051話.ヤクザ、疑われる
「――アルカトルテリアの祭祀座を預かるアクィール家、その一人娘であるお嬢ちゃんが、こんなちっぽけな村の女の子と仲良くしてるってのは、それが理由かい」
そもそもが不自然だったのだ。
トルタス村は、この付近の都市で唯一、エルフの都市であるアウロクフトと交流を持っている。他ならぬファティの口から語られた言葉だ。エルフの都市からトルタス村を経てアルカトルテリアへと流入する商品は高価で、市には並べられないとも聞いた。
商人として選べる方法は二つ。輸入を自由化し、価格を下げて広く売る。あるいは逆に、輸入量を規制、コントロールしてブランドとしての価値を上げる。
どちらも、トルタス村の協力なしには出来ないことだ。
年の頃が近いから、アクィール家がトルタス村との通商を担当しているから、たまたま気が合ったから。
そんな偶然を頭から否定する気はないけれど、伏見の思考はもう少し現実的だった。
目線を逸らして、伏見はじっとファティの言葉を待つ。
「……本当に、伏見さんは嫌なところに気付きますよね……」
「うるせぇな、性分だよほっとけ」
思いのほか軽く、少女は口を開いてくれた。
イントネーションをいちいち強調した口調は分かりやすいくらいに不機嫌で、伏見を見下ろす目は尖っている。ダメ押しとばかりに頬を膨らませているのだから、これはもう、私は拗ねていますと宣言するようなものだった。
この場合、拗ねていることと甘えていることはほぼ同義だ。
「……最初は、父に連れられてこの村に来たんです。どうやってエルフと繋ぎを取ったのか知りたいって。現地の子と仲良くなった方がやりやすいから、その……」
言葉をつづけるうちに、歯切れが悪くなっていく。
当然といえば当然だ。この自白は、自身の友情が始まりから営利行為だったと明かすためのものだった。
「仲良くなって。父は、ゆっくり時間をかけてトルタス村に浸透する方針を決めたんです。エルフとの交流は急ぎ過ぎれば壊れてしまうようなものだったから……。それで、仲良くして」
「あー……。いや、その下りはいいよ。聞きたかったのはそこじゃねぇんだ」
普段の聡明さを陰らせて、要領を失っていく言葉を伏見が遮った。
「そこは別に疑ってねぇんだ。その辺は最初に見たからな」
「最初に……?」
「おう。お嬢ちゃんと最初に会った時、シルセちゃんのこと心配してただろ。あの表情を嘘だとは思ってねぇよ」
初対面の伏見からトルタス村の惨状を聞かされて、ファティはまずシルセのことを心配したのだ。
ファティはシルセのことを大事に思っている。その事実を伏見は最初から知っていた。だから、聞きたいことは別にあった。
「アクィールさんが実の娘を使ってまで欲しがったエルフとの交易、その内容を聞きたかったんだが……こりゃ時間切れだな」
「時間切れ?」
答えを待つまでもなく、軽トラが村の中心に停車した。エンジン音が止むのを待って伏見が荷台から立ち上がる。
迎えるのはトルタス村の子供たちだ。子供たちが集まれば自然と他の村人たちも寄ってきて、ちょっとした人だかりが作られる。
こうなると、もう内緒話はおしまいだ。
集まった人垣の中にはシルセの姿もある。ファティを見つけると、気付いてくれと言わんばかりにその場で跳ねて手を振った。
どこか気恥ずかしそうに手を振り返すファティの頭を伏見が撫でる。
子どもはこれでいいと、伏見は思うのだ。七面倒くさい商談をしているよりもずっと。
機嫌を直したファテイを残して、伏見は軽トラの荷台から飛び降りた。続くファティは、どうやって降りようかと地面を覗き込む。
子どもが降りるには少々怖い高さだ。そもそも、軽トラの荷台は人を乗せるようには出来ていない。慣れている人間ならタイヤや凹凸に足を掛けて上り下りすることも出来るけれど、ファティは軽トラに乗ること自体が初めてのことだ。そう要領よくはいかない。
馬車のような踏み台もなく、困惑するファティへと伏見はその両手を突き出した。
「……?」
「いや、手ぇ繋いでどうすんだ。ほれ、下ろしてやるから」
こい、とばかりに手で招く。つまりはこう、両手で脇を掴み、抱っこで下ろすつもりのようだ。
完全に子ども扱いである。
「……いいです。自分で降ります」
意地になって、ファティは荷台の縁に足を掛ける。
ちょっとはしたないけれど、勢いに任せて飛び降りた。
勢いのまま転んでしまったのはお約束というものだろうか。
聞けば、組長と山喜は伐採場の近くで試験農場の指揮をとっているらしい。
元々は伏見が若衆らに割り振った仕事なのだが、ヒマを持て余した二人が強引に参加したのだ。伏見はアクィール関連の仕事に集中していたため殆ど顔を出しては居ないのだが、それはもう活き活きと畑仕事や土木作業に精を出しているそうだ。
昔取った杵柄、というやつだろうか。
あるいは、歳を取ってから魅力に目覚めるものなのかもしれない。
どちらにしろ、日本に居た頃から裏庭を耕して家庭菜園の世話をしていたような二人だ。草むしりや畑起こしなどの体力仕事は伏見ら組員に回されるのが常だったけれど、こちらでは金に余裕があるので人足も雇える。手配さえ済ませてしまえばあとは任せっぱなしだ。目上の人間に仕事をさせるのは少々気が引けるけれど、本人らがやりたいと言うのなら是非もない。
かくして、一行は試験農場へと歩き出していた。
道案内を買って出たのはファティの友達、シルセだ。伏見と三ツ江に助けられた彼女は、その恩を少しでも返したいのだろう。一行の中に友達がいたことも、間違いなく理由の一つだ。
先頭をシルセが歩き、その隣にはファティが並ぶ。たかが二週間とはいえ、お互いに色々あったのだ。そんな二人の邪魔をするほど千明組の面々も野暮ではない。
少女二人の後ろを、お嬢と三ツ江、それに伏見がついていく。
「なぁ、三ツ江。なんかお嬢の機嫌悪くねぇか?」
「……いやぁ、その。実はですね、俺がこっそりお嬢の身辺監視してたの、バレちゃいまして」
バレたというよりは、バラしたのだけれど。
先を行くお嬢の表情は、伏見らにはうかがい知れない。黙ったまま歩くその後ろ姿にプレッシャーを感じるのはうしろめたさのせいだろうか。
「……一応言っとくが、俺はその件に関係ねぇからな。もし聞かれたらそう言えよ」
「ひっでぇ、アイデア出したのは兄貴じゃねぇっスか。――俺、正直もんなんで聞かれたらついポロっと自白しちゃうかもしれねぇっスよ」
「てめ、兄貴分脅すたァいい度胸してんじゃねぇか……!」
「……なんの話してるんですか……?」
仲良く醜い責任の擦り付け合いも、お嬢が振り向くだけでピタリと止まった。
「いやいやいや! 仕事! 仕事の話なんでお嬢には聞かせられねっス!」
「……そうですか」
猛烈な勢いで頭を振る三ツ江の言葉を、伏見が何度も頷いて肯定する。そんな二人の様子にもすぐ飽きて、お嬢はまた静かに歩き始めた。
「……大体、兄貴だってファティちゃん怒らせてたじゃねぇっスか。何したんスか。手でも出したんスか」
「出すか馬鹿。俺はなんもしてねぇよ。子どもの機嫌なんてころころ変わるもんだろ」
「え、でも兄貴ロリコンじゃねぇっスか」
弟分に断言されて、伏見は思わず言葉を失った。




