表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界ヤクザ千明組  作者: 阿漕悟肋
ヤクザ、異世界に行く
2/130

001話.ヤクザ、カチコミに遭う

「オレら何してんスかねー」

「何ってオメェ、仕事だろうがよ」

 寂れた駅前。

 タクシーが二、三台並ぶだけのロータリー、ひび割れたタイル、雨で滲んだバス停の時刻表。

 昼下がりだというのに商店街はシャッターだらけで、マック○バリューとミニストッ○とパチンコ屋だけが元気に営業している。今日日、日本ではどこでも見かけるような過疎の街。

 若い男二人が、そんな景色の中、ぼんやりと時間を潰していた。

「仕事って、外人の露店から小銭せしめてるだけじゃねぇっスかー」

 ソフトクリーム片手に愚痴を言うのは、赤い派手なジャージを着た青年だ。伝統あるヤンキー座りで、退屈そうに消費者金融の色あせた看板なんかを眺めている。

 スマホでも見れば暇は潰せるのだろうが、兄貴分の手前、さすがに遠慮していた。後に残るのは壁にひびの入った個人経営のコンビニだの、放置されて錆の浮いた自転車だの、田舎らしすぎる退屈な光景くらいなものだ。

「しゃあねぇだろ。ウチみたいな弱小じゃ、でけぇシノギにゃ手ぇ出せねぇんだから」

 そう答えたのは、一目で堅気でないと知れる若い男だった。黒のスーツ姿ではあるが、暑さのせいか上着を脱いで腕にかけている。かけているサングラスは金縁で、成金趣味にしか見えないそれが妙に似合っていた。

 細面に、古臭いオールドバック。汗で崩れ、額にはらりとかかる前髪を無造作に撫でつける。

「今時、ヤクザで食っていけるなんざありがてぇ話だよ。涙がでらぁ」

 彼らのシノギ――仕事の内容はブランド物の販売である。言うまでもなく偽物だが、出来は本物と遜色ない。

 仕組みは至ってシンプルだ。

 始まりは、人件費の高騰によりいくつものブランドが海外に拠点を作ったところから。

 十個分の材料を受け取った職人は、つい加工に失敗して九個しか完成できなかったりするのである。どれだけ真面目に働いても、ヒューマンエラーはなくならない。それは当たり前だ。

 さて、加工に失敗してしまった、本物の材料を使い本物の職人が作ったバッグは廃棄するしかない。ちゃあんとロゴやタグを外して、ゴミ袋に入れてポイだ。

 それはそれとして、ゴミを漁る人間はどこの国にだっているものである。そういった方々も物の道理は弁えているもので、ゴミを出した職人にはきちんと礼金を支払う。そうして回収されたゴミはまわりまわって彼らの手元にやってくるようになっているのである。

 当然、偽物は偽物なので、ブランド物として販売するのは不可能だ。

 そこはきちんと、「これはゴミです」と断って、勤勉な在日外国人に販売する。ただしまあ、外国人なので、ちょっと日本語を間違えることもあったりするけれど。

「んなこと言ったって、儲けなんざシケたもんじゃないっすかー。連中値切るししらばっくれるし、上は上で、アレ押し売りされたようなもんでしょ。在庫さばくのに何年かかるんスか」

「うるせぇなぁ。じゃあオメェ、シャブやらハッパやらで商売してぇのか? 一応はウチでもご法度だぞ、アレ」

 テレビドラマで扱われたような暴力団は、もう存在しない。

 暴対法の制定により、みかじめ料の徴収をはじめとする様々なシノギが禁止され、その損害賠償は団体の代表に責任が生じるようになったのだ。

 自分の失敗の責任を、組長、つまり組織のトップが負うことになる。徹底的な上下関係が築かれる暴力団組織、その構成員にとっては最も恐ろしいことだ。

 とはいえ、金を稼ぐ為には不法行為を働かざるを得ない。

 肩で風を切って街を歩いていたヤクザたちは日陰に隠れ、世間様の目を逃れて生きるようになったのだ。

「あー、ドラッグは嫌ですねぇー。ああいうのはどうも、汚くて」

「たつきの道に汚ねぇもクソもねぇけどな。オラ、とっとと行くぞ。いい加減、連中も準備出来てるだろ」

 兄貴分がタバコを灰皿に捨てて歩き出す。ジャージ姿の舎弟も、慌ててソフトクリームを掻っ込み、頭痛をこらえてスーツの背中を追いかけた。

「そういや、オメェはなんでタバコ吸わねぇんだ?」

「え、なんでって言われても困るっスけど……」

 思い付き程度の質問だったのだろうが、舎弟は頭をこねくり回して理由を考える。

「健康に悪いとか、匂いがつくとか……。あとはまぁ、今時流行らないって感じっスかね?」

「流行らねぇ、かぁ……」

 内ポケットに入れたタバコを、そっと撫でる。

 そういうものかもしれない。

 タバコも、ヤクザも。今は流行りじゃないのだ。




 千明と書いてあぎらと読む。

 熊野ヒノキの板材を看板にして、千明組の本部は堂々とそこにあった。

 道二つ行けば国道につながり、駅まで徒歩で十分の好立地だ。屋敷は大きく、敷地はさらに広い。蔵に納屋、大型のガレージまであって設備は申し分ないだろう。本宅の他に、離れや小さな稲荷まである。

 それらは全て過去の遺産だ。

 かつて、ヤクザが隆盛を極めた時代。

 土地転がしや公共事業の斡旋、戦後にまで遡れば闇市や賭博、宿場町として栄えた頃はみかじめ料だけでも相当の額になった。

 その全てが法で禁じられ、町も寂れてしまった今では固定資産税の支払いにも苦労する有様だ。売ろうにも買い手がいない。古い木造建築はただただ修理と管理に金がかかり、立派な庭は素人の園芸趣味程度に維持されている。

 その入口、切妻屋根を乗せた和風の門扉の前に今、一人の女子高生が佇んでいた。

 学校帰りなのだろう。学生鞄を持ったまま腕を組み、足元には地味な色のボストンバッグが置かれている。険しい瞳で門扉を睨みつけ、扉が開くのをじっと待っていた。

「兄貴、あれ、お嬢じゃないっすか」

「マジかよ。うわ、マジだ、やべぇ」

 あの中学生日記みたいなセーラー服と長く重い黒髪は間違いなくお嬢――組長の娘だ。

 血の繋がった実の娘ではあるが、籍は入れていない。いわゆる私生児というやつで、跡目ではないが子の居ない組長には猫かわいがりされている。組長本人は娘に嫌われていて、怒られたりしようものならその日一日しょんぼりしたまんま使い物にならなくなってしまうのだ。

 組長がそんな調子では威厳もへったくれもないので、子分である彼らはその予防の為、お嬢のご機嫌取りに奔走するのである。

「おい、お茶菓子なんかあったっけか」

「さっきへんば餅買ったじゃないっスか」

 と、紙袋に入った菓子折りを掲げる。

「いや、女子高生にへんば餅はねぇだろ……」

 ちなみに、一般の方はご存じないと思うので説明するが、へんば餅とは伊勢市に存在する名物の一つだ。大福を平たく潰して表面を焼いたお菓子で、美味ではあるが、地味なので赤福の影に隠れてしまっている。

「お前、ちょっと車出してシュークリーム買ってこいよ。ビ○ードパパのやつな!」

「ダメっスかねぇーへんば餅」

「ダメじゃないですよ、へんば餅」

 ヤクザ二人の会話に、門前に立っていたはずのお嬢が割って入る。

 間抜け話をしている間に気付かれてしまったらしい。後ろ手で鞄を持ち、お嬢が二人を見上げた。

「伏見さん、三ツ江さん。お久しぶりです。いつも父がお世話になっております」

 と、腰を折って挨拶する。

 先ほどとは違って、表情を緩め、笑みすら浮かべていた。

 化粧っ気もなく、アクセサリーといえば髪をゆるく縛ったゴムくらい。鞄には防犯ブザーの他にはキーホルダーも何もない。スカートの長さすら、買ったきりいじってもいないようだ。

 遊びのない、真面目な女子高生という印象を野暮ったい眼鏡が後押ししている。

「や、そんな、オレこそ組長には迷惑かけてばかりで、申し訳ねぇっス」

「頭ァ上げてください。お嬢に頭下げさせちゃ、親父にドヤされちまう」

 三ツ江と呼ばれた青年が、遠慮するように手を振って一歩下がる。伏見と呼ばれた男が取りなして、ようやくお嬢が頭を上げた。

 籍は入れておらずともお嬢は組長の娘だ。無下に扱おうものなら組長の雷が落ちる。

 伏見が先導し、三ツ江が鞄を持ってお嬢を屋敷へと案内する。タイミング良く、おさんどんのトシエさんが扉を開けて三人を迎え入れた。

「それで、お嬢はなんでまたウチに?」

 本来なら兄貴分である伏見が聞くべきことを、三ツ江が勝手に問いただす。後でシメねばならない。

 お嬢は恥じらうようにためらって、何度か口ごもった後、似つかわしくないぼそぼそとした声で言う。

「……その。先輩に告白したんですけど……フラれてしまって」

「え、マジすか? もしかしてそいつゲイっすか」

 三ツ江はなんというか、頭と態度が軽いタイプだ。それがかえって気軽なのかもしれない。年齢が近いせいもあるのだろう、お嬢の口が回りだす。

「ゲイとかは知りませんけど。ていうかフラれたことはもうどうでもいいんですよ! 断り文句、なんだったと思います!?」

「んー。オレなら断らないんで、分かんないっすねー」

「ヤクザの娘が怖い、って! もう、ハァ!? って感じですよ! 男として小さいっていうか、弱いっていうか……」

 敷居をまたぎ、屋敷の敷地に入ったあたりで声を抑える。大声で話すことではないと気づいたのだろう。

 一転して、お嬢がまた笑みを浮かべる。

「それはそれとして。私がフラれたのは父のせいなので、文句を言いに来ました!」

「あー、なるほど、それは……」

 らしくもなく、三ツ江が言葉を濁す。口こそ挟まないが伏見も同感だった。

 今日の組長はめんどくさいことになるな、と。

 お歳を召したトシエさんに代わって、三ツ江が門を閉じようと手を伸ばす。

 音が聞こえたのはそんな時だった。

 どう形容すればいいのだろう。

 タイヤが、エンジンが、シャフトが悲鳴をあげるような。

 音はどんどん大きくなる。耳の遠いトシエさん以外の誰もが動きを止めた。

 ほんの少し、短い時間。

 やがて門扉の向こうに見えたのはタンクローリーで、カラーリングはガソリンスタンドのそれに酷似しており――

 お嬢がまず、悲鳴をあげた。三ツ江は叫ばず、トシエさんとお嬢を庇うように両手を広げて。

 叫んだのは伏見だ。自分自身、逃げるように走り出しながら。

「カチコミじゃあ――――!!」

 組長は縁側で、山喜と囲碁を打っていた。

 若衆の一人は高枝ばさみを片付けながら碁盤上の展開を眺めていた。

 若衆の一人はガレージで車をいじっていた。

 若衆の一人は自室のパソコンでエロゲ―に勤しんでいた。

 張本人たる、タンクローリーを千明組に突撃させている運転手は、ハンドルに頭をこすりつけて、目を閉じ、息を引きつらせていた。

 その誰もが巻き込まれた。




 それは、形容する言葉のない現象だった。

 まず、死んだと直感する。

 それにしては痛みがなく、目が見えないだけではないのか、と考える。

 夜、廊下の電気を消したように、辺りが暗くなったのだ。

 それも違う、と首を振る。――否、首は動かなかった。

 そもそも心臓が動いていない。体には感覚がなく、何もかもが無くなってしまったようだ。その癖、思考は巡るのが奇妙だ。

 やはり死んだのだろう、と伏見が納得する。

 夜八時ごろにやってる心霊番組なんて全く信じていなかったけれど、現実として、死んだのに意識があるのだから仕方がない。

 納得の後に、訪れたのは恐怖だ。

 何も見えない。聞こえない。真っ暗としか表現できない場所で動くこともままならない。

 ああ、組の金を持ち逃げした駒込の野郎は、コンクリ漬けにされている間、ずっとこんな暗闇の中に居たのだろう。そう考えると、少しだけ人に優しくしようと思えた。

 そして結局、伏見は死んでもいなかった。

 LED灯のスイッチを入れたように、世界は光に満ち、鼓動が始まり、息を吸う。

 千明組の門のそばに伏見は立っていた。三ツ江は走っていた勢いのままお嬢とトシエさんを両脇に抱えて押し倒し、お嬢は驚いたようにむせて、トシエさんの首にはチョークスリーパーが決まっていた。おいやめろ三ツ江。

 門の向こうではタンクローリーが切妻屋根に触れる形で静止している。運転手も何が起きたのか分からず周囲を見回していた。

 屋敷は――原生林に食い込むような形で囲まれて、門がある側には遮るもののない青空が広がっている。

「……お向かいの田橋さんちはどこいった?」

 伏見のどこかズレた発言を機に、三ツ江が動いた。

 お嬢の無事を確認した後、トシエさんを解放する。

「お嬢は屋敷ん中へ! トシエさんすんません大丈夫っスか!」

 言い捨てて、三ツ江は踵を返しタンクローリーの助手席側に走り出した。

 左手に巻いた腕時計を使いガラスをたたき割り、窓から手を入れてキーロックを解除する。流れるような手際だ。対する鉄砲玉は混乱の極みにあった。エンジンを掛けようとしてしくじり、慌てて運転席から出ようとするも手が滑ってもたつく。

 その段になって、ようやく伏見も動いた。

 運転席側に回り込むと、鉄砲玉が開けたドアに足を挟み込む。窓越しに拳銃を突きつければ伏見の仕事はおしまいだ。

 拳銃に気を取られたその隙に、三ツ江の両手が鉄砲玉の首に回っていた。鉄砲玉の首の前で素早く両手を組むと、鉄砲玉の背に膝を当てて思い切り引いた。

 体育の授業で柔道を選んだ人なら誰でも出来る。裸締めだ。実際に試す奴はちょっとどうかしているが。

 気道を力ずくで潰されて鉄砲玉は喘ぎ、めちゃくちゃに暴れまわる。ダッシュボードに置かれたサングラスを弾き飛ばし、何度も何度もクラクションを鳴らして、三ツ江の腕に爪を立てた。

 そんな抵抗もやがておさまり、静かになったその男を三ツ江が外へ引きずりだした。

「お……おう、三ツ江、よくやった」

 伏見は若干引いていた。

 別に間違ったことはしていない――していないのだけど。

 あんな不可解な現象の後、すぐさま「まず敵対者を潰す」なんて行動に移れるあたり、三ツ江は割とどうかしている。

「あざーっす! で、こいつどうします?」

「いや……その、なんだ。後ろ見ろ後ろ」

「後ろ……?」

 三ツ江が振り向いた先には、背の高い雑草が一面に茂った草原がある。

「……田端さんち、どこいきました?」

 聞かれても答えようがない。

 ヤクザ二人の視線の先、千明組の敷地と屋敷だけが、切り抜かれたように見慣れた景色を維持していた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ