023話.ヤクザ、振る
「……これ、いくらくらいなんですかねー」
「金貨四百枚っつってたけどな」
全てが金貨という訳でもない。使いやすいよう、半分は両替済みだとファテイは言っていた。手数料は向こう持ちだ。この高そうな宿泊先といい、いちいち恩を着せてくる。
財力を見せつけることで相手を威圧し、都合のいいようにコントロールする手法だ。
気圧されたら負け、なのだが。
テーブルの上に散らばった貴金属の輝きには、伏見ですら息を呑んだ。
暗がりの中、オイルランプの灯火に照らされて、磨き上げられた何枚ものコインがあやしく輝く。
文字通り、金に目がくらみそうだった。
「……まぁ、とりあえず数えるか。組の金だからな、一枚たりともちょろまかすんじゃねぇぞ」
「ウッス」
まず金貨から。純度が高いのか、澄んだ音が室内に幾度となく響いていく。
十枚ずつ積み上げて、テーブルの上に二十の柱が並んだ。伏見が積み上げたものは几帳面にまっすぐ、三ツ江が積み上げたものは今にも崩れ落ちそうだ。
「ふむ、ってことは半分が両替済みってことかね」
残るは銀貨と――見慣れない、白色の硬貨だ。
「もしかしてコレ、プラチナですか……?」
三ツ江の傍らで作業を眺めていたお嬢が声を上げる。
「いやぁ、金を両替してプラチナってのは通らないでしょう」
「兄貴、これ白色金じゃないっスかね」
「白色金?」
三ツ江の言葉に伏見が頷く。
「白色金ってのは、金に他の金属を混ぜた物のことっスよ。まぁ、プラチナに似てなくはないっスね」
「なんだ、偽物ですか」
お嬢はそう言うが、偽物ではない。名前も質感も紛らわしく、時折詐欺に使われたりすることもあったりなかったりするけれど。
純金、十八金には劣るが、それでも白色金と言うだけあって金が一定量以上含まれている。その含有率までは分かりかねるが銀より安いということはないだろう。
銀貨、銅貨と数え終えて、伏見は一つ、思案する。
「ま、滞在費は滞在費だ。この金貨は千明組の物として……」
二百枚の金貨を鷲掴みにして、革袋に放り込む。
残りの白色金貨、銀貨を大雑把に三等分して、三ツ江、お嬢の前に置いた。
「とりあえず山分けだ。三ツ江ぇ、これも組の金なんだから無駄遣いすんじゃねぇぞー。……ただ、必要なら躊躇いなく使え。遠慮はいらねェ」
「あの。私、こんなに貰えません」
頷いて金を掻き寄せた三ツ江とは違って、お嬢の手は伸びなかった。
きちんと膝の上に揃えられて、瞳はまっすぐ伏見を見る。
「お気遣いはうれしいですけど。私、こんなに貰えるような仕事はしてません。それに……」
目を伏して、迷うように視線を泳がせる。しばしためらった後、それでもお嬢は口を開いた。
「……伏見さんたちはこれから、ヤクザなことをするつもりなんですよね? ……だったら、お手伝いは出来ないです。そもそも、お役に立てるとは思いませんけど」
犯罪行為、という意味での言葉だろう。現代の日本ではヤクザという名前自体が、違法行為――とりわけ強欲に利益をむさぼる行為を指し示すことがある。
「あんな時計がこんな値段で売れるってことは、在庫だけでも相当なお金になりますよね? だったらそのお金を元手に普通の仕事をしたらいいじゃないですか。そんな、危ないことしなくても……」
「……お嬢は何か勘違いをされてるようだ」
摘まみ上げた金貨で、伏見がテーブルをこつりと叩く。
「俺らが堅気になったところで、この世界の連中は放っといちゃくれません。千明組はここじゃあ金の卵を産むガチョウなんですよ」
その手にある金貨を、将棋の駒の如く、テーブルに打って。
「卵を取るだけならいいんですがね。生憎、世の中にはガチョウの腹ァ裂いて卵取り出そうってバカが群れを成してんですよ。さしあたり、俺らは適当な後ろ盾でも見つけて身の安全を図らなくちゃならねぇ」
「そうっすねー。どっちみち、お嬢を組の仕事に関わらせるなって親父に言いつけられてますし。お嬢は何も心配しなくていいんスよ?」
「そういうことじゃ、なくて……」
言葉が見つからず、何度も逡巡して、結局お嬢は口を引き結んで俯いた。
伏見はテーブルの上の金貨をしまい、再びお嬢へと硬貨を押しやる。ソファーにだらりと身を預けて、手挟んだ煙草に火を点けた。
「お嬢はウチのもんじゃねぇんだ。何かあっちゃあ困るし――言っちゃ悪いんですがね。俺らが何しようが、お嬢には関係ねぇんですよ。お嬢は確かに親父の娘ですがね。千明組のもんじゃねぇんだ、そこは線を引いとかなくちゃならねぇ。分かりますか」
「兄貴、んな言い方しなくても……」
「うるせぇ、言わせろ」
止めに入った三ツ江を黙らせて、伏見が煙と共に言葉を吐いた。
「……大人の仕事に口ィ出すなって話だ。お嬢が何を思って何を言おうが、俺らは仕事をするんですよ」
身を起こし、火のついた煙草を突きつけて。
「自分の立場ってのを、弁えたらどうですか」




