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異世界ヤクザ千明組  作者: 阿漕悟肋
衰退森林都市・アウロクフト
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066話.ヤクザ、突き放す

「やめといた方がイイっスよ。ヤクザになんてなるもんじゃねぇっス」

「……三ツ江、さん?」

 お嬢を見る三ツ江の表情はいつも通りのにこやかな笑顔で、なのに、突き放すような冷たさを感じさせた。

 これまで張り付いていた顔が剥がれ、その下に蠢く得体のしれない感情を覗き見た、ような。

「だって、お嬢は別にヤクザになりたい訳じゃないんスよね? なんかこう、仲間外れにされたような気がして寂しくなってるだけじゃないっスか」

「そんな、こと……」

「いやいや。……元の世界じゃ、お嬢に組の仕事を見せたことなかったっスよね。だからお嬢は勘違いしちゃってるんスよ」

 この世界にやってきてから、三ツ江たちがやってきたことは随分とまぁ人道的だ。

 村の子供を助けたり、村を襲う害獣を駆除したり。

 被災した村の女に仕事を提供したり、悪徳商人をだまくらかして借金漬けにしたりした。

 どれもこれも、あちらの世界での仕事とはまるで違う。

 お嬢がヤクザになろうと言い出したのはそれが原因だろう。気の抜けたような仕事ばかりしてるからナメられているのだ。

 ヤクザなんて、ただの犯罪組織に過ぎないのに。

「嫌われたくなかったんで、ナイショにしてましたけど……例えば、自分のシノギは女子高生の売春管理なんスよ」

「……え」

 三ツ江の言葉に、お嬢の表情が凍り付く。

 無理もない。現代日本において、未成年の性売買なんていうのは犯罪でしかないのだ。生活苦、学費、遊ぶ金欲しさ――何を理由にしても、イメージの悪さが先に来る。

 そんなものが身近に、しかも顔見知りが関わっていると知れば驚くのは当然だ。

「客を斡旋したり、場所を用意したりして。新人の教育とか、もし出来ちまった時には医者の手配もしなきゃなんない。ヤな商売っス」

 千明組の縄張りは寂れた田舎町だ。芸能界には伝手がなく、土建業にも活気がない。

 氷菓子やハッパを扱えるほど大きくもない零細のヤクザにとって、犯罪である援助交際の管理は割りのいい商売だ。

 ……ちなみに、女性向けの男子高校生による援助交際なんかも三ツ江のシノギだったりする。その辺を語ると話がややこしくなるので口には出さないけれど。

「お嬢のクラスメイトにも、うちで働いてる子いたんスよ? 自分らはそういう金でメシを食ってきたわけで。お嬢はそんな仕事がしたいんスか?」

「私は……。だって、こっちでは普通のお仕事してるじゃないですか! そんな悪いことしなくても……」

「いずれはそうなるんスよ」

 お嬢の抗弁を、三ツ江は無情に遮った。

「うちがやってるキャバあるじゃないっスか。あそこ、今はウリをさせてないんスけど、それだってスキンが手に入らねぇからっス。子供出来たり病気になったら新しいキャストを用意するのが面倒で。……善意じゃねぇんです。そっちのが儲かるからやってるだけなんスよ」

 反社会的組織であるヤクザにとって、重要なのは善悪ではない。

 内か、外かという概念だ。

 一般人から見れば奇妙に思えるくらい、ヤクザというものは家族を重要視する。盃事による親子、兄弟関係はもちろん、実際の血縁もだ。ちょうど、組長がお嬢を大事にしているように。

 社会に爪弾きにされた彼らは、自らを受け入れない社会を否定する一方で、自らが所属するコミュニティを何が何でも守ろうとする。

 組にとっての「内」は構成員やその家族。

 トルタス村の住人やアクィール商会、キャバレークラブさくらの従業員は内寄りの外。

 その他は全部外で、彼らにとっての食い物でしかない。

 現在指揮を執っている伏見は敵を作らないように行動しているけれど、「内」の為ならばアルカトルテリアという都市ですら犠牲にすることを躊躇わないだろう。

 だから、ヤクザは社会の癌なのだ。

 日本という社会を害してでも、自らと、自らの組織を守ろうとするから。

「ヤクザになりたくて組に入ったヤツとか、ヤクザになるしかなかったヤツは別っスけど。お嬢みたいな普通の人が、ヤクザになんてなっちゃダメっスよ。後悔するだけっス」

「でも、三ツ江さんはいい人なのにヤクザやってるじゃないですか。だったらなんで、そんなこと言うんですか!?」

 大の男相手に、お嬢は食って掛かる。

 誰が反対しても、三ツ江だけは味方をしてくれると信じていたからだ。無意識であったその感情を、お嬢は今更自覚する。

 詰め寄られた三ツ江は、一歩退き、その顔をわずかにゆがめた。

「ヤクザになんて、オレはなりたくなかったからだよ!」

 ――怒鳴りつけたのは、自分なのに。

 怯えたのは三ツ江の方だ。一瞬放心したあと、自分の言葉に気付いて顔を背ける。

 垣間見えた横顔は、ざっくり傷ついたように見えた。

「……すいません、大声出しちまって。ちょっと頭冷やしてきます」

 頭を下げたあと、三ツ江は川の方角に歩いていく。

 少し離れ、振り向いたその顔は叱られた犬のようだった。

「でもやっぱり、賛成は出来ねぇっス。こればっかりは」

 そのまま、三ツ江は立ち去ろうと――したのだろう。

 小屋の扉が開いたのは、ちょうどそんなタイミングだ。

「おう、三ツ江。帰ってたんだな」

「……兄貴」

 バツが悪そうに、三ツ江が足を止める。

 組長への報告を済ませた伏見が扉から顔を出していた。靴を履きながら外に出て、お嬢と三ツ江を交互に眺める。

「お嬢。三ツ江のヤツが何か言ってたみてぇですが、とりあえずお嬢の処遇は決まりやした。まずは若衆見習いとして、組の仕事を体験して貰いやす。それでもウチの組に入りてぇって言うんなら――そん時は、親父とよく話し合ってください」

「……はい」

 三ツ江の手前、快く応えることが憚られたのだろう。お嬢は遠慮がちに頷いた。

 次に、伏見は三ツ江の肩へと手を回す。

「あのな、三ツ江。テメェの気持ちも分かる――いや、分かるなんて言っちゃいけねぇか。とにかく、お嬢の道はお嬢が決めるべきだ」

「……うす」

 不満げにではあるけれど、三ツ江も頷く。

 ひとまずの仲裁を終わらせて、伏見が顔を上げた。二人を視界に収めて、口を開く。

「お嬢の教育係は三ツ江に任せます。組に入りてぇって言うなら、まずはこの三ツ江を納得させてください」

「兄貴、俺はそんなの……」

「うるせぇ。言っとくが、変に邪魔したら問答無用でお嬢を組に入れるからな。――お嬢も、甘えた事抜かすようなら試験は終わりです。いいですね?」

 伏見に出来るのはここまでだ。

 今回の一件、心情的にはお嬢の味方だが、かといって贔屓する訳にもいかない。

 伏見の視線を受けて、お嬢は挑むように一歩、前へと進み出た。

「――はいっ! 三ツ江さんも、ご指導お願いします!」

 背筋をしゃんと伸ばし、目が眩まんばかりのまっすぐな表情で、お嬢は二人のヤクザを見つめる。

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