表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界ヤクザ千明組  作者: 阿漕悟肋
衰退森林都市・アウロクフト
53/130

052話.ヤクザ、折れる

「え、でも兄貴ロリコンじゃねぇっスか」

「……お前、兄貴分に向かってすげぇこと言うな……」

 怒ることも忘れて、ついつい感心してしまった。

 先を歩く女性陣には聞かれたくない会話だ。声を落として、ヤクザ二人が内緒話を始める。

「……まぁ、叱るのは後にしとくけどよ。なんでまたそんなことになってんだ、お前の脳内」

「や、昨日兄貴がマトロの野郎にナシつけて、ファティちゃんの結婚話撤回させたじゃないっスか。アレ、そこまでする必要なかったんじゃないっスかね」

「お前、結構ひでぇこと言うな……」

 伏見としては、どちらでも良かったのだ。

 ファティを助けようと、助けまいと。

 トルタス村を生贄にアクィールを陥れたマトロに対し、伏見の判断は保留だった。

 長い時間をかけて脅迫の材料を集める。材料がなければ作る。協力しながら金を稼ぎ、あるいは騙してでもいずれ主導権を得る――そんな計画だったのだ。

 マトロがあんなぼったくりバーに引っかからなければ、伏見はファティを見捨てていただろう。見ず知らずの少女を 助けるために身内を危険に晒すほど、伏見は甘くない。

 謀略に陥って望まぬ結婚を強いられた少女だ。助けたいと思ったことも、嘘ではないけれど――

「――てかお前、ファティちゃん助けねぇんですかーとか言ってたじゃねぇか」

「そりゃまぁ、助けたいとは思ってたっスよ? でもまさか破談までやるとは思わねぇじゃないっスか。これはもうロリコンじゃねぇっスか」

「……ありゃその場のノリだ。調子に乗ってたっつーのは認めるけどよ」

 ファティへの行為を頑なに認めたがらない伏見に、三ツ江は眉をひそめて囁く。

「んなこと言って。……兄貴の初恋は?」

「ロードス島戦記のディートリヒ」

「ホラぁ!」

「ああ!? やんのかコラ!!」




 ヤクザなのかオタクなのか、いまいち判断のつかない男連中はひとまず置いといて。

 アルカトルテリアが接続してから二週間、馬車と人の足で踏み固められた農道を、少女達は穏やかに歩いていたりした。

 主に話をするのはシルセだ。

 トルタス村で、伏見らが助けた女の子。仕事の邪魔にならないよう、赤茶けた髪は短く切り揃えられ、草木染の貫頭衣に身を包んでいる。都市に住む者と農村に生きる者の違いだろうか、年齢の割りにその表情はあどけなく、内心をそのまま表すようにころころと変化した。

 会えない間に、話したいことが積み重なっていたのだ。家畜は仔を産み、初めて機を織らせてもらい、編み物は少し上手になって。

 言葉の内容と比例するように、シルセはよく笑う。それでも少し、肌に残る直りかけの傷が痛々しかった。

「……そういえば、ファティちゃん何かつけてます?」

 そんな会話の切れ間に、聞き役に徹していたお嬢がたずねる。

 さっきから気付いてはいたのだけれど、ファティが歩くたびに香るのだ。果実のような、甘くてお高そうな香り。

 手振りや髪の流れを追うように、花の蕾がほころぶようだった。

「気付いてくれますか!」

 嬉しそうに振り向いて、ファティは手に持っていた巾着から何かを取り出して見せた。

 子供の手のひらにすっぽりと収まるガラスの小瓶。鳥の形にカットされた細工物のガラスは、血のように濃い香水の色を透かして宝石のように煌いている。

「えっ、すごい、かわいい!」

「えへへ、お父さんにおねだりしちゃいました!」

 アクィールさん、商会の立て直しで大変だろうに……。

 伏見がいればそんな感想を漏らしたかもしれないけれど、シルセらの興味はそんなことより香水だ。二人して、ファティの手のひらを覗き込む。

 香水瓶の蓋を外し手のひらで扇ぐと、風に乗って香りがふわりと広がった。

 少しくどい、鼻をつくような匂いだ。時間が経って薄まり、体臭と混じることで着けた人だけの香りになる。

「あっ、この匂い、私好きかも……」

「よろしければ今度、お店にご案内しましょうか。少しかかりますけど、自分だけの香水を調合してくれるお店もあるんですよ?」

 二人が香水の話に盛り上がっている間、シルセはファティに近づいて髪の匂いを確かめていた。香水そのもののキツい匂いがどうしてこんないい香りになるのか、不思議がっているようだ。もう少し大人になれば、その価値も分かるだろう。

「家を出る時に着けてきたんですけど……伏見さんには気づいて貰えなかったみたいで」

「ウチの男連中にそういうのを期待してはいけません」

 真顔でそう言われると、ついつい信じてしまうファティである。

 ――伏見の名誉の為に補足しておくが、一応気付いてはいたのだ。ただ、むやみに指摘するとセクハラ扱いされそうで、伏見は無難にスルーを選んだ次第である。

 そこから、伏見と三ツ江への文句へと話題は変わる。女心を分かってないだとか、先に気遣われるとやりづらいだとかの他愛もない苦情だ。

 かつてないほど盛り上がる会話の中、一行は人足の集団とすれ違う。

 丸太を乗せた荷車を引き、あるいは押して運ぶ一団だ。自然、少女たちは声を落とし、道の脇にそれて彼らを見送る。

 トルタス村で伐採された木材はこうして祭祀門へと運ばれ、筏状に括られてアルカトルテリアへ向かうのだ。今期の伐採地に選ばれた森の一角もすぐそこに見えている。枝打ちの為に振るわれる鉈の音や、雄々しく響く木挽き歌が伏見らの耳にも届いていた。

 日本によく見られるような杉林ではない。手付かずの森だ。品種や樹形もバラバラの木が複雑に混じり合い、それぞれ生育年数や用途も異なる。

 無制限に張りだした枝や蔦が視界を遮る森の中で、値が付く原木を見つけ出して切り倒すのだ。伐採場という言葉のイメージとは違い、その場所は森そのものだった。明確な境界線も存在しない。

 切り出した材木が置かれた集積場と、その隣にある掘っ立て小屋が辛うじて目印として機能していた。

「あっ、シドレさん!」

 ふいに、シルセが声を上げる。

 彼女が見つけたのは、藪をかき分けて現れた人影――否、藪が自ら道を開け、主を迎えるように平服する様だった。

 木漏れ日の合間から、何よりも眩しい金糸の髪がのぞく。肌を透かす薄絹と、それよりもなお白い肌。手足はするりと伸びて、その指先が触れた途端、木々は儀仗兵の如くぴんと背筋を伸ばしてその場を譲る。

 シドレと呼ばれた女は、駆け寄ってくるシルセを見つけた途端、玲瓏とした美貌を柔く緩めた。ファティからお嬢、そして追い付いてきた三ツ江へと視線を流し、伏見に目を留める。

「ああ。あなたが伏見ですか」

「……エル、フ――」

 見つめ合うのも、そこそこに。

 伏見は、自らの目を信じられずにいた。

 シドレの額、その生え際に、うっすらと――地毛の茶色を見つけてしまったからである。

「――パチモンじゃねぇか……!」

 伏見の膝が折れ、憤りをそのまま、地面へと叩きつけた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ