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異世界ヤクザ千明組  作者: 阿漕悟肋
衰退森林都市・アウロクフト
55/130

054話.ヤクザ、仲良くする

「――さて、この辺りでお話しましょうか」

 シドレらエルフに案内されたのは、伐採地からさらに奥深い森の一角だった。

 陽の光を遮る大樹がその幹をうねらせてテーブル代わりに横たわる。枝から垂れ下がる蔦は自ら編みあがり、椅子として伏見を迎えた。

「エルフの魔法ってのは便利なもんだね」

 腰掛けた伏見の隣には三ツ江が控える。二週間前のゴブリン駆除は組としての仕事だ、関わりのないファティとお嬢はシルセと共に置いてきた。

 対面にはシドレが座り、その両脇を二人のエルフが固める。

 森を燃やした代償を命で償ってもらう――なんて展開にはならないようだが、左右のエルフはそれぞれ弓と杖を手に伏見を睨みつけていた。友好的とはとても言えない。

 エルフに、この樹木を操る能力。伏見は内心、ようやくファンタジーっぽい要素が出てきたことに感動してはいたりするのだけど――

「――しっかしまぁ、気にくわねぇなァ」

 歯を剥いて、伏見がシドレを睨みつけた。

 頬杖を突いて不平を垂れる伏見の挑発を、シドレは脚を組み替えただけで受け流す。余裕ありげなその態度が、伏見の癪に障った。

「あら。何かご不満が?」

「ああ、気にくわねぇとも。そちらさんはなんだい、得物を手に俺らを脅迫してるつもりかい。見ての通りこっちは長物も、棒切れだって持っちゃあいねぇ丸腰だ。話があるってんで来てみりゃあ、茶もでねぇ菓子もでねぇ、弓を片手にガン垂れて来やがる。エルフとやらは礼儀も知らねぇ山猿か?」

「あ゛あ゛!? 姐さんになんて口利きやがる、この……この野郎!」

 挑発に乗ったのは弓持ちのエルフだった。小柄な体躯にすらりと伸びた四肢、目つきは鋭く、吠えるように開かれた口からは鋭い犬歯がのぞく。他の二人と比べれば明らかに若く、青い。伏見の想像通りだ。

 からかいの混じる目つきで、伏見は胸ポケットから万年筆を抜いた。

 蓋を外さないまま、テーブル上の木肌をなぞる。

「ほほぅ、山猿さんは語彙力も足りねぇと見える。文明って知ってっか? 文字読める? こんなとこでお遊戯やってねぇでまずお勉強しねぇとな。ほれ、まず『あ』。おら書けよ『あ』だ『あ』」

「この……っ!」

 激昂し、言葉よりも早くその手が背中の矢入れに伸びる。エルフの少女は理解しているのだろうか。その矢を抜けば、あとに残るのは殺し合いだけだ。素手ならともかく、武器を持てば少女だろうが手加減してやる余裕は伏見にない。

 一触即発の事態を制したのは、シドレの指先だった。

 尖った爪先が、コツンと一度だけ木の幹を叩く。それだけで少女は動きを止めた。

「ごめんなさいね、この子――レーネって言うんだけど、少し怒りっぽくて。レーネ、静かにして?」

「はい……」

 シドレの言葉一つで気勢を削がれ、レーネと呼ばれたエルフが肩を落とす。

 伏見としても、別にここで仕出かすつもりはない。構えを解いて椅子に身を沈めると、蔦の網目がぎしりときしんだ。

「よく躾られてるっスねぇ……」

「なんだろうなー……エルフって割りには、どうもご同業の匂いがするんだが」

 エルフの事情については未だ分からないことだらけだけれど、シドレはルールを破ってまでトルタス村との交流を続けているのだ。アウロクフトにおいて、彼女らは伏見らと同じような役回りなのかもしれない。

 つまりは――法を破って利益を積み上げる無頼の類。

「伏見たちも、あまりからかわないであげてね。そうそう、お菓子ではないけれど、ほら」

 言葉と共に、シドレの繊手が宙をなぞる。

 従者の如く、森の木々が枝を伸ばし、食べごろに熟した木の実を自ら振るい落した。――椅子に座った伏見の足元へ、わざとらしく。

「どうぞ拾ってください? いくらでもありますから」

「……三ツ江」

「うす」

 促されるまでもなく。

 三ツ江が足を持ち上げて、地面に落ちた木の実を踏みつぶした。

「は、中々面白いことするじゃねぇか」

「そちらこそ、小気味いいわ」

 お互いに笑い合う。

 この短期間に随分気が合ったようだ。

 仲が良くて何よりである。




 ご歓談が終われば本題だ。

 ひとしきり笑い合った後、口を開いたのはシドレの方だった。

「確かに、お話を聞くのなら武器を置くべきでしょうね。レーネ、アルデ」

 名を呼ばれただけで、二人のエルフはすんなりと武器を置いた。三ツ江の言葉ではないが、しっかりと躾けられているようだ。上意下達が行き届いている。

 普段はともかくとして、交渉の場では重要なことだ。

 こちらの言う通り、相手は武器を下げた。借りを一つ数えて、伏見が本題に切り出す。

「森を焼いた件で話を聞きたいってことだが、そちらさんはどこまで知ってるのかね」

「一通りは。ゴブリンの営巣地を叩くため、火をつけたとか」

 ゴブリンの襲撃がマトロの企みだった――なんてことはさすがに知らないようだ。

 シドレが知ることの出来る範囲は、シルセら村人から手に入る情報、そして現場を確認することで得られる証拠くらいのものだろう。

「なら、文句はトルタス村の連中に言ってくれねぇかな。元々は連中の依頼だ。火ぃつけたのだってキッチリ村長に確認とってんだよ、こっちに落ち度はねぇ」

「やだ、私、そんな人でなしに見えます? ……あんな事件の後で、彼ら村人に文句なんて言える訳ないじゃないですか」

 澄ました顔で、よくもまぁ。

 気遣うようなセリフを口にするけれど、その言葉には思いやりというものが欠片も見当たらない。あんな貧乏人にかかずらっていられるかと、言外に語るような口ぶりだった。

「私たち、エルメの村が望むのは安全の保障と賠償、それだけです」

「保障と賠償、ねぇ……」

 めんどくさい話になりそうだと、伏見が嘆息する。

 不真面目な態度を隠そうとしないヤクザにシドレは不満げだった。

「もう。私たちだって大変だったんですよ。そろそろ収穫期だからって森を出たら、あの焼け跡を見つけて。事実確認に協議に……もうへとへとです。ようやく伏見と会うことが出来たんだから、きっちり話をつけさせてもらいますよ」

「そりゃあそっちの理屈だ。俺たちが焼いたあの森、別にテメェらのもんて訳でもないんだろ? 賠償なんてもんは受けられねぇな」

 森を焼くにあたって、所有者の有無はトルタス村の村長に確認してあった。その頃はエルフの存在など知る由もなかったけれど、そうでなければあんな無茶――森の真ん中にガソリンを撒いて火を点ける――なんて出来ない。

 そして、もしエルフが森の所有権を主張するようであれば。

「もしあの森がテメェらのもんだって言うなら、こっちはこう言うぞ。テメェらの森で繁殖したゴブリンが村を襲った落とし前、どうつけてくれるんだ?」

「あなたたちが傷つけた森を修復してやるから金を払えって言ってるんです田舎者。これだから外地の人間は……」

 困ったように頬をさすり、シドレが椅子にもたれかかる。

 振る舞いそのものは上品かつ優雅である。けれど、だからこそその節々にこちらを見下すような意図が透けていた。

「森というのは一つの生き物なんです。道を一つ作るだけでその勢力は弱体化する。あなたたちが焼いた場所を癒すには長い時間を要します。私たちはもちろん……トルタス村の人々も、しばらくは獲物が獲れず苦労しますよ」

 お前たちには理解出来ないだろうな、とでも言いたげな溜息でシドレが言葉を終える。

 シドレが語る言葉の意味を、伏見は知っていた。

 生態系という概念だ。

 餌のない焼けた地面には草食動物は近づかず、縄張りの変動が起きる。ドミノを倒すように、強く大きな群れが弱い群れを追い払って、個体数は確実に減少するだろう。種の移動を鹿などに頼っていた植物も同様だ。伏見達が焼いたゴブリンの営巣地が森と呼べる状態に戻るまで、数十年と掛かるだろう。

 村人たちが木材として使える巨木を伐採するのとでは、森そのものに対するダメージが大きく違う。

 森に生きる人の経験則だろうか。

 彼らは、伏見達が元々いた世界でも成立して百年と経たない概念に自ら辿り着いているのだ。

 口には出さずとも、伏見は内心で舌を巻く。

「安全の確保は……言わなくても分かりますね? 私たちの森を同じように焼かれてはたまりませんから。森を焼いた方法の把握、再発の防止、叶うなら予防策の獲得も。……でないと、私たちもトルタス村に商品を卸すことがむずかしくなるかもしれませんよ?」

「はぁん」

 言葉こそ疑問形だが、つまりは脅迫だ。

 正直に言って、千明組にはアウロクフト相手に譲るべき事柄など何一つ存在しない。可能であれば友好関係を築きたい――とはいえ、それは伏見個人の希望である。エルフとの関係はトルタス村、アクィール商会を通した間接的なものであり、千明組にとって必要不可欠であるとは言い難い。

 なるべくなら、友好関係を維持したかった。出来れば交易の拡大も。

 とはいえ――脅しをかけられて、はいそうですかと従えるほどヤクザという商売は甘くない。

「悪いが、そういう話なら帰らせてもらうよ。次があれば、お互い儲かるような話を持って来てくれな」

 席を立つ。

 どうしようもなく決裂だ。

 共通するルールも存在しないのに、相手を一方的に糾弾し情報を獲得せんと企む。そんなものはゆすりたかりと同じだ。相手にする価値がない。

 立ち去ろうと背を向けた伏見の後に、三ツ江も付き従う。

 元々、この村にやってきたのは組長に報告をするためだ。とっとと帰って本来の仕事に戻るとしよう。

 さて、次に彼女らと会うのはいつになるのか――そんなことを考えていた伏見の背中に、シドレは言葉を投げかける。

「えぇっと。そちらの組長にお渡しした薬も供給出来なくなるんですけどー。いいのかなぁ、それ」

 それは、聞き流すことの出来ない一言だった。

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