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異世界ヤクザ千明組  作者: 阿漕悟肋
契約商業都市・アルカトルテリア
23/130

022話.ヤクザ、セクハラする

 宿泊先に着いた頃、辺りはもう暗くなっていた。

 いつの間に手を回したのか、従業員総出でのお迎えだ。いくつもの都市が寄り集まったというだけあって、並び立つ男女には肌や髪の色、顔立ちに一人ひとりの個性がある。布を緩く巻いたような衣装は飾り気こそないが、洗練された印象を受けた。この都市の民族衣装なのかもしれない。

 まず馬車を降りたのはファティだ。伏見、三ツ江と男性陣がその後に続く。

 最後に残ったお嬢は三ツ江にエスコートされて踏台に降り立った。

「では、私はここで失礼いたします。……明日の朝、またお迎えに上がりますね」

 先行商隊の渉外役であるファティは、アルカトルテリアに帰り着き次第、祭祀会に報告をしなければならないらしい。業者にエスコートされて、早々に馬車へと乗り込んでいく。

「おう。それじゃ、また明日な」

 気軽に手を振って馬車を見送った。

 報告などなくても、ファティはこうしていただろう。

 去っていく馬車の中には、伏見が贈った日本の品々が載せられている。

 伏見から使い方は教わっているが、一方で製造方法や原理などは伝えられていない。価値を推し量り、適正な価格を算出する為にも時間は必要だろう。

 そんなことが出来るのかはともかく、だ。




 土地が限られているせいだろうか。雨が降らない訳でもないだろうに、アルカトルテリアの建物は屋根が平らで、屋上まで活用できるように作られている。

 四角い二階建ての建物が密集した街並み。道は狭く、馬車が通れるような大通りは数えるほどだろう。それでも、星のような明かりが暗い街にいくつも点在して、都市の精気を示していた。

 ――何故そんなことがわかるかと言えば。

 伏見達は今まさに、そんな夜景を見下ろしていたからだ。

「あー、なんかやっと人並みの暮らしに戻れた感じっスねー」

「慣れてんじゃねぇぞー。ここ、どうせばか高ぇんだから」

 そういう伏見にしたって、酒の入ったグラスを片手に安楽椅子へと身を預けている。どう見ても三ツ江より満喫していた。

 伏見達に用意された宿泊先は、日本であれば伏見らにも手が届かないような代物だった

 この都市の水準としては非常に高い五階建てのビル、その最上階をまるごと使ったロイヤルスイート。リビングにキッチン、ダイニングと必要な設備は一通り揃っており、何故だか寝室は三つもある。

 おまけに、ボーイやシェフなど「この部屋の為だけの従業員」が八名ほど用意されていた。ただの田舎ヤクザには過ぎた待遇だ。

 情報の漏洩が怖いので入室は禁じているが、今頃は扉の向こうや排気口あたりでスパイでもやっているのだろう。どこぞの家政婦さんよろしく、盗聴器もない時代には使用人がその役割を務めていたのだ。相手側に宛がわれた使用人なんて是非もない。

 そんな訳で、広々とした室内には伏見と三ツ江、それに――

「お風呂、お先にいただきました。……あれ、お酒飲んでます?」

 濡髪を布で叩くように拭きながら、お嬢がベランダに姿を現した。

「おー! お嬢はこっちの恰好も似合うっスねー」

「ですかー? コスプレみたいで恥ずかしいんですけど……」

 スカートの裾をつまみ上げて、お嬢が服装を確かめる。

 布を軽く巻いただけのように見える衣服は風通しが良さそうで、けれど肌の露出はしっかりと抑えられている。所々に身体のラインが見えてしまうのが、年頃のオンナノコとしては悩みどころだ。

「え、てかお嬢、それよく着れましたね? すごい複雑じゃないっスか」

「えへへ。一応、こちらでチェックしてましたから! 分からないところは安全ピンで誤魔化しちゃってるんですけどねー」

 三ツ江はお嬢の服をしげしげと眺め、

「……なんです?」

「や、その。……下着の線が浮いてないような気が。ぶっちゃけノーパンっスか?」

「セクハラ! セクハラですそれ!」

 両腕で胸元や腰回りを隠したお嬢に代わって、伏見が立ち上がり三ツ江の頭を掴む。

「あっ痛い! それ痛いっス! 禿げちゃう!」

「……お嬢に手ぇ出したら丸坊主どころじゃ済まねぇっつったろ。親父にバレたら殺されるぞテメェ」

「えぇ……」

 お嬢の知らぬ間に、千明組ではそんなことになっていたらしい。

 三ツ江を放して、伏見が持ってきた荷物をごそごそと漁りだす。

「お嬢。ちょうどいいんでコレ、持っておいて下さい」

 取り出されたのは様々な防犯グッズだ。唐辛子入りのスプレーにブザー、それに黒光りしてずっしりと重い例のブツ。

「……スタンガンですね。良かった拳銃じゃなかった」

「チャ……拳銃はちょいと、素人さんに預けるにはあぶねぇんで。使い方を教えるまではスタンガンで我慢して下さい」

「あっ結局いつかは渡されるんですね」

 何かを諦めたような目で、お嬢がスタンガンを受け取る。

「コレが安全装置なんで、ココを外して、んでこっちを押したら電気が流れます。後は相手に押し当てるだけですが、ぶっちゃけ違法改造してあるんで首筋や頭はなるべく避けて下さい」

「防犯グッズじゃなくて犯罪グッズですよねコレ」




 スタンガンのレクチャーを終えて、三人はリビングに集まっていた。

 藤籠のような材質のソファーに腰掛けて、テーブルには果物とナイフ、ドライフルーツやナッツが乗せられた盆が並んでいる。グラスには生温いフレッシュジュースが注がれていた。本当なら続けて酒を飲みたいところだが、アルカトルテリアに滞在している間は仕事だ。深酒をして明日に支障を来しても困る。

「じゃ、開けますか」

 声と共に、三ツ江が革袋をテーブルの上に置く。

 口紐を解けば、中から覗くのはきらびやかな金貨や銀貨。

 ファティの用意したアルカトルテリアでの滞在費――木箱で渡した商品サンプルへの礼金だ。

 これだけ持って日本に帰りたくなるような貴金属が、テーブルの上で無造作に音を立てた。

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