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異世界ヤクザ千明組  作者: 阿漕悟肋
契約商業都市・アルカトルテリア
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028話.ヤクザ、撮る

 屋台で売られていたのは、肉と野菜をパンで挟んだホットドッグみたいな食べ物だ。

 肉は香味野菜と共に柔らかくなるまで煮込まれ、雑穀混じりのパンは焼き立てで香ばしい。スパイスは高価なのかあまり使われていないものの、塩味が効いたシンプルで素朴な味付けだった。

 かぶりつけば肉汁とソースが混じって溢れ、口の端からこぼれたそれをお嬢は慌てて手のひらで受け止めた。

「お嬢、タオルタオル!」

「あ、ありふぁほうございまふ」

 なんで即座にタオルが出てくるんだこの男。

 そんな言葉が脳裏に浮かんだけれど、生憎口の中は肉とパンでいっぱいだった。素直にタオルを受け取って口元を拭い、肉とパンを飲み下して一息つく。

「ふぅ。……まぁまぁですね」

「お嬢、口元まだソースついてますよ」

 慌ててもう一度口を拭い、お嬢が歩き出す。

 湖のほとりを離れ、二人は広場の外周を散歩していた。石畳のロータリーには荷馬車がいくつも行き交い、その両側には商店が立ち並んでいる。右手には木の枠組みに幌を貼った粗末な店がひしめき合い、左手には石造りの商店が財力と商品の質をゆうゆうと見せつけていた。

「……なんか、貧富の差って感じっスねぇ」

 アルカトルテリアには、通商門と言われる物資の入口が四つ存在している。四人の祭祀が司り、管理し、徴税する人と物資の入口だ。伏見らのような例外を除いた全てのものが通商門を通ってアルカトルテリアに流入する。

 通商門の周囲には小規模の街が形成され、そこからアルカトルテリアの中心へと道が伸びていく。四つの道は農耕地帯を通過し、このロータリーで一つにつながるのだ。

 ロータリーに面した建物の数々は全てこの都市の富裕層、支配層の所有物だった。

「この辺は兄貴も案内されるでしょうから、ちょっと道を外れましょうか」

 パンを食べ終えたお嬢の手を引いて、三ツ江は馬車の行き交うロータリーを渡り、大通りの一つへ向かう。

 さすがは商業都市と言うべきだろうか、大通りにも商店が立ち並び、行き交う人は絶えることがない。それでも、ロータリーと比べれば流れは緩やかで、ここならスリを心配する必要もなさそうだった。

「……ちょうど、修学旅行で行った大阪がこんな感じでした……」

 人込みから抜け出してお嬢が胸を撫でおろす。三ツ江の手から解放されたことも、きっと無関係ではないのだろうけど。

「あ、お嬢お嬢。ちょっとこっち見てもらっていいっスか」

「何かありました?」

「はい、チーズ」

「え、ちょ」

 驚き、困惑しながらも笑みを作る。髪を整え、ポーズまで決めちゃったりして。

 けれど、いくら待ってもシャッター音一つ聞こえなかった。フラッシュも焚かれていない。お嬢の前には、ただ鞄を手にこちらを見ている三ツ江の姿があるだけだ。

「……写真は?」

「もう撮ったっスよ?」

 あっけらかんと言い放って、持っている鞄を掲げた。

 トルタス村で手に入れた目の粗い巾着だ。目立たないよう、日本から持ち込んだ品々もその中に入っている。

 三ツ江が指さしたのは、その巾着に開いた小さな穴だった。

「ほらここ、レンズがついてるんスよ」

「あっ、また犯罪グッズですね?」

「や、目立つと良くないんで、商品の値段とかこれで撮影しろって。昨日、兄貴が準備してくれたんスけど」

 犯罪グッズという指摘を一切否定しない。

 あえてその点には触れなかったけど、別のことが気にかかった。

「……じゃあなんで私を撮ったんですか?」

「や、親父が喜ぶかなって」

「ふーん。そうですか、父が喜ぶからですか、ふーん」

 あからさまなくらい拗ねてみせながら、お嬢は三ツ江を追い抜いて街を行く。

 通りには相変わらず様々な店が並んでいた。商品もまた多様なものだ。肉、野菜、穀物などの食料品に、カップやソーサー、カトラリーは材質を問わず様々な物が揃っている。

 刃物研ぎや鋳掛職人、散髪屋や、椅子と鏡だけを置いて女性に化粧を施すような商売もここでは成り立っているようだ。それこそ全てが、この都市では商品として売り買いされているのだろう。

「お嬢、だから一人で先行っちゃダメですって」

「分かってますよ、もう」

 先を行くお嬢を三ツ江が小走りで追いかける。

 正直に言えば。

 自分が先に行く度に三ツ江が追いかけてくることが、だんだん楽しくなってきた。

 隣に並んだ三ツ江から緩んだ口元を隠すように、お嬢は顔を背けて言う。

「……父に渡す前に、チェックさせてもらいますからね」

 なんのことかと思ったら、さっき撮った写真のことらしい。

 指折り数えて、お嬢が条件をつけ足していく。

「あと、勝手に撮るのもなしです」

「声掛けたら撮ってもいいんスね?」

「いいですけど、撮る前に時間下さい。髪整えたり、したいから」

「ポーズとかお願いするのは?」

「……どんなポーズかにもよりますけど」

 ほんの少し思案した後。頬に手を当てて表情が緩んでいないか確認し、ようやく三ツ江の方へと振り向いて、見上げるように顔を見て。

「あ! あと他の人に見せるのとかもなしです!」

「他の人って……例えば誰っすか?」

「例えば……父とか」

「本末転倒じゃないっスかね」

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