はない。

「んでもって、親父と親子盃を結んでんのが伏見の兄貴と自分っスね。ホントは他にも何人かいたんスけど、こっちの世界には居ないんで」

 最初に描いた丸の下に、自分と伏見を示す丸を二つ、地面に描いた。

 ――遅まきながら、お嬢は違和感に気付く。

 口調はいつもどおりに戻してはいても、三ツ江は自分と会話をしていない。ただただ、一方的に説明しているだけだ。

“さっきあんなことになったんだから、仕方ないかもしれないけど……"

 せめてもの仕返しに、お嬢はむっと頬を膨らませる。

「で、他の面子は全員親父とは盃を交わしちゃいません。要は見習いっスね。親父に認められて盃を受けるよう頑張ってるわけです。自分や伏見の兄貴は、だからあいつらの兄貴じゃないんスけど……まぁ、ウチはアットホームなヤクザなんで」

「アットホームなヤクザ」

 バイトの求人みたいな言い方だった。

 ともあれ、三ツ江の説明でお嬢は千明組の組織図を理解する。

 組長が父親で、伏見と三ツ江は子ども。

 他の人間は子ども未満、見習い、下っ端みたいなものだ。

「じゃあ、私は見習いの見習いってことですね。一番偉いのは父で……」

「や、違いますよ。一番偉いのはトシエさんっス。逆らったら親父だろうが兄貴だろうが文字通り冷や飯食わされるんスよ」

「……それは、サトウのごはんかなにかでは」




 三ツ江の言葉間違いで空気がほんのり和らいだと同時、周囲で飲み食いしていたトルタス村の住人がにわかに騒ぎ出していた。

 つられて顔を上げると、村の入口から三ツ江らの居る広場に向かって土煙が上がっている。

「……馬車、ですか?」

「思ったより早かったっスねぇ。お嬢、一応下がっといてください」

 三ツ江は左手でお嬢を庇い、右手を腰に回す。

 ――この世界の人間には、奇妙な膨らみ程度にしか見えないのだろう。けれど、お嬢はそれに見覚えがある。

 ジャージの上着に隠されているのは、拳銃とホルスターだ。普通に生きていれば、テレビドラマの中か、警官の腰に吊るされているものくらいしか見る機会はない。

 ヤクザになるということは、そういった危険物に近づくということだ。銃のない日本社会に生まれたお嬢にとって、銃を扱うことには忌避感があった。

 馬車から飛び降りたのは二人にとって顔見知りの人物で、三ツ江は身構えを解く。

「ああ、君はええと……三ツ江君だったか。良かった、村は無事なんだね。娘はどうしている? 伏見君は?」

 矢継ぎ早にまくしたてたのは、ファティの父親、アクィールだ。着の身着のままといった格好で、村のあちこちを見回している。

「……三ツ江さん、この人って……」

「そうっス。兄貴が前もって知らせてたんスよ。娘さんがイミュシオンに襲われたって」

 トルタス村からアルカトルテリアの中心部まで、馬車なら約六時間ほど。

 連絡を受けてすぐにやってきたのだろう。地位のある者は衣服にも気をつかうものだが、今のアクィールはまるで寝起きのような恰好だ。

 髪は乱れ、汗はなくとも肌には油が浮く。

 威厳の欠片もないその姿は、娘を心配するただの父親でしかなかった。

「まぁまぁ。アクィールさん、まずは落ち着いて。ファティの嬢ちゃんは無事っスよ。今案内しますから」

 三ツ江が先導し、その後ろにアクィールとお嬢がついていく。

 こういった対応も伏見から引き継ぎされたものだ。つくづく如才ない。

「そんで、アクィールさん。伏見の兄貴が依頼してた救援物資の方はどうしたんスか?」

「あ、ああ……それなら、後から来るはずだ。しかし伏見君は? まさか彼も……」

 落ち着きなく、アクィールは周囲を見回す。

 神敵に襲われるかもしれない可能性は、この世界の住人にとってそれほど恐ろしいものなのだろう。それにしてもいささか過剰な反応だ。

「兄貴は仮眠中っス。そろそろ起きるころだと思うっスけど……なんかあったんスか?」

「いや、実は……」

 アクィールは声を落とし、誰にも聞かれぬよう三ツ江の背中に近づく。

 再び周囲を見渡すが、警戒しているのはイミュシオンではない。周囲にいる村人たちだ。

「……私たちの方でも、問題が発生したんだ。腕時計の分析と研究を行っていた工房が、イミュシオンに襲撃された」

 その言葉が意味するものを、三ツ江はゆっくりと噛み砕いていく。

 千明組が進めていた様々な計画、その根底にあるべき基盤そのものがひび割れる音を、三ツ江は確かに聞いていた。

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