018話.ヤクザ、下ごしらえをする。
「なんだろうな、コレ……」
「まあ、芋っスね」
木箱に詰め込まれた謎の芋や豆、得体のしれない野菜を眺めて伏見が呻いた。
トルタス村で、子供たちの保護と引き換えに手に入れた食材だ。見るのは初めてではないが、見慣れない色の野菜を見るとなんとなく怖気づいてしまう。
「コレホントに食えるのかね……」
「食えますよ。昨日、村で食いましたけど、なんかネチョっとした感じでしたね」
「お前コレ食ったんか……」
ともあれ、調理方法は昨日、村長から聞いていた。
具体的な調理や味付けはトシエさんに任せるとして。
「俺は芋の方剥いとくから、オメェは鞘から豆とって水に浸しとけ」
「ウッス」
庭に出した簡易テーブルの上で、二人が作業を始める。
楕円形の芋は泥を洗い落とし、厚めに皮を剥く。鞘から取り出したソラマメみたいな大粒の豆は一つ一つスジを取って、水を貯めたボウルの中へ。
「そういや三ツ江よ、こっちの村のメシはどうだった?」
「んー。食えねぇことはねぇっスけど、薄味でしたね。あ、パンの方は悪くなかったっス。ちょっと硬かったっスけど」
「やっぱり塩が少ねぇのかね。あとは……出汁と、醤油、それに味噌だな」
どれも、和食には欠かせない要素だ。
食事の変化もまた、ストレスの原因になる。帰るにしろ帰らないにしろ、この世界で暮らしていくのなら出来るだけ再現したい要素だ。
「味噌なら、トシエさんが作ってますけど?」
「あー、麹が生きてりゃ後は大豆だけだな。昔はどこの家でも自分で味噌作ってたらしいし」
大豆は倉庫に在庫がある。そこから増やしていけば味噌は出来るだろう。醤油も、もともとは味噌から派生した調味料だ。時間はかかるにしても、麹と大豆さえあれば再現は不可能ではないだろう。
「あとは出汁だなぁ……」
「昆布とかカツオとかっスよね? この辺、塩もそんなに手に入らないみたいですし。無理くさくないですか」
「出汁なら豚からだって取れる。ホレ、とんこつラーメンだってうめぇだろ」
「ああ、なるほど……」
トルタス村では豚を育てていた筈だ。安定供給には程遠いとしても、手に入れることは不可能ではない。
「ちゅーか米はどうするんスか? 米食えねぇのはキツいっスよ」
「農協から買った未精米のヤツがあるからなァ。発芽させて、麦の収穫が終わってから村人に頼んで……」
しばし、相談事が続く。
農業は長期計画だ。三年、あるいは五年先を考えて行動しなくてはならないが、伏見も三ツ江も農業は素人だ。家庭菜園程度ならなんとかなるが、本格的に千明組の食事を確保するのは難しい。
何度考えても、結論は一つだった。
「……やっぱ、人手が足りねぇんだよなぁ……」
トルタス村は多くの働き手を失い、近いうちに畑の縮小などが起きるだろう。今年の麦の収穫だって、こちらから人手を回さなければならない。そんな状況で新しい作物を育てるのは賭けにもならない愚策だ。
伏見の考えている商売を実現させるにも人手は必要だ。
トルタス村は働き手を、千明組は技術者を必要としている。
人手を確保する為には大量の金が必要だ。それらの条件を叶えるには――
伏見が空を見上げた。
空には、歩き続ける都市が見える。
白んだ空の中、雲を断つようにそびえるアルカトルテリア。
千明組の生活を安定させる為の鍵は、全てそこにあった。
「三ツ江さん! ……それに伏見さんも、起きてたんですね」
食材の下ごしらえが済んだ頃、中庭に姿を表したのはお嬢だった。顔を洗いに来たのだろう、長い髪もぼさぼさのパジャマ姿だ。手元にはタオルがぶら下がっている。
目元をこすり、黒髪を手櫛で整えながら、サンダルをつっかけて内庭に出てくる。
「お嬢、おはようございます! ちょっと待ってくださいね、今、桶に水汲んできますから!」
「あ、そこまでしなくても……」
止める間もなく、三ツ江が桶を用意して脱衣所へ案内する。
年上の人間にエスコートされることに慣れていないのだろう、戸惑いながらも、ここは好意に甘えることにしたらしい。
いくらか経って、脱衣所から出てきたときには髪も整っていた。濡れてしまったパジャマの胸元をタオルで隠して、所在なさげに下ごしらえの終わった食材を眺める。
「ちょ、ちょっと待ってください! 着替えたら手伝いますから!」
「や、全部やっちゃいましたし。……ていうかお嬢、眼鏡なくても大丈夫っスか?」
「あ、ええと。あの眼鏡、度が殆ど入ってないんです。勉強用っていうか、伊達っていうか……」
縁側に帰ろうとしたところを呼び止められて、お嬢が振り向く。
「前から思ってたんスけど、お嬢は眼鏡似合わないっスねー」
「……そうです、かね……」
「ん。眼鏡ない方が美人っス!」
さらりと言われた誉め言葉に何も返せず、照れたようにお嬢が縁側の向こうへと消えていく。
しばらくして、屋敷の中からはどたばたと音がする。再び現れたお嬢の服装がどことなく可愛らしいチョイスだったのは、きっと気のせいじゃないだろう。
胸に鍋とフライパンの刺繍が入ったエプロンを巻いて、お嬢が縁側を降りる。
「にしてもお嬢、朝早いっスねー」
「……だって、夜にはやることもないじゃないですか。本も読めないし、携帯も使えないし。……あ、ええと」
お嬢が口ごもったのは、伏見達がその間も働いていたからだろう。それでいて、伏見達は朝早くから水汲みや下ごしらえを終わらせていたのだ。お嬢としては立つ瀬がない。
「あの、何かお仕事ありませんか? こちらに来てから、私、あんまり役に立てなくて……」
「んなことないっスよー。お嬢、子供らの面倒見てくれてたじゃないっスか」
「……まあ、なんです。今までは力仕事ばかりでしたけど、これからは学がないと出来ない仕事も増えます。お嬢には、これから働いていただきますから」
手が空いて、伏見も口を開く。三ツ江もそれに同調した。
「そうっスよ。それよりお嬢、朝飯何にしますかね。とりあえず下ごしらえ終わったんスけど、調理の方はまだ決まってなくて」
「あ、はい! お芋はやっぱりお味噌汁ですよね。お豆は……お肉と一緒に、炒め物にしちゃいましょうか。卵があるともっといいんですけど……」
三ツ江と並んで、お嬢が献立を考え始める。
集団を維持するコツは、決して役立たずを作らないことだ。
なんでもいいから仕事を割り振って、働いてもらう。報酬を支払い、褒めて、社会に参加させる。
現実にはそううまくいかないことも多いけれど、お嬢はやる気になってくれたらしい。あまり働かせすぎると組長に叱られるので、その辺りはバランスを考えて。
声につられてきたのか、子供たちがぞろぞろと縁側に顔を出す。
起きたばかりで既に元気が有り余っている子供たちを脱衣所にならばせながら、伏見はあくびを一つ。
世界は変わっても、やることは変わらない。
この生活を維持する為に働くのだ。ヤクザも堅気も関係なく。
守るものがなければ、甲斐もない。




