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異世界ヤクザ千明組  作者: 阿漕悟肋
契約商業都市・アルカトルテリア
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019話.ヤクザ、歓迎する

 食事が終わって一服すれば、もう子どもたちは帰る時間だった。

 手にはお土産代わりに渡された安っぽい縁日の景品が握られている。その一つ一つが今では相当に貴重な物ばかりなのだが、どうせ子ども好きな組長が渡したものだろう。伏見には文句が付けられない。

 三ツ江に抱き上げられて、子どもたちが次々と軽トラに乗せられていく。

 昨日、村からゴブリンの営巣地まで村人を運んだ時はもっとおっかなびくりだったけれど、子供たちは楽しげだ。はしゃいでジャンプしては、軽トラのサスペンションを痛めつけている。正直洒落にならない。

「子どもの頃って、軽トラの荷台に憧れたりしますよねー」

「……お嬢も荷台に乗りますかい」

「えと、さすがにそれは」

 伏見の言葉に、お嬢は慌てて首を振る。

 千明組のほとんどが、子どもたちを見送りに玄関先まで出ていた。居ないのは、深夜の見張りを終えて休んでいる篠原だけだ。

 組長が見送りに出ているので、下っ端が休んでいる訳にもいかないのである。

 怪我の治りきっていないシルセが、母親に抱きかかえられてトラックに載せられる。

「みなさん、このたびは本当に、なんとお礼を言っていいか……」

「何、困ったときはお互い様だ。これからもお互い仲良くやっていきましょうや」

 最後に組長が握手を交わして、シルセの母親――マキナが荷台に上がった。

 運転席に乗り込むのは三ツ江だ。助手席にはお嬢が向かう。

 お嬢を連れて行くのは、気分転換を兼ねてのことだ。交渉相手が先ほど出会った渉外役のファティならば、お嬢が同席することで少しは話しやすくなるだろう。

 組長の説得はなかなかに骨が折れたが、ゴブリンの脅威は既にないこと、ずっと閉じ込めている訳にはいかないことなどを懇々と説いてようやく認められた。

 当の伏見は、用意してあったバイクに跨る。

「あー、マキナさん、危ねぇんで子供たちは座らせてもらえますか」

 日本とは違って、こちらは悪路だ。川を渡る時などは子どもたちを下ろす予定だが、普通の道のりでも立ったままでは危なすぎる。

 伏見の言葉に頷くと、マキナは子どもたちを一人ずつ座らせては荷台の縁につかまるよう促した。……正直、素直に座ったままでいてくれるかは疑問だ。舌を噛む程度ならともかく、落車してしまえば大怪我になりかねない。

 いっそ縄で縛るべきだろうか。そんな考えが伏見の脳裏をよぎる。

 そんなタイミングで、最後の子どもがぽつりと呟いた。

「……誰か来てる?」

 軽トラの荷台に立った子供の視線を、伏見が追う

 アルカトルテリアを運ぶ巨大な象を背に。

 千明組の屋敷へ向かって、歩いてくる集団があった。

「――兄貴、どうします? 車、出しますか」

「待て。ありゃあ……」

 スーツのポケットに入れていた双眼鏡を覗いて、伏見が呻く。

 何故ここにいるのかは分からないけれど、あんな金髪の女の子、こちらの世界では彼女以外に見たことがない。

 契約商業都市アルカトルテリア渉外役。

 ファティ・アクィールがこちらへと歩いている。

 あ、転んだ。




「改めて。状況が変わりましたので、ご挨拶に伺いました」

 軽トラの運転は向山と八房に任せて、伏見と三ツ江は客間で来客の対応をすることになった。

 早朝から歩き詰めで疲れていたのだろう。湯呑に注がれた麦茶に口をつけ、ファティはほっと息を吐く。

「これは……麦茶でしょうか。少しこちらのものとは味が違いますね」

「麦茶あるのかよこの世界……」

 ファティに聞こえないよう、小声で伏見が残念がる。

 けれど、和室というものはさすがに初めて見るものだったらしい。座布団や畳、柱から天井板まで興味深げに観察している。

 伏見らの視線に気づくと、慌てて居住まいを正し、こほんと一つ咳払い。

「急に押しかけてしまい、申し訳ありませんでした。このような席を用意しただけたこと、感謝の言葉もありません」

「どうぞお構いなく。こちらとしては、手間が省けてありがたいくらいで。……それより、状況が変わったってのはどういうことで」

 単刀直入な伏見の問いかけに、ファティは少し驚いたようだった。

 千明組の人間にとって、この世界は未知の塊だ。状況が変わったというなら、なるべく早く動いておきたい。

 けれど、伏見の危惧は今回に限り的外れのようだった。

「このたび、私共アルカトルテリアは千明組との接続を予定しています。私はその先触れとして参りました」

「……その、接続ってのは」

「文字通りの意味になります。アルカトルテリアはこの航路上を半年に一周し、庇護下にある地方都市と接触するごとに着陸し、貿易を行っているのです。本来ならば、千明組とは契約を交わした上で、次回の周回より接続することになるのですが――」

 言葉を貯めて、わざとらしく勿体ぶる。

「私の提出した報告書を元に、祭祀会は異例の決断を下しました。それが接続――ええと、簡単に言えば、こちらのすぐ傍までやってきて、貿易をスムーズに行えるよう取り計らうことにしたのです」

「そりゃありがたいお話ですがね。こちらはアンタ方と取引するかどうかすら決まってねぇんだ。勝手にやってきたところで、恩に着せるような真似は止めて欲しいね」

 わずかに語気を荒げて、伏見が言う。

 無論、ハッタリだ。規模はともかく、最低限でも当座の資金や物資は確保しておきたい。

 子供相手に大人げないとも思うが、伏見がヘマをすれば千明組自体を危険にさらしかねないのだ。慎重に出て過ぎるということはない。

 そんな伏見の態度にも、ファティは冷静だった。

「もちろん、接続はあくまでこちらが勝手にすること。一つのサービスとお受け取り下さい。……そうですね、私としては、シルセちゃんを助けてくれたお礼だと考えてもらえれば、嬉しいです」

 はにかんで、ファティは笑ってみせた。

 そんな大人の対応をされてしまうと、伏見としては立つ瀬がない。

 両隣に座っている三ツ江とお嬢も、心なしか視線が冷たい気がする。

「……とにかく、その接続ってのは了解した。いいようにしてくれ」

「はい! それでですね、こちらはトルタス村を救っていただいたお礼になります」

 ファティがテーブルの上に滑らせたのは、リボンでまとめて封蝋を押した書類と小さな木箱だった。

「こちらは、通行税の免除証や身分証明書です。……あなた方の持つ品々は、まだこちらでも値が付けられないものです。通行税の免除はその為の処置になります。その代わり、多額の取引は行えないようになっていますけど」

「そりゃ、ちっと困るな。それじゃ商売が出来ねぇ」

「千明組との取引については、私の父が商会を営んでおりまして。そちらを通していただければ、と」

「はぁん……」

 ファティの言葉、提案の意味を考える。

 公のルートを通さず、自分たちだけが千明組にとっての窓口を設ける。それはつまり、千明組を囲い込みたい、ということだ。

 貴重な商品を持っている他の都市との商売を独占して、不当な利益を上げる。

「……いやぁ、いいねェ。なんだ、そういうことなら早く言ってくれりゃあいいのに。オイ、三ツ江」

「はい」

 傍らに置いてあった木箱を、三ツ江がテーブルの上に乗せる。

 ファティに渡すために用意しておいた、一抱えほどもある木箱だ。

「こいつはお近づきの印ってヤツだ。昨日の時計はもちろん、こちらで出せる商品の一部を入れてある。どうぞ、受け取ってくんな」

 つまりは、これで値踏みをしろ、ということ。伏見自ら選んだ目玉商品だ。

「……ただ、うちは最近こちらに来たばかりでね。アルカトルテリアで使える金を融通してもらえればありがたいんだが」

 魚心あれば水心、なんて言わずもがな。

 後ろ暗さなど微塵も見せない満面の笑みで、ファティは頷いてみせた。

「それはもう。困ったときはお互い様ですから、出来る限り融通させていただきます!」

 話は決まった。あとは実務を詰めていくだけだ。

 この異世界で、何の能力もないヤクザが出来ることなんてたかが知れてる。

 商売をするのだ。手持ちの資財で現金を得て、こちらで暮らしていくための足掛かりを構築する。

 そりゃあ、まぁ。

 ヤクザなのでヤクザらしく、少々悪さをするかもしれないけれど。

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