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異世界ヤクザ千明組  作者: 阿漕悟肋
ヤクザ、異世界に行く
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005話.ヤクザ、食らいつく

 伏見達は決して走らなかった。

 走ったところで間に合うとは限らない。体力は無限ではないし、ゴブリンが襲い掛かってくる可能性もある。見ず知らずの人間を助けるために、自分と――身内の命を危険に晒すのはどう考えても割に合わない。

 それでも、気は急く。

 先行するのは身軽な伏見だ。鉈を片手に、周辺を警戒しながら進む。三ツ江には後方を任せ、シルセがその背後を見張っていた。

 任された仕事をよくこなしている。シルセは先ほどまで取り乱していたけれど、三ツ江の説得が効いているようだ。それでも、伏見は背中越しに二人の焦れを感じる。

 焦りを含んだ視線に追い立てられ、伏見が足早に歩みを進めた。

 やがて草原が終わり、青麦の穂が揺れる村の畑に差し掛かる。

「……三ツ江。草の動きを警戒しろ。連中が隠れてるかもしれねぇ」

「ウス」

 小高いあぜ道の上を、日本のヤクザが鉈を片手に、言葉もなく歩いていく。

 景色そのものはのどかで、牧歌的ですらあった。農協のCMみたいな、美しくはあるけれど何もない風景。

 その向こうに焼けた村がなければ、もっと穏やかに歩いて行けただろうに。




 伏見らが村に辿り着いた頃、火の手は既に消されていた。

 火元は村を囲む防柵だ。水や砂を掛けられて 煙も残っていないが、焼け焦げた匂いが鼻腔をくすぐる。

 同じような痕跡は村のあちこちに見受けられた。土、刈り取られた草や湿った落ち葉、濡れた洗濯物まで使って必死に炎を消し止めたのだろう。

「……生存者はいるんだな」

 あのゴブリン共に、つけた火をわざわざ消火するような習性がない、という前提の話ではあるけれど。

 それは、救いのある話だ。 

 シルセの村は、伏見が思っていたよりもずっと大きな集落だった。木造平屋の建物が密集して立ち並び、頑丈そうな柵に囲まれている。

 この規模なら、住人は百人前後だろうか。

 柵は既に一部が破壊され、全焼した家があり地面には血が染み込んでいても、生存者がいるのならまだ救いはある。

 柵には入口が用意されていたが、番をする者がおらず閉ざされたままだ。仕方なく、伏見らは柵の壊されている場所に向かう。

 近づくにつれて、襲撃の痕跡が鮮明になっていった。

 襲撃者は森から集団で現れ、麦に隠れながら村に近づいたのだろう。畑の半ばで気付かれると、その後は青麦を踏み荒らしながら柵に向かい、重量のある武器――斧や鉈、手斧などで柵を滅多打ちにした。

 畑や防柵に残された痕跡からはそんな成り行きがうかがえる。

 シルセを襲った時もそうだったけれど、道具を使う程度の知能はあるらしい。

 防柵を破るだけでも相当の個体が命を落としたようだ。木の杭にすがるような形で、ゴブリンの死体が無数に転がっている。

 そして、それでも襲撃を防ぐことはできなかった。

 壊された柵から、何十匹ものゴブリンが村に侵入したのだろう。村の中にもゴブリンの死体が散乱している。

 人の遺体は見つからないが、救いにもならない。

 ゴブリンの生態はシルセから聞いていた。連中にとって、人は獲物なのだ。獲物を狩って、その場に捨て置くはずもない。安全な場所まで運んで、食べやすいように解体する。

 想像してしまった光景を振り払うように、伏見が進んでいく。

「兄貴ィ! 人いますよ人!」

「うるせぇ、見えてるよ」

 壊された柵の向こう、槍を構えた村人と目が合った。

「……警戒されてるな」

「そりゃ、鉈持ったヤクザが近づいてきたらそうなりますよ」

「そういうことじゃなくて」

 見知らぬ人間を警戒しているのも確かだが、それ以上に村人の表情からは疲労や恐怖が垣間見えた。

 無理もない。きっと、襲撃から一時間も経っていないはずだ。その直後に見たこともない格好の男が現れたら警戒して然るべきだろう。戦闘後の興奮も警戒心を助長させる。

「怪しいもんじゃねぇ、この村の子供を保護したんで届けに来た! ……いや、ぼーっとしてないで後ろ向け後ろ」

 村人に聞こえるように大声で、後半は三ツ江に向けて細々と。

 三ツ江が背中のシルセを見せるなり、村人の男は槍を取り落として膝から崩れ落ちる。脇からはもう一人の村人――年増の女がシルセへと駆け寄った。

「シルセ、あなた、生きて……!」

「おかあ、さん……」

 感動の再開をおっぱじめるが、ちょっと待ってほしい。巻き込まれた三ツ江が微妙な表情になってる。

 おかあさんと呼ばれた女性を避けながら、背負子のベルトを強引にほどいていく。開放されたシルセを抱きしめると、ようやく気付いたとでもいうように、母親が伏見を見上げた。

「あなたは……」

「さっきも似たようなこと言ったなァ」

 つい数時間前のことを思い出し苦笑する。

 シルセには警戒されたので、無難に言葉を選んで。

「最近ここらに越してきたもんだがね、良ければ話を聞かせてもらえねぇかい」

 そんな状況じゃないだろうが、と内心で付け加える。

 どう見ても。

 この村は、滅亡の危機に瀕しているようだった。




「情けは人の為ならず、ってのはこのことだなァ」

「なんスかそれ。募金詐欺ッスか」

「お前、逆に頭いいな」

 誰かに親切にすればいつか自分にその親切が巡ってくる、という話である。念のため。

 こんな状況でも、否、こんな状況だからだろうか。伏見らはすんなりと村に招き入れられた。

 シルセを助けたことで警戒心がほどけたらしい。今はシルセの母親が二人を先導している。

 槍を持っていた村人はシルセの父親だそうだ。感動の再開もそこそこに、母親の指示で柵の見張りを続けている。ここでもやはり父親の立場は弱い。

 シルセは背負子から解放されたものの、母親がぬいぐるみのように抱きしめてまた拘束されている。肩の上からこちらを見るその顔は居心地が悪そうだった。

 ――シルセの表情は、母親に抱かれていることだけではないだろう。

 予測通り、村の中も酷いものだ。

 通りの隅にはゴブリンの死体が積み上げられている。一部の家屋は扉や壁が破壊され、中から誰かを引きずり出したような跡が残っていた。

 服の切れ端、血だまり、えぐり取られた下顎。

 時折、別の村人ともすれ違うが、その表情は疲れ切っていた。澱んだ目でこちらを見る。

「雰囲気悪いっスねー……」

「そりゃなぁ……」

 村全体に漂う生臭い匂いは伏見ですら気分が悪くなる。この状況であっけらかんとしている三ツ江の方がおかしいのだ。伏見は口元を抑えるが、呼吸を止められるわけでもない。自然、人とゴブリンの血が混ざった空気を吸い、肺を満たしていく。

 向かうのは村の中心、ただ一つ石造りの建物だ。

 生き残りの村人がその場所に集まって作業をしていた。

 思ったより多くの人数が生き残ったようだ。物資を集め、周囲に杭を打ち込んでいる。年端もいかぬ子供たちすら忙しなく働いていた。

「あっシルセ!」

「シルセちゃん……!」

「マキナさんちの子か、生きてたんだなぁ」

 子供たちが集まってくると、大人たちも杭を打つ手を止めてシルセへと視線を集める。

 だっこされたままのシルセがいよいよいたたまれなくなっているので何とかしてあげて欲しい。

 次に視線を集めたのは伏見達だ。見慣れぬ格好のせいもあるのだろう。子供たちは遠巻きに眺めているのみで、村人たちからはやや険悪な目線を向けられる。

「こりゃなんの騒ぎだ? ……ああマキナさん、見張りの方はどうだね?」

 村人の輪を割って、年嵩の男がシルセの母親――マキナへと歩み寄る。

 年齢は四十代の半ばというところだろうか。他の村人よりも明らかに体格が良く、額からこめかみにかけて血の滲む傷口が剥き出しになっていた。

 壮健ではあるが、どこか追い詰められたような印象の男。

「ミゾロさん。この方たちが、娘を助けてくださって……」

「それは……救われる話だ。こんな時だからこそ幸運には感謝しなくては」

 伏見の前に立つと、手を差し出して握手を求められる。

 慣れない習慣ではあるが、挨拶を軽んじれば時に足元を掬われるものだ。ためらう理由もなく、伏見が手を差し出すと、両手で包むように握られる。

「村長のミゾロです。この度は我が村の子を守っていただき、感謝の言葉もありません……! 本来ならば一席設けるべきなのでしょうが、生憎――」

 横目で、ミゾロが村の惨状を示す。

「――今は、余裕がなくて。申し訳ない」

「いえ、私たちは当然のことをしたまでです。よろしければお話いただけませんか? 何か役立てることがあるかもしれません」

 商売用の笑顔、そして社交辞令。

 この世界でも通用するものらしい。

 村長はそれこそ涙でも流しそうな形相で伏見の手を強く握りしめた。やがてそれにも飽きると、石造りの建物の中へ伏見らを招く。

「こちらへどうぞ! マキナさん、何か飲み物を!」

「あっ、はい!」

 ミゾロの先導で、石の階段を上り建物の中へ。

 様式としては、いつかの映画館で見た修道院に似ていた。最も、それよりもずっと小規模だ。正面の扉を抜けると斎場があり、正面には――宗教のシンボルなのか、背中に皿を乗せた亀としか見えない彫像が置かれている。

 空間としては背が低く、邪魔っけな柱が何本も建っていた。それほど建築技術は高くないのだろう、アーチ構造やカテナリー曲線なんかも使われていない。

 村人らをすし詰めにすれば全員が収まるくらいの空間は、けれど粗末な槍や弓、食料の詰まった木箱によって占領されている。ここを最後の砦にするつもりなのだろう。

 伏見らはさらに奥へと案内される。

 祭壇近くの扉を抜けて、ちょっとした小部屋へ。質素ではあるが小綺麗なテーブルや椅子が置いてある。

「――申し訳ない。本来ならば私の家へご招待すべきなのでしょうが、今は……」

「そんな、とんでもない。こちらこそ、お忙しい中お時間を割いていただいて申し訳ない」

 ひとしきり頭を下げて、村長が退出する。何か軽い食事を用意してくれるらしかった。

 ようやく商売用の笑みを消して、伏見が椅子へと腰掛ける。

「んで、どうするんすかコレ。なんかいい感じに滅亡の危機っスけど」

 伏見に倣い、三ツ江も隣の椅子を引く。

 口を挟まなかったのは体に染みついた体育会系の習慣だろう。それはいいが、いつまでもそのまま、こちらに従うだけでは困る。これを機に学んでもらわなくてはならない。

「まずは状況からだなァ。何するにしても、それが見えんことには話にならねぇ。要は俺らのポケットに収まるのか、ってことよ」

「助けられるなら助ける、ってことっスか?」

 なんだかんだ呑み込みのいい三ツ江に、伏見が笑みを見せる。

「ここを確保しねぇと食い物もままならねぇしなぁ。助けられるなら助けるし、助けられねぇってんなら死ぬ前に出来る限りむしり取る。オメェは……そうだな、向こうが吹っ掛けてくるようならキレろ。いつもみたいに、だ」

 笑み、とは言っても。

「知ってっか? 俺ら見てぇなヤクザもんが儲かるのは、堅気の連中が死ぬほど困った時なんだぜ?」

 獲物を前にした、肉食獣のそれだった。




「はぁ。あんま恰好良くはねぇっスね」

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