059話.ヤクザ、えずく
「対策もなしに、よくもまぁ……」
伏見達の会話を聞いて、という訳でもないだろうけれど。
呆れたように、シドレは口を開いた。よくもまぁイミュシオン相手に生き残れたものだ、なんて言葉が続くのだろうか。
「言っとくが、無事じゃねぇからな。そっちの神敵に身内がやられてんだ、きっちり落とし前つけて貰わねぇと」
「わかってますよぅ」
伏見らはあくまでもヤクザなのだ。
普段ならば虚勢を張って力を大きく見せもするが、今は被害を受けた状態だ。脅しも被害も、安く買いたたかれれるのは戴けない。
「しっかし、ありゃなんで俺らを襲ったんだ? 誰彼構わず襲い掛かる性質でもあんのか?」
「まさか。そんな都市があれば、周囲の都市が黙っていませんよ」
独り言のように、ただ前だけを見て呟いていたシドレがふいに足を止めた。遅れて、背後の伏見も足を止める。
手を伸ばせば抱き寄せられるような距離で、シドレは振り向き伏見を見上げた。
「聞きたいのはこちらの方。――伏見、貴方は一体何をしたんですか?」
「俺に聞かれてもなァ。イミュシオンに関しちゃそっちのが詳しいだろ」
考えるにしても情報が足りない。
伏見が知っているのは自分で見たこと、それにシドレから聞いたことだけだ。おまけに――そもそも、伏見らはこの世界における常識すら知らない。この世界に生まれ、少しずつ経験と知識を重ねたシドレとは情報量が違いすぎる。
それでも、無理くり仮説をひねり出すとしたら――
「うちの三ツ江がイミュシオンに触っちまったから、ってのはどうだ」
「有り得ません。そもそも、普段は無害な存在ですから」
「……無害って、神敵は都市を滅ぼそうとするもんじゃねぇのか?」
少なくとも、トルタス村のゴブリンはそんな存在だった。
まず女王が発生し、子を産んで増えていく。村を滅ぼす為に必要な数が揃えば、死すら厭わず人々を襲うのだ。
トルタス村が例外なのか、あるいは――殺す以外に、都市を滅ぼす方法があるのか。
「いいえ、イミュシオンは私たちを滅ぼし続けているんですよ」
シドレがまた、森を歩き始めた。
行く手を遮る木々が道を開け、鬱蒼とした茂みや下草は自ら編みあがって地面を舗装していく。
「イミュシオンは、私たちがかつての栄光を取り戻そうとする度に現れ、その芽を摘んでいきました。森を切り開き畑を作ろうとした者、鉱床を発見し採掘した者、古文書を元に、新たな道具を作り出した者――それら全てが、イミュシオンに侵され命を落としました」
とうとうと、語る。
「彼らは、アウロクフトの進歩を拒絶するんです。決して許さない。外地から技術を取り入れようと、必ず邪魔をするんです。まるで――」
まるで、時の流れを留め置くように。
そう結んで、シドレは口を閉ざした。
確かに、その方法であれば都市――文明を滅ぼすことが可能かもしれない。
人は決して歩みを止めないものだ。成否を問わず、思いついたアイデアを試し、あるいは過去を復権させて時代を変化させていく。
過去のまま姿を変えないアウロクフトの森は、老人にとっての理想郷だろう。いつまでも変わらぬ我が故郷――という訳だ。
子供たちはすぐに飽き、森を捨てて、新天地を目指す。仕事と家族を得て、彼らは新たな土地へと根を張り――やがて老いたとしても、果たして何割がアウロクフトへ戻ってくるだろうか。
衰退森林都市・アウロクフト。
その名の意味は明白だ。
衰退を続け、いつかの滅びを約束された都市。
自家中毒に侵された人の群れ。
「……俺らは、アルカトルテリアの方で新技術の開発やらなにやらやってんだが。それが理由か?」
「彼らが襲うのは私たちだけですよ。私たちだって、知識だけなら襲われません」
ならばやはり、条件に合わない。
今回はなんとかやり過ごしたが、次も襲われるというのなら話は別だ。エルフと関わることすら危険だと言うのなら、今後は一切の接触を断つべきだろう。
物思いにふけり始めた伏見の様子に、シドレは自嘲めいた笑みをこぼした。
「私たちは慣れてますから、同情はいりませんよ」
別に、同情していた訳ではないのだけれど。そんな風に見えたのだろうか。
「そうそう、さっきのお話はなかったことにしましょうね。そちらの治療が終わったら、伏見はさっさと帰って下さい。以降、接触はなるべく控えましょう」
その言葉は、別れを楽しんでいるように聞こえた。
外部との接触を断っているアウロクフトにおいては、伏見のような異邦人との会話ですら貴重なのだろう。今生の別れすら物珍しく、楽しんでしまえるくらい。
「……それはいいけどよ。組長の件はどうなるんだ?」
「大丈夫ですよ、必要な分は渡してあります」
後は自分で確かめてくれと、シドレの目が語る。
つまりは、収穫ナシと言うことだ。散々な目に遭った挙句、何の成果も得られなかった。
まぁ、そういう日もある。潔く諦めて、伏見は一つ、溜息を吐いた。
「あ」
また唐突に、シドレが声を上げた。足を止めて、歪んだ木の幹に手を伸ばす。
「……どうした?」
「いえ、ちょっと」
言葉と共に、木の皮がひび割れる。その裂け目からごろりと白い塊が転がり落ちて、シドレの手にすっぽりと収まった。
覗き込んだ伏見の口から、げ、という音が漏れる。
その白い塊は何かの幼虫だった。蛇腹状の胴体が蠕動し、無数の足が蠢いていて気持ち悪いことこの上ない。
「……あー、アレだ。木の保全だよな。そういう虫が居ると木が弱るらしいし」
嫌な予感をかき消すように口を開いた伏見に対し、シドレの反応は冷酷なものだった。
手近な木から大きめの葉をちぎり取って幼虫を包み、腰のあたりの結び目にそれを吊るす。
「茹でて食べると美味しいんですよコレ。伏見にもごちそうしましょうか」
「……マジでか? マジで食うの?」
「そりゃそうですよ。外地の人と違って、肉の類は貴重ですから」
どこの部族だ、なんてツッコミを呑み込んだ。呑み込むしかなかった。
昆虫食自体、世界各国で行われているものだ。エルフが森の中で生活しているというのならたんぱく源は確かに貴重だろう。伏見には経験がないが、イナゴや蜂の子などは日本でも食べられているけれど。
なんというかこう、生きてる姿をまじまじと見てしまえば、胸にこみ上げるものがあった。
「……この際、色々聞いてみたいんだがよ。アンタらは一体どういう生活してんだ?」
今後、千明組としては関われない。それは確かなのだけれど。
そこはそれ、伏見個人はエルフに幻想を抱いていたのである。
出来ることなら、昆虫食よりもインパクトのある思い出が欲しかった。




