128話.ヤクザ、笑う。
千明組傘下、新技術試験場。
事務所内のカウンターに頬杖を突いて、少年はいつものようにそこに居た。
「親方! おはようございまーす!」
「おう、おはようさん」
千明組ではただの下っ端だった篠原も、ここでは親方だ。他に親方株を持つ職人はいくらでもいるけれど、ここの人間は敬意をこめて篠原を親方と呼ぶ。
その肩書が気恥ずかしくなくなったのも、つい最近のことだった。
「なんだ、昨日はよく眠れなかったのか?」
「そう、それなんですよ親方! 昨日……今日ですかね。明け方にものすっごく大きな音がして、ちょっとした騒ぎになっちゃったんですよ! 親方は何か、ご存じですか?」
「……ただのいたずらだろ。気にすんな」
「じゃあ気にしないです!」
素直でよろしい。
昨夜未明の襲撃は、なかったこととして扱われている。周囲の人間がティエロたちの不在に気付くのは、もう少し後のことだろう。
欠伸を噛み殺しながら、篠原はカウンターに荷物を置いた。
「もしかしてそれ、ボクへのお土産ですか? ですか?」
「そうだよ」
「えっ……えっ?」
本当に自分宛てのものだとは思ってなかったのだろう。動揺するテディをよそに、篠原は木箱の包みを解いていく。
長さ一メートルほどの木箱に入っていたのは、足だ。
当然本物ではない。革と鉄、バネ板で作られた、偽物の足。
「これ……」
「義足つって、試作してた商品の一つだよ。戦争があるんならこういうのも需要があるだろうって、兄貴がな」
篠原はそう言うけれど、伏見は許可を出しただけだ。
構想から設計、加工作業に至るまで篠原の指示が入っている。巻き鉄で作られた骨に、重ねられた何枚ものバネ板が支える関節。無骨なフレームを覆う豚革は、少しでも見た目を人に近づけるための工夫だった。
「おら、足出せ足」
「それはちょっと、まだ、早いっていうか……!」
「ガキが何色気づいてんだ」
袴状の下履きをめくりあげて、包帯で覆われた細い腿を露出させる。
サイズは既に計測済みだ。何枚もの革を重ねて作ったソケット部に足を挿入し、ベルトでしっかりと固定する。テディの恥じらいなど歯牙にもかけず、篠原は作業を終わらせた。
「立って歩くためのもんだから、膝はあんまり曲がらないけどな。ほれ」
立てかけてあった松葉杖を渡して、篠原が促す。
片足が効かないテディにとっては椅子から立ち上がるだけでも一苦労だ。
片脇に松葉杖を挟み、逆の手は机の縁を掴んで、恐る恐る立ち上がる。
バネ板で作られた人工の足が、床を突いて、テディの身体を確かに支えた。
「……膝が固くて歩けないです……」
「ちょっとバネが強かったか」
試作第一号なので、まぁそんなもんである。
今だって体重のほとんどは松葉杖と片側の足に支えられていた。普段使っていない分、体幹から腿にかけての筋力も弱い。
杖なしで立ち、歩けるようになるまでは訓練と調整が不可欠だろう。
けれど、足だ。
自分の足で、テディは今、立っている。
「これ……すごく、高いんじゃ」
「試作って言っただろ。で、お前は実験台。これも仕事の内だ、いいから貰っとけ」
「でも、こんなの……!」
慣れぬ足でよたつくテディの頭を、篠原はくしゃりと撫でた。
「……ガキに金の心配されちゃ、大人はたまらないんだよ」
――今回の裏切りは、単なる演技だったけれど。
伏見が本当に殺されていたのなら、篠原は同じように行動していただろう。
新技術試験場の皆は、もう篠原の身内だ。ならば篠原は、身内を守らなければならない。
脅し、騙し、殴り、時に人を殺すことすら躊躇わないヤクザ者にとっても。
あるいは、ヤクザ者だからこそ。
守るべき人が居る。
その事実が、篠原の足元を確かに支えていてくれた。
どっこいおまけの次話更新。
十分くらい待ってね!!!!!!




