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異世界ヤクザ千明組  作者: 阿漕悟肋
契約商業都市・アルカトルテリア
37/130

036話.ヤクザ、観戦する

「……マトロ君、何故ここに……」

 部屋の主は、椅子に腰かけたまま茫然と、不躾な乱入者を見上げていた。

 声に出した後、思い出したようにこみ上げる怒りをテーブルに叩きつけて立ち上がる。

「どうやってここに入った! ミルカセの若造が、礼儀を弁えてから口を開け!」

「おっと。だからさっき断ったじゃないですか、アクィール祭祀」

 伸ばしていた手を引っ込め、男はアクィールへと歩み寄る。

 状況を掴めず、伏見は眉根に皺を一つ寄せてその乱入者を観察した。

 極彩色に染め上げられた長髪を頭の両サイドでいくつもの束にした奇怪なヘアスタイルと、アルカトルテリアの水準からかけ離れた現代風のジャケットとハーフパンツ。どこぞの都市からの輸入品だろうか、そちらも原色で染められていた。

 アクィールの目からも、その風体は異様に映っているらしい。頭からつま先まで眺め、もう一度その蟹みたいな髪型に目をやってから改めてアクィールは嘆息する。

「君もねぇ、御父上から商会を受け継いで何年たったと思っているんだ。いい加減、奥方でも迎えて少し落ち着いてはどうだ」

「これは異なことを。商人たるもの、落ち着いてしまっては商売もままなりませんよ。祭祀の権限をもって、座しても金貨が入ってくるあなた方とは違ってね」

 アクィールの言葉を、マトロと呼ばれた男は飄々と受け流す。

 祭祀には及ばないものの、それなりの商会の主なのだろう。アクィールとも面識があるようだ。

「……兄貴、どうしますか。なんか急に俺ら置いてけぼりっスけど」

「どうにも状況が読めねえなァ。こちらの権力争いには関わりたくねぇし、オメェはとりあえず黙っとけ」

「ウス」

 伏見らは静観することに決めたらしい。口を閉ざし、伏見は二人のやり取りを眺める。

「……まあ、蟹食う時ってみんな静かになりますよね」

「っぷす」

 三ツ江がぼそりと呟いた言葉に、お嬢が噴き出しかける。

「とにかく、商談ならば後にしたまえ。今は来客中でね、君のような者を相手する暇はないのだよ」

「私もそのつもりでしたが、彼らの話を聞いてしまっては見過ごすことは出来ないのですよ。千明組の方々のような、未来ある都市を貴方が道連れにすることなんて耐えられない!」

 大分キマッている人物らしい。

 芝居がかった物言いと振る舞いに、アクィールは呆れているようだった。

「コイツヤベェっスよ兄貴。ファッションといい台詞といい、多分デュエリストっス」

「マジか。俺、今日はデッキ持ってきてねぇんだけど」

「んっふ」

 小声で呟かれる二人の会話にお嬢がウケた。笑ってはいけない時に妙なことを聞くと妙にツボに入ってしまうパターンだ。

 下唇を噛んで、声を漏らさぬようお嬢が必死に耐えている間に、アクィールは痺れを切らしたようだった。

 指を鳴らし、声を挙げて人を呼ぶ。

「誰か! マトロ君を別室にお連れしてくれ! 誰か居ないのか!」

「居ても私の邪魔は出来ない。誰もね」

 蟹男、マトロが進み出て、懐から一枚の羊皮紙を取り出した。

 突きつけるような真似はしない。テーブルの上に広げ、グラスとコースターをペーパーウェイト代わりに置く。大仰に両手を広げて、マトロは宣言した。

「私はアルカトルテリア祭祀会の命を受けてここにいる。アクィール商会を調べ上げろとね。罪状はトルタス村壊滅事件への関与。言うまでもなく、神敵への協力は大罪だ。――まさか、ご存じでない?」




「始まりからおかしかったのですよ。トルタス村の神敵は核となる女王が約半年ごとに発生、繁殖を繰り返して脅威となるタイプだ。定例の狩りをつつがなく終えれば安全が確保されるはずだった。それがああも増殖し都市を壊滅せしめたならば、考えられる要因は二つ。誰かが餌を与えて繁殖を促したのか――先の討伐において、女王を取り逃がしたか。どちらも貴方ならば出来たことだ、アクィール祭祀」

「い、言いがかりだ! 調べてもらえれば分かる!」

 マトロの長広舌に、アクィールも余裕を失くしたようだった。

 父親の隣で笑みを維持していたファティも顔色を変えている。あの羊皮紙にどれだけの効力があるのかは分からなくとも、祭祀たるアクィールがここまで動揺するのだ。少なく見積もっても、株主総会で粉飾決済を明らかにする程度の効果はあったらしい。

 アクィールを利用しようという伏見の計画にも暗雲が立ち込めていた。

「……なんか推理パート始まっちゃったんスけど」

「そのネタ、俺らが先に使うつもりだったんだけどなァ」

 今回はひとまず相手が有利な形で契約を交わし、証拠が固まり次第、そのネタで脅してカタにハメる予定だったのだ。横取りされてはかなわない。

「大体、そんなことをして何の意味があると言うんだ! こちらは私財を投じて村の復旧にあたっている!」

「あっ、言い訳入りましたね。こういうパターンだと、大体……」

「トルタス村はエルフの方々と交易を持つ唯一の都市です。恩を売ることで支配力を増すなり、エルフの介入を誘って交渉の場に引きずり出すなり、貴方ならば有用に活用する方法はいくらでもあるでしょう」

「探偵側が動機とか証拠とか把握してんだよなァ……」

 テーブルの向こう側とこちら側で、二つの会話が交錯する。

 動機を明かしたのだから、次は証拠の開示だ。予想通り、マトロは懐から小さな革袋を取り出して、その中身を床にぶちまけた。演出重視なのだろうが、せめてテーブルの上に転がしてくれないだろうか。

「これが何か、ご存じでしょう?」

 転がって革靴に当たったその一つを、伏見が拾い上げる。綺麗に磨かれてはいたけれど、それは伏見らにとっても見覚えのあるものだった。

「あー、こりゃアレだな。例の女王ゴブリンが付けてた飾りボタンだ。ホレ」

「トルタス村に置いてきたヤツっスよね? つーことは連中、コレ取ってくる為に村まで行ってきたんスねぇ」

「仕事が早ぇなァ。俺も持ってるけど、まだ磨いてねぇっつーのに」

 所詮は対岸の火事だ。他人事のように会話する伏見らをよそに、マトロの独壇場は続く。

「これはゴブリンの女王から回収されたものですが……おや、アクィール家の家紋が刻まれていますね。これはびっくり、祭祀門で発行されている通商許可の手形だ。何故、神敵がこんなものを大量に所持していたのでしょう? 未帰還者が出たなんて報告、祭祀会には届いていないようですが」

「そんな、馬鹿な……」

 アクィールの目が、ゴブリンを討伐した張本人である伏見らに向けられる。

 向けられても困るというか。

 嘘をついたところで、伏見らが飾りボタン――通商許可手形? をゴブリンから回収したことはトルタス村の人々にも知られている。誤魔化しようもない。

 図らずしも、伏見らはアクィール家を弾劾する為の証人として機能していた。

 助けは得られないと理解したのだろう。不安げに父の袖を引いていたファティの髪を一撫でして、アクィールはマトロへと向き合った。

「……いいだろう。査問会の場において、この身の潔白を証明する。貴様の処遇はその後だ。二度とこの都市で商いは出来ないと思え!」

 アクィールは激昂と共にマトロへ人差し指を突きつけた。それでもなお、マトロは飄々とした態度を崩さず、その笑みをさらに深くした。

「まだご理解頂けない。どうやらアクィールの老いはその血にまで染み込んでいるようだ」

 テーブル上に広げられていた羊皮紙を掴み、突きつける。

「私の行動は全てアルカトルテリア祭祀会の承認を受けているのですよ。彼らはこの疑惑をもってアクィール家を潰し、祭祀の座を売り払う。買い取ったのが私だ。少々値は張りましたがね」

 つまりは。

 もしかしたらトルタス村の神敵を利用したかもしれない。その程度の嫌疑で祭祀の座を奪われるくらいに、アクィールは弱体化していたのだろう。

 そうなるとこの嫌疑だって怪しいものだ。アクィールを陥れる為の建前として誰かが仕組んだと考える方がしっくりくる。主犯は目の前の蟹男か、それともその背後に他の祭祀でも隠れているのか。

 そこまで考えたところで伏見は推測を放棄した。

 現状では答えの出しようもない。たとえ正答を得ようとも状況は覆らない。

 アクィールを追い詰めているのは小細工ではなく、権力を盾にした強引な圧力だ。どのような手段で身の潔白を証明しようが揉み消されてしまう。

 抗弁も抵抗も出来なくなったアクィールを見て、マトロはその笑みを消す。

「――とはいえ、歴史ある祭祀家の一つを潰してしまうのは忍びない、というのが祭祀会の意向でして。アクィール祭祀が望むのであれば、現当主の引退と引き換えにご寛恕いただけるそうですよ。商会の方は娘婿にまかせればいい、とのことで。まったくご温情には涙が出る」

「娘婿……?」

 追い詰められたアクィールの目が、傍らのファティに向けられた。

「娘と商会を売って身の安全を買うか、もろともに全て破滅するか。どうぞ、お好きな方を選ばれればよろしい」

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