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異世界ヤクザ千明組  作者: 阿漕悟肋
契約商業都市・アルカトルテリア
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046話.エピローグ



 胴回りで四五十メートルはありそうな蛇の身体が、千明組を敷地ごと取り囲んで蒼天へと持ち上げていく。

 現代日本の基準ではそれなりに広かったはずの屋敷も、こうなってしまえばゴマ粒大だ。つくづく、スケールの違いを思い知らされる。

「……ほんと、でっけぇなァ……」

 日差しを手のひらで遮って、伏見が呟いた。

 彼が立っているのは、つい先ほどまで千明組の屋敷が建っていた場所だ。今はクレーター状に穴が開いて、森側の地面からは木の根が露出している。

 この異世界にやってきた千明組の敷地だけが、都市としての領域だということなのだろう。千明組の敷地が持ち上げられたときに見た底面は予想通り水道管が途中で寸断されていた。

 伏見が思い出したのは庭木の植え替えだ。こちらの世界に大穴を開けて、そこに千明組を移植したら、きっとこんなふうになる。地層のように分離した土の色はその証明だ。

 ――それが分かってもなァ、と伏見が頭を掻く。

 つまるところ、何も分かっていないのだ。

 千明組がこちらの世界に召喚された理由も、原因も、何一つ。

 目的すら曖昧のまま。

 何を成したのかと聞かれれば、何もしてないと伏見は答えるのだろう。生活の基盤を構築し、シマを荒らした輩をカタに嵌めて……精々がそれくらいだ。向こうに居た頃とそう変わらない。

 考えてみれば、異世界らしいことを何一つしていない気がする。折角異世界にやってきたのに、だ。

 理解不能な力学で運ばれていく屋敷を見送って、伏見は途方に暮れた。

「はぁ……」

「あの……、伏見さん?」

 掛けられた声に振り向く。隣にはファティが居た。伏見の肩にも届かないような背丈でこちらを見上げている。

 顔にかかった髪をよけてやると、玉のような瞳と目が合った。

「その……この度は、本当に……」

「そりゃさっき聞いたよ。もののついでって言っただろうに」

 深く腰を折るファティを、伏見がいやそうに眺める。子どもにそうやって礼を言われると、どうにも居心地が悪かった。

 ファティの今日の仕事は、祭祀座を預かるアクィール家の名代だ。千明組のアルカトルテリア編入を執り行う為にやってきた――筈なのだが、さっきからこうして謝り通しだ。組長はもちろん、三ツ江やお嬢、それに面識のなかった若衆一人ひとりにまで深く頭を下げていた。

 伏見はしゃがみ込んで目線の高さを合わせ、小さな肩に手をやって、少女をまっすぐに立たせる。

「それに、まだ助かった訳でもねェだろ。そっちの政治までは面倒見切れねぇよ」

 昨日の、交渉の場で。

 伏見がマトロに提案したのは、借金の付け替えとファティの立場の保留だった。

 マトロが祭祀の座を手に入れるというのは祭祀会においての既定路線だ。その決定に抵抗すれば、アルカトルテリアそのものが千明組の敵に回る。

 伏見にコントロール出来るぎりぎりのラインは、ファティの父親に引退を勧めマトロを祭祀の代行に据えることだけだった。

 他の祭祀が納得できるギリギリのラインだ。とはいえそのままではアクィール家を乗っ取られてしまう。

 そこで、伏見はアクィール氏にマトロの借金の一部を売り払った。

 債権を盾に、アクィール氏は上手く立ち回るだろう。当然、即座に支払うことは出来ず、アクィール家も千明組相手に莫大な借金と借りを作ることになる。

 かくして千明組は二つの大商会に貸しを作り、アルカトルテリアへの編入へとこぎつけることが出来た。

 あとは政治と商売の問題だ。

 他の祭祀にアクィール家の復権を認めさせるには 相応の労苦が伴うだろうが、その問題は伏見の手には余る。

 普通に商売をして、普通に交流を結んで、普通に政治をする。

 どれも一介の田舎ヤクザには出来ないことで、けれど彼らはそれなりに上手くやるだろう。

 だから。

「こっからはそちらさんの仕事だ。ガンガン働いて、ジャンジャン売って、とっとと借金返して貰わねぇと」

「それは、その、もちろんなんですけど……」

 いまいち、ファティの態度は煮え切らない。

 恩義を感じてくれるのは結構なことだが、ファティの感謝の念はまっすぐすぎて目が眩みそうだ。

 痛いくらいに純真で、一介のヤクザには少々荷が重い。

「それより仕事の話をしようや。腕時計の製造技術やら、マトロに渡した資料やら、聞きたいことはいくらでもあんだろ」

「聞きたい、こと」

 ほんの数秒考え込んで、ファティはすぐに一つ、思い当たったようだ。

 どちらかと言えば、その疑問を口にすることにこそ時間をかけて、少女が口を開く。

「私を……アクィール家を助けることがついでなら、伏見さんが本当にやりたかったのはどんなことなんですか?」

「やりたかったことって、なぁ……」

 聞かれても、返答に困る。

 思いつくのは、昨日アクィールに告げたとおりのことだ。

 身内の安全を確保する。日本での知識を切り売りするのは構わないが、その知識によって敵を作るのは避けたかった。寓話の通り、伏見らの知識は金の卵を産むガチョウだ。その腹を裂かれないよう、商売の主導権を握っておきたかった。

 アルカトルテリアの技術的発展もその延長上にある。少しでも技術を進め、生活のクオリティを上げて組員のストレスを少しでも軽くしたかった。

 それでも、敢えて答えるのなら。

「……俺はただ、筋を通しただけだよ」

「筋……?」

 善人振るのが嫌で、伏見がその場に行儀悪くしゃがみ込む。

 タバコでも吸わなければやってられないような話だけど、子どもの手前、我慢することにした。

「筋っつーのはよ。殴ったら殴り返されるとか、誰かを殺したら復讐されるとか、そういう話だ」

 当たり前に、そうなるべきだという道理のことを、伏見らヤクザは筋と呼ぶ。

「マトロはトルタス村に手ぇ出した。あの村はウチのシマで、シマを荒らした責任を取ってもらう。……俺らヤクザっつーのはそういうもんなんだよ」

「……前から、気になっていたんですけど。その、ヤクザっていうのはどんな人たちなんですか?」

 次々に、答え難い問いをファティは口にする。

 現代日本において、ヤクザというものは犯罪組織だ。それは決して間違いではない。伏見だって、それなりに悪さをしていた。

 その発祥――所説あるけれど、千明組の場合は江戸時代に無宿人が集まり、その無法の管理することから始まった。犯罪者による犯罪者の統括だ。それも間違いではない。

 けれど、端的に現状を言い表してしまえば、それは――

「――まぁ、なんだ。ヤクザっつーのは、悪いこと以外なんも出来ねぇような連中でね。どこにも行き場がない。ウチにいるのはそんな連中ばっかで、お互い庇い合い、助け合わねぇといけねぇ。お天道さまにゃあ顔向け出来ないような人間ばっかりだから、こうやって筋を通して、なんとか生きてんだよ」

 それは、この異世界でも同じことだ。

 四方八方は見知らぬ人間だらけで、味方などどこにもいない。

 だったらせめて、身内同士助け合って、どうにかこうにかやっていくしかなかった。

「じゃあ、私も伏見さんの身内ですね」

 ファティはそう言って伏見の前に回り込んだ。

 しゃがみ込んだ伏見の顔を覗き込み、今度はファティが目線の高さを合わせる。

「だって、どこにも行けなくなったところを助けてもらいました。だからもう伏見さんと同じです。――何か困ったことがあれば言って下さいね? いつになるかは分かりませんけれど……絶対に、次は私が伏見さんを助けます」

「いや、だから――」

 助けた訳じゃないとか。

 真っ当に生きているファティはヤクザではないだろうとか。

 そんなことを言おうとして、結局伏見は口をつぐんだ。引き結んだ口の端を吊り上げて、笑う。

 それはもう。

 水を差すのが躊躇われるくらいに、目の前の少女がうれしそうに笑っていたから。

「……んじゃ、そろそろ村の方に行くか。さっさと次の仕事をしねぇとなァ」

 立ち上がった伏見の行き先は、すぐそこに止められた軽トラだ。窓を開けて、三ツ江が伏見らのことを待っている。

「そういえば、いつか乗せてくれるって言ってました! ようやく叶いましたね!」

「……んなこと言ったっけか?」

「いーいーまーしーた!」

 お読みいただきありがとうございましたー!

 異世界ヤクザ千明組、契約商業都市・アルカトルテリア編、とりあえず完結です。

 本だとこれくらいで一冊分という感じでしょうか。


 感想、評価、ブックマークなど。

 皆さまの応援のおかげで、ここまでどうにかやってこれました。本当に、ありがとうございます。

 ツイッターの方、https://twitter.com/Acogigorokuで更新報告してますので、よろしければどうぞー。




 そして、お話は衰退森林都市、アウロクフトへ。

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