015話.ヤクザ、都市を見る
「そんなことが……」
軽トラの助手席には、ファティと名乗った少女が座っていた。
先ほどまでは軽トラを見てはしゃいでいたけれど、今は静かなものだ。俯いて、村に降りかかった災難を憂いている。
「せめて、もう少し私たちが早ければ……」
少女とは言っても、年の頃はお嬢とそう変わらない。少しばかり背は小さいけれど、歳に似合わずしっかりしている。
金髪に玉のような瞳。軽装とはいえ、商隊には似つかわしくないきらびやかで華美な服装。
少女と、助手席の向こうに控える男たちは村長の言っていた先行商隊だと名乗った。トルタス村へ、本隊が到着することを告げにやってきたらしい。
その途中で見慣れぬ物体――軽トラを発見し、観察していたのだという。
「……まぁ、なんだ。ともあれ災難は終わったんだから、次にいかにゃあならんのよ」
「そう、ですね……。あの、これは個人的な質問なのですが、シルセという女の子が無事かどうかご存じですか? ええと、十二歳くらいの、髪はこんな感じで……」
体面というものを気にしているのだろうか。抑えがちではあるものの、一生懸命身振り手振りで少女はシルセの特徴を伝えようと試みる。
「ああ、その子ならウチで保護してるよ。親御さんも無事だ」
「良かった……。あ、いえ、あの、良かったとか言っちゃダメですよね」
「いいじゃねぇか。子供のうちからんなこと気にしてちゃあ老けちまう。……お友達かい」
「……はい。友達、です」
余程厳しく躾けられているのか。遠慮がちではあるけれど、少女は笑ってみせた。
「……先行商隊ってことは、本隊があるんだよな? いつ頃来るんだい」
声のトーンを変えて、伏見が尋ねる。
「正味、村はかなりキツイ。……俺がする話でもねぇが、そちらの本隊に援助を願いてぇ」
「本隊――あ、なるほど。ええ、本隊は本日中に到着する予定です。援助についても契約がありますから、物資や人足、改宗希望者の募集など、出来る限りをさせていただきます」
想定される事態への対処はあらかじめ叩き込まれているのだろう、台本を読み上げるようにファティは言う。
「千明組若頭の伏見さん――でしたよね。トルタス村はわたしたち、アルカトルテリアの商路として保護下にあります。つきましては、わたくしどもからも千明組のみなさんへお礼をさせていただきたいのですが……何か、お望みのものはありませんか?」
「お望みのもの、ねぇ。……なんでもいいのかい?」
「わたくしの権限の範囲であれば」
子供らしからぬ、商売用の笑顔でファティは言う。
伏見は黙して、思慮を巡らせる。
「……まずは、保留ってことで構わないかい。親父にも話通しとかなきゃならねぇし、今日はみんな疲れてるんだ」
「もちろん。……ただ、わたくしどもといたしましては、このような……」
軽トラのダッシュボードを、ファティはその手のひらで撫でてみせた。
「特殊な商品をお持ちの都市とは、是非ともお近づきになりたいのです」
「たとえば、こんなものとか?」
伏見は腕時計のベルトを取り外すと、ファティに差し出した。
ブランド物のガワだけつけた安い腕時計だ。森の中で壊れてしまうのを嫌って、在庫から引っ張り出してきた。ボタン電池で動くような安物だが、数だけなら山ほどある。
ただ、供給は一切望めない。
この時計や、あるいは倉庫に放り込んであるガラクタの数々。それらにどれだけの値が付くかによってこの世界の難易度も随分違ってくるだろう。
ファティの反応は、期待通りのものだった。
「えっ、なんですコレ、凄い、細工が動いてる……?」
手のひらに収まった腕時計を、ファティは様々な角度から眺めて確かめる。シルセはいまいち反応が薄かったものだが、ファティにはある程度の知識があるのだろう。その価値に気付いたようだった。
「それは腕時計つってな。時間を測るための道具だ。ホラ、この一番細い針が一周すると長い針が目盛り一つ動く。長い針が一周したら短い針、って具合にな。短い針が一周すると、大体半日」
「時計……こんなに小さな……?」
伏見の言葉に、ファティは微かに息を呑んだ。いくら表情を繕おうとも、経験が不足しているのだろう。動揺を隠しきれていない。
時間を測ろうという人の歴史は長きに渡る。
太陽、水、蝋燭、振り子――様々なものを使って人は時間を測ってきた。
時計そのものはこの世界にもあるのだろう。ただ、ファティの反応から見るに、機械式の時計はまだ登場していないようだ。少なくとも、その種はまだ発芽していない。
「ファティさんなら、この時計にいくらの値をつける?」
「それは――こんなの、とても」
頭の中で、ファティは必至に計算をしているのだろう。時計をじっと見つめたまま動かなくなる。
さて、どこまで値段を吊り上げられるだろうか。
所詮安物の時計だ。電池式で、きっと五年も持たずに在庫全てが動かなくなる。数だけなら倉庫に段ボールで三つほどあるけれど、電池がもつうちに売りさばいてしまいたい。
「――金貨で、八十枚。それでいかがですか」
「んなもんかァ。あ、とりあえずそれ返してくれ」
「あ……」
触れることすら怖がるようなファティの手のひらから腕時計をひったくる。
こちらの金銭感覚は未だつかめないが、金貨で八十枚。それなりの額なのだろう。それさえ分かればこっちのものだ。当座の資金に不安はなくなった。今はがっつくよりも余裕を見せた方がいい。
「今日はとりあえずこの辺で失礼するよ。明日もまた村に来るから、その時に具体的な話をしようや。……あ、もしこの軽トラになにかしたら爆発してみんな死ぬから気ぃつけてくれな」
「爆発……!?」
伏見が軽トラを降りると、ファティも慌てて助手席を離れる。ドアが閉まる音が二つ続いた。
「と、そうそう。えー、名前なんだっけな。そちらの本隊はどれくらいの規模なんだい。それによっちゃ、この時計も売れないかもしれねぇしなァ」
「……本隊、ですか?」
ファティが、その雰囲気を変えた。
腕時計に驚いていたはずなのに、いつの間にかその表情には余裕が垣間見える。手品の仕掛けを話したくて仕方ないような。
「本隊なら、もう見えていますよ」
「……あぁ?」
ファティが指し示す方角を見やる。
地平線のずっと向こう。
ファティの言う本隊、契約商業都市アルカトルテリアは、こちらへとゆっくり歩いてきた。




