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異世界ヤクザ千明組  作者: 阿漕悟肋
契約商業都市・アルカトルテリア
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032話.ヤクザ、テンションが上がる

「千明組のような都市と交流を結び、腕時計のような商品を一手に扱うことが出来れば、その衰退に歯止めを……いえ、それどころか復権することだってきっと叶います。私たちを、助けていただけませんか……?」

「いやぁ、泣き落としされてもなァ。こっちは別に儲かりゃ誰相手の商売でもいいし」

「――――」

 すげなく断られて。

 伏見に詰め寄っていたファティは、無言のまま馬車の座席へ座りなおした。握りしめていた伏見の手を放して、腿の上で両手を揃える。

「さて! そろそろ移動しましょうか。伏見さんはどこか行きたい場所はありますか?」

「待て待て待て、流すな流すな」




「だって、伏見さん、お困りのようですし……」

「……そんな顔してたか?」

 自分の表情を思い出すように、伏見が顎をさする。

「面倒なことになった、って顔してましたよ?」

 ファティはそう言うが、自覚はない。ただ、こんな子供に内心を気取られたことが不思議と言えば不思議だった。

「まあ、なんだ。今のところそんな予定はねぇよ。他の商会やら祭祀やらにもコネはねぇし」

「……本当ですか?」

 ファティが再び身を乗り出して、伏見の表情を覗き込む。

 あざとい。

「嘘は言わねぇよ。ま、こうやって便宜も図って貰ってるしなァ」

 うざがるように仰け反って、伏見は窓の向こうへ視線を向ける。

 その言葉は本心からのものだ。義理を立てなくてはならないし、あまりあくどい真似をするなという組長からの言いつけもある。

 第一、この新天地には味方など一人もいないのだ。利益を追求し裏切り寝返りを繰り返すよりも、一つの所に筋を通して関係性を構築する方が安全だろう。それが伏見の性分にも合っている。

 もっとも。

 儲けが少なければ別の相手と交渉する。その言葉もまた事実ではあるのだけど。

「……それにしても、こんなところで停泊して良かったのかね」

 ファティは伏見の言葉に気を緩め、ほっと息をついていた。

 子供を騙しているような罪悪感から、伏見は話を逸らす。

「この街から見れば、トルタス村から入る物資なんて大したもんでもねぇだろ。なんでわざわざ停泊してんだ?」

 市に並ぶ商品を見るまでもなく。トルタス村のような規模の寒村では、何を作ろうがアルカトルテリアを満たすにはとても足りない。

 広大な海に塩粒を一つ落とすようなものだ。停泊し、交易を持とうとも、その変化には誰も気づかない。例えば、そう――もっと大きな街に停泊し、トルタス村のような小規模の村落は馬車を使って物資をそこに集める。そちらの方がよっぽど効率的なはずだ。

 伏見の指摘に、ファティは再び地図へと指先を落とした。

「実は、そう馬鹿にしたものでもないんですよ。アルカトルテリアでは慢性的に木材が不足しています。ですので、この――」

 アクィールの大通りをファティの指がなぞる。

 都市の外周から農業地帯の端まで、一本の青いラインが大通りに寄り添っていた。

「この川を通って、トルタス村からは木材が運ばれて来るんです。村の人々だけではとても足りないので、こちらで人を募って、伐採団を組織して。……実際には、私たちが木々を伐採していた場所にトルタス村がやってきた、という形なんですけれど」

「はぁん。そりゃ、確かに都合はいいわな」

 半年に一度、アルカトルテリアはトルタス村にやってくるという。

 木々の伐採が目的であれば、そりゃあ時間を食うことだろう。食事はもちろん、宿泊や休養を取れる基地が必要なはずだ。半年に一度しか使わない基地を放置するよりは、そこに住んでいる誰かの生活基盤を間借りした方が手間がない。

「それにトルタス村はこの付近の都市で唯一、アウロクフトのエルフと親交を結んでいますから。扱われる商品は高額過ぎて市には並びませんけどね」

「ちょっと待って今エルフって言った?」

 さらりと言われた言葉だけれど、見逃すことは出来なかった。

「あ、はい。ご存じありませんか?」

「いや、ご存じ過ぎるというか、その……」

 きょとんと小首をかしげるファティを尻目に、伏見は動揺を隠そうとして、隠しきれていなかったりした。

 だってエルフだ。

「なんだ、そのエルフってのは、森の奥深くに住んでる?」

「ええ、そう聞いてますけれど」

「人嫌いで、他人が森に侵入しようとすると排除する……」

「ですので木を伐採する際にはとても気を遣うのだそうです。あの伐採地を見つけるまで、大変苦労したとか」

「人間の文明が発展する前からそこに居て、太古の歴史を知ってたり、高度な魔法が使えたりする」

「はい」

「金髪で美しく、こう、耳が尖って長い」

 ジェスチャーで尖った耳を再現する伏見。

「……大変お美しい方々とは伺ってますけど、耳は少し大きい程度で、そんなには……」

「そっちか!」

 思わず声を上げた。ファティが驚いて身をすくませる。

 いわゆる「エルフ耳」には細長いタイプと先がとがっているだけのタイプがある。前者はTRPGなどによるイメージで、指輪物語などは後者のタイプだ。

 どちらがいいと優劣をつけることは出来ない。伏見はどちらも好きだ。細長いタイプの耳は気高く、それでいて感情の動きで大きく振れるその姿は愛らしい。わずかに大きくて先の尖ったタイプは格調高くあはれなり。

 ゴブリンの件はがっかりだった。正直、これでは異世界に来た意味がないとすら思っていたのだ。アルカトルテリアが歩いてやってきたときには興奮したけれど、住人は地球の人とそう変わりがなかった。

 伏見の心中で、エルフの実在と、またゴブリンのように肩透かしを食らうのではないかという危惧が天秤を大いに揺らしていた。

 そんな伏見を、ファティは冷めた目で見つめている。

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