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異世界ヤクザ千明組  作者: 阿漕悟肋
ヤクザ、異世界に行く
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014話.ヤクザ、荼毘に伏す

 消火作業は、ゴブリンの駆除よりも厳しい肉体労働だった。

 火が燃え移らないよう最大限配慮したつもりではあったけれど、それでも延焼は避けられない。

 地面で燃え盛るガソリンには森の湿った土をかけ、木肌を撫でる炎には消火器を使う。火の粉が飛んで燃えた枝は高枝切りばさみで落とし、手が付けられなくなったものは、持ち込んだチェーンソーで周囲の木を切り倒す。

 そうして残ったのは焼け焦げて掘り返された地面と倒木、そしてゴブリンの焼死体ばかりの広場だ。

 村人たちの被害も想定よりはるかに少なかった。

 ガソリンを被って火傷を負った村人も軽症だ。消火器ってすごい。

 消火を担当していた八房は、伏見の視界の端で涙混じりに感謝を受けている。千明組にカチコミをしかけた鉄砲玉だとはいえ、予想以上に働いてくれた。褒めてやるなり小遣いをやるなり、報いなければならないだろう。

 伏見は作業の手を止めて、辺りへと視線を巡らせる。

 ゴブリンの駆除は終わった。森の消火も一段落で、伏見ら外様に出来る作業はあらかた済んでいる。

 残ったのは、それら全てを合わせても釣り合いなどとれないような、重苦しい仕事だけだった。




 炎と復讐にかられた村人らの熱狂は、もうそこには見られない。

 あるのは沈痛な面持ちと、滲む涙、それに押し殺した泣き声だけ。

 ただ家族が死ぬだけでも苦しいものだ。食われて、枝肉にされた家族を弔うことがどれほどの苦痛になるものか、到底計り知ることは出来ない。

 現代において、死体に化粧を施し、処理を病院や葬儀屋にまかせているからこそ忘れていられること。

 自分たちが代行しようかと提案したが、村人たちはそれを断り、家族だった骨や肉片を拾い集めている。

「……こっちの世界の人は気合が違うっスね」

「そりゃ、向こうと比べちゃなァ」

 伏見ら千明組の面々が任されたのは、ゴブリンの死骸の処理だ。

 これもまた気が滅入る仕事ではあるけれど、放置しておく訳にもいかない。大量の死骸があれば雑菌が繁殖して疫病の発生源になることもある。

 処理方法はいろいろあるだろうが、伏見が選択したのは火葬だった。埋めるよりも穴の深さが少なくて済み、ちゃんと焼けば水質を汚染することもない。

 向山と八房はスコップで穴を掘っている。

 そちらも重労働ではあるが、伏見達の仕事だって負けてはいない。

 焼けて、あるいは出血したことで多少は軽くなっているのだろうが、それでも一体約二十キロの大荷物だ。そんな死骸が二百ほど生焼けの状態で転がっている。

 洞窟の中はさらにひどい。炎と呼吸困難でご臨終になったゴブリンの死骸が抱き合うようにからまり、更にその塊を鉄パイプが串のように貫いていた。きっとだ○ご三兄弟だってここまで仲良くないだろう。

 そんな死体を運んでは、向山と八房が掘り進める穴のふちへと積み上げていく。

「例のやつ、出ねぇっスわー」

「文句言ってねぇでとっととやれー」

 太陽は既に昇り、伏見達の頭上でさんさんと輝いている。

 ただでさえ昨夜は眠っていないのだ。伏見はもちろん、体力馬鹿の三ツ江ですら疲労のピークに差し掛かっている。それでも作業の手を休める訳にはいなかった。

「兄貴、俺ら一体何やってんスかねー……」

「女王の死体を確認しねぇといけねぇんだよ。またこんな襲撃受けたら、いくらなんでも持たねぇだろ」

 被害は出なかったが、その分やり方が大雑把すぎた。もし女王を取り逃がしてしまえば、また同規模の群れに成長して村を襲うかもしれない。多くの働き手を失ったトルタス村にとっては致命的だ。今度こそ村は滅ぼされ、千明組は路頭に迷うことになる。

「それになァんかきな臭いんだよなぁ……」

「あー、こういうのがきな臭いってヤツなんスね。や、この歳になってもいまいちどんな匂いか分からなくて」

「分かってねぇから安心しろバカ」

 言うまでもなく、洞窟内はガソリンと肉、油の焼ける匂いが充満している。血抜きもしていない、生きたままのゴブリンを焼いたせいか、胸の悪くなるような匂いだった。

 何十体の死体を引きずり出しただろうか。

 いい加減諦めて眠りたくなったころに、それは見つかった。

「……兄貴、コレじゃねぇっスか」

「あー、多分コレだなァ」

 何匹ものゴブリンが折り重なって、まるで守るようにしがみついているその死体がゴブリンの女王だった。

 その甲斐あってか、女王の体には火傷一つない。ただ、炎により洞窟内の酸素を奪われ、あるいは煙に含まれる一酸化炭素によって、女王は息絶えていた。

「オイ、そこの鉄パイプよこせ」

 ゴブリンの丸焼きに突き刺さっていた鉄パイプを受け取ると、伏見は躊躇なくその先端を女王の胸に突き刺した。

「あー、クソ、猿のくせにいいおっぱいしてやがる。腹立つな」

 女王の外見は、ゴブリンを人の側に無理やり近づけたようなものだった。

 骨格標本に皮を張り付けたような長く細すぎる手足。それでいて、腹や腰は醜く膨れ上がり、その上に腰巻のような皮を巻いている。

 頭髪のない禿頭に長い耳、切り落とされたような鼻。およそ、伏見の考えるゴブリンの見た目からはかけ離れている。

「死んでますよね、コレ」

 三ツ江もまた、どこからか抜き取った鉄パイプでゴブリンの女王を突き刺した。

 死んでいるか確認した伏見とは違い、何度も何度も、殺しなおすように貫いていく。

「こらこら。こんなんでも死んだら仏だ。やめとけ」

「ウッス」

 鉄パイプを抜いたあと、三ツ江はしゃがみ込んで女王の死体を確認する。

 装飾品なのだろう。鎖骨のラインをなぞるように、飾りボタンが直接肌へと縫い付けられていた。針もろくなものがないのか縫い目も乱雑で痛々しい。

「コレ、こいつらが作ったんスかね」

「殺した人間からむしり取ったもんじゃねぇかなァ。猿どもにそんな技術ねぇだろ。……一応遺品かもしれねぇんだから、回収しとけ」

「了解しやしたー」

 軽く言って、三ツ江は無造作にボタンを引き千切る。

 いくらなんでもやりようってのがあるだろう。そう言いたくなったがやめておく。

「じゃ、村人に確認するぞ。持ってきてくれ」

 どの道、今から村人にもっと酷いことをされるだろう。

 人を殺した害獣だ。同情の余地は一切ないが、それでも伏見は拝み手で軽く念仏を唱えてみた。




 全ての作業に目途がついて、伏見はようやく帰路についた。

 腕時計はもう十二時を回っている。

 早朝からこっち、伏見らも村人たちも飲まず食わずだ。村や千明組にも連絡をしなければならない。

 ゴブリンを駆除したこと。そして食事の準備も必要だろう。

 帰路についたところで休める訳でもないが、あの死体だらけの場所から離れられることは素直に嬉しかった。

「じゃ、こっちは作業終わり次第帰って大丈夫っスか」

「おう。あー、あとな、みんな疲れてるとは思うが、帰りは徒歩だ。仏さんも詰まにゃならんし、資材も出来る限り回収しとけ」

「え、軽トラに死体のっけて汚れません?」

「しゃあねぇだろ。村の連中、どうあっても仏さんを持ち帰りてぇみたいだし。篠原には俺から言っとく」

 伏見の隣を歩く三ツ江は居残り組だ。軽トラの運転手は二人必要で、新入りの八房はどう見ても体力がない。居眠り運転をされて、貴重な軽トラをスクラップにされても困る。

 一方、三ツ江はまだ動けるようだ。今も、歩きながら両脇に抱えた鉄パイプをがちゃがちゃと鳴らしている。

 二人が先ほどまでいたゴブリンの営巣地は村からそう遠くない位置にあった。

 村から軽トラで十五分、森の中を歩いて十分。

 もうすぐ森も終わり、開けた草原と停めてある軽トラが見えるはずだった。

「……兄貴。なんか居ますね」

 三ツ江の言葉を聞くまでもない。

 暗がりの森からはろくに見えない逆光の中、軽トラを眺めるように集まっている人影があった。

「……三ツ江。一応荷物下ろしとけ。静かにな」

 声を抑えた伏見の指示に、三ツ江は無言で従う。

 柔らかな腐葉土の上に下ろした荷物の中から鉄パイプと投射器を取り出して構えた。伏見は護身用に持っていた長短二本のドスをベルトに差し、懐から拳銃を取り出す。

 逆光になっていて、人影の正体はつかめない。ただ、トルタス村の住人でないことは明らかだ。村に残っているのは千明組にも行けなかった老人ばかりだった。

 千明組の人間でないことも、まあ分かる。組の人間は――あんな風に、手足をベルトで括ってはいない。

 音がしないよう、森の中を歩くにつれて人影のシルエットが少しずつ明確になっていく。

 軽トラに集まっているのは若い男ばかりだ。遠巻きに見るばかりで触れてはいない――きっと、未知のものを警戒している。

 そんな中で、少女だけが一人、ぺたぺたと車体に触れて運転席の様子を伺っていた。

 皆、武器は持っていない。携帯はしているかもしれないけれど、手にはない。

 三ツ江にここで待つように合図して、伏見は静かに森を出た。

「それ、うちのもんなんですが。なんか御用ですかね」

 右手の拳銃は見せずに、ぶらりと近づいていく。

 周囲男どもは、驚きこそすれ、敵意は見られなかった。

 村人たちとは違う、どこか洗練された雰囲気。軽装ではあるものの旅装束にはとても見えない。

 腰には剣帯が巻かれていて、それだけがやけに使い込まれている。

 少女を守るように男たちは壁を作り、伏見の前に立ちはだかる。

 その壁を繊手で押しのけて、少女は前に出た。

「これはとんだ失礼を。わたくし、契約商業都市、アルカトルテリアの先行商隊渉外役を仰せつかっております、ファティ・アクィールと申します。……珍しい物を見てしまって、ついはしゃいでしまいました」

 最後に子供らしい一面を見せて、少女は深々とお辞儀した。

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